1 思い出の家(いつもの掃除の光景)

 ここは、T県M市にある二葉駅前。多くの店が並ぶ中、ある店の間には、意識しないと気づかないほどの細い路地がある。

 路地の入り口には看板が立てられているが、それすらも前の大通りを歩く人々には目にとまらない。

 普段は人気のないそこを、日曜日の今日、ある少年がすたすたと迷いなく入っていった。

 髪を短めに刈り、パーカーにジーンズ姿。そんな彼は見たところ、ふつうの中学生といったところか。

 路地を進んでいくと、一軒の年季のある建物が見えてきた。

 古い木材の看板には、横文字の店名が、かいてある。

 分厚い木のドアを、少年は慣れた手つきで開ける。シャランと鳴るベルの音。

「じいちゃん、手伝いにきたよ」

 中はたくさんの道具や家具が、所せましと置かれている。

 高めの天井には、カラフルなランプがいたるところにつるしてある。棚にはさまざまな小物が。

 鳩時計にタペストリーなども、古びた木材の壁一面にかけられている。

 奥のカウンターでは、なにやらゴソゴソうごめく人影。少年は、この人物に声をかけたのだ。

 ふりむいたのは、やさしい顔をしている男性。顔にはほんのり、しわがきざまれている。白色のまじった髪だが、清潔感のあるように切りそろえているようだ。

「おお、きたか心」

 というと、ニカっと笑いながらほうきを渡す。

「では、掃除を手伝ってもらおうか」

 心と呼ばれた少年は、ほうきを受け取り、周りを見わたした。

 そして、茶化すような台詞をはく。

「はいはい、いつも通りお客さんはいないのね」

「変わらず皮肉屋だな、お前さんは……」

 温和な男性は渋い顔をむけて、はたきを持った。


 さて、ここで少し説明しよう。

 この店は『La casa di ricordiラ・カッサ・デイ・リコーディ』――小さなアンティークