2 奥底より見つかった懐中時計(調査に奔走する祖父と孫)

「……ん?」

 掃除のため、棚の小物を出していると、心は奥から箱を発見する。

 一辺が十五センチほどの、茶色がかった紙製の箱。

 心は、

「じいちゃん、なにかの箱を見つけたから、開けるぞ!」

 と、返事もきかずに箱の蓋を取る。

「こら、勝手なことするな! まったく、なにもきかんと開けおって……」

 情一郎の文句はさらっと流し、心は中身を手にのせて見せる。

「じいちゃん、これ、売り物か?」

「どれどれ……」

 情一郎が、のぞきこむ。

 心が手に持っているのは、年代物の懐中時計。心の手のひらに、すっぽりと収まるほどのサイズだ。

 全体の素材は銀。蓋はまるで、レースのようになっている。

 ぱっと見は、すごく美しくて高級そうな品だ。

 情一郎は、十数秒ほど観察し、首をかしげる。

「ふむ、はじめて見たな」

「これ、どこからどう見てもいい値段しそうだけど……」

「そりゃあ、見たとおりだ。その時計は、おそらく純銀製。しかも彫ってある細工が、とても細かい。たぶん、透かし彫りだろう」

「へぇ~、なんかおしゃれな名前だな」

 のんきだが、素直な感想を伝える心。

「名前だけではないぞ。これは、今も人気が高いだろうな。おそらく、五十万円はする。場合によっては、百万もありえるな」

心は値段をきいて、あやうく時計を落としかけた。

「これ、気を付けてあつかわんか!」

 思わず大声を出す情一郎。

「わ、わりい……。でも五十万円とか、一般的な中学生は、ふつうきかねえよ」

「まあ、それもそうか」

 苦笑する情一郎。心は、時計を不思議そうに見つめる。

「――で? じいちゃん、見たことないっていってたけど、本当か? 本当だったらこれ、ずっと前から棚の奥にしまわれていたことになるぜ。五十万だぞ?」

「ちょっと待ちなさい。たしか、昔の商品の記録があるはず……」

 そういうと、情一郎はカウンターの奥にある部屋へと入っていく。

 じっとしているのもヒマになった心は、懐中時計を観察することにした。


 表面には、唐草や花などの模様の他に、小さな青い宝石がはまっている。

 上側についているボタンを押す。パカっと蓋が開き、メインの時計が姿をあらわす。

 金色でかかれた文字盤。あいているところには、絵が、かかれている。

 そして、おしゃれな形の針。時針・分針がちゃんとそろっていた。

 なるほど、これはたしかにいいデザインだし、現在でも価値があるだろうな。でも、さすがに時計の針は、もう止まってるけど……。

 心は蓋を閉じると、今度は時計を裏返す。

 裏は特になにもなく、ただ素材の銀に店の様子や心の顔が反射している。

 ――高価だけど、機能的にはただの懐中時計だよな……。でも、ふつうのとは、違う。

 まず心が気になったのは、懐中時計の厚さだ。通常ならば、高さはそれほどない。

 だが、今手のひらにのっている時計は側面の高さが三センチ以上と、分厚い。

 もう一つ変だと思うのは、時計の側面についているものだ。蓋を開閉するボタンの他に、低いが丸く出っぱっているものが二個。

 大きさは異なり、左が大きく、右が小さい部品だ。

 押してみたが、ぜんぜん押し込める気配がない。ためしにひねると、ジジっとかすかな音がして回った。

 ――ボタンじゃない。これはダイヤルか。

 心はさらに変だと思った。

 ――これじゃあ、まるで金庫みたいじゃないか。

 そう思い浮かんだ瞬間、ピンとくる。

 もしかして、これは金庫――すなわち、大切な〝なにか〟がはいるようになっているんじゃないか? 二つのダイヤルを、決められた分回すと、時計のどこかが開く……。

 心の頭の中に、回答が金庫を解錠するシーンがうつる。

 だけど、すぐに首をブンブンふった。

 いや、考えすぎか……。最近、推理小説をたくさん読んだから、こんな突拍子もない発想が出たのかな……。

「おーい、あったぞ」

 分厚い本を抱え、情一郎が扉から出てきた。

 茶色く変色した和紙が、ひもでとじられている。かなり昔の本だろう。

「なんだよ、それ?」

 心がきくと、本をカウンターに置いてペラペラとめくりながら、答える。

「創業から今に至るまで、この店では商品やひいきにしてもらってる客を、記録簿にかいているんじゃ。だから、その時計に関する記述も、ここにあると思って、探していたんだがの……ほれ、あった、ここじゃ。たぶん、その時計のことだろう」

 情一郎が、あるページを開く。指さす部分には、筆と墨汁で記されたと思われる文字。

「……おい、じいちゃん。これ、何十年前のやつだよ」

「右上の日付が、一九四三年十月一日とかいてあるから、約八十年前じゃな」

「うそだろ! この時計、そんなに昔からあったのかよ!」

 心がおどろいて、手の中の時計を見つめる。

「…………」

 一つ、気になった心は、情一郎にたずねる。

「じいちゃんは、生まれてたのか?」

「……わしはまだ、七十代じゃ」

 暗い顔でうつむく情一郎。心はあわてて、あやまった。

「ごめんって、じいちゃん。ほら、その記録見せてくれよ」

 なんとか機嫌をなおしてもらい、古びた記録簿を読ませてもらう。


【フィレンツェ彫りの懐中時計】

 純銀製でできた懐中時計。蓋に彫られた細工は、レース状のフィレンツェ彫りと呼ばれるもの。唐草と花をモチーフとされており、縦横一ミリほどのサファイアが、三つはめられている。中はローマ数字の文字盤であり、妖精の絵が入っている。また、時計の針は植物の葉の形をしている。側面には大小のダイヤルがあるが、なんのためかは不明。おそらく、もとの持ち主が、オーダーメイドでつくった、世界に一つしかない時計である。(一九四三年十月一日 創業者 古川想ふるかわそう


「なるほど。完全に、この懐中時計のことだな」

 心は現物の時計と、記録に残っている特徴を比較し、納得した。

「やっぱり、商品だったのか」

「いや、心。そうではないようだ。ここを読みなさい」

 へっ?

 情一郎の指先には、『五十六ページに続く』とかかれている。情一郎は紙をくって、目的のページを探し出す。

 不思議に思いながら、心はこの箇所を確認する。


【フィレンツェ彫りの懐中時計について】

 これは商品ではなく、とある外国人からの〈預かりもの〉。日本の少女がきた場合、その子に渡すよういわれている。名は……。近く、少女の誕生日なのだが、本人は渡せないらしい。よって従業員は、他の人に売ってはならないこと。

(一九四三年十月一日)


 読み終えて、疑問が浮かぶ心。すぐさま情一郎に質問する。

「預かりものって……この店、そんなこともしてたのか?」

「わしも、はじめてきいた。今まで、修理のために預かることはあったが、こんな理由で預かることは、したことがない。まして違う人に受け渡すとは……」

 情一郎も、とまどいの表情だ。

 心は少し、びっくりした。

「じいちゃんでも、知らないことあるんだな……。でもこれ、渡してないのか? 八十年もたってんだぞ」

 心が、手の中の懐中時計を見せる。

「うむ、そうだな。ここにまだあるということは、この女の子も、時計の持ち主も、それから一度もこなかったらしいのう」

「なんで……」

 心の疑問の声に、情一郎が真剣な声で答えた。

「一つ、考えられる理由がある。それは、時代だ」

「時代?」

 心は首をひねる。情一郎は、わかりやすいように説明する。

「心は覚えておらんのか。一九四三年――日本は、戦争中のころだ」

 それをきいて心は、小学校のころの歴史の授業を思い出した。

「……思い出したよ。あの辺、ちょっとやるせない気持ちになったんだよな……」

 少し顔をしかめる心。

「心に話したか忘れたが、この店は大正時代に、わしの祖母がはじめたお店だ」

 情一郎は、話しはじめる。新しい客に店のことを説明する店主の顔だ。

「知ってるよ、それぐらい。じいちゃんで四代目だっけ?」

 心の回答に、情一郎はうなずく。

「そうだ。だが、一一〇年前から、この店がずっとあるわけではないんだ」

「……? どういうことだ?」

 まったくわからない表情の心。

 情一郎はあのころを想像するように、遠くを眺めながら、口を開く。

「一九四四年ごろ――このあたりでは大空襲があった。そこで、『La casa dei ricordiラ・カッサ・デイ・リコーディ』は一度焼けてなくなったのだ」

「えっ……そうなのか?」

「ああ、今の店はそのあと、新たに建てられたものだ。

 そんなの、初耳だ。心は目をまん丸くする。

「その建て替えにともない、場所も新しく移した。それで受け取り人が、取りに行けんくなったのだろう」

「なるほどね……」

 そのごたごたがあって、懐中時計は店の棚の奥にしまわれたんだな。おまけに次の代、さらにその次の代の店主、そしてじいちゃんにも、伝え忘れていたのか……。で、今日やっと見つかったと。

「でもまいったな。肝心の受け取り主の名前が、汚れて読めないや」

 心が、困ったようにほおをかく。たしかに、名前がかかれた箇所が、炭かなにかで黒ずんでいる。

「これじゃあ、せっかく見つけたけど、渡せないな」

 情一郎も、しょんぼりした顔を見せる。

「しょうがない。もしかしたら、もうとっくに亡くなられているかもしれんのじゃ」

「そうか……」

 ……だが、妙だ。ただのプレゼントでは、納得できない……。

 心はそう感じた。

「この時計がどういういきさつで店にきたかは、よくわかった。だがじいちゃん、おれ、引っかかることがあるんだ」

 そう切り出すと、時計の側面の〈ダイヤルらしきもの〉を示す。

「これ、どう考えてもふつうの懐中時計にはつけないだろ」

「ああ。それなら、わしも疑問に感じた。だが、記録にも不明となっておるな……」

 再び、記録を読み返してつぶやく情一郎。

「…………」

 しばらくして心が、頭をガシガシとかく。

「あーくそ! 気になって気になってしかたねぇ!」

 こう大声でいうと、謎多き時計を凝視する。

「絶対、この時計の秘密を解くぞ!」

「待たんかい! お前さん、〈プライバシーの侵害〉というものを知っておるか?」

 急いで心を止める情一郎。だが彼の目の中の炎は、消えない。

「推理小説マニアとして、これは退けねぇ! それに、ミステリーでは〈プライバシーの侵害〉とかの行為をしても、たいてい許される!」

「……推理小説って、そんな本だったかの……?」

 こういったが、すでに心は調べるのに集中して、一言も話さない。

 ……なにが、こやつを熱くしておるのだ?

 情一郎には、孫の心理がわからなかった。

 七十年以上生きても、理解できないことがあるとはな……。こんなの、学生時代に数学の授業をきいたとき以来じゃ。

 情一郎の顔に汗がツーっとたれたのは、気温の高さのせいではない。

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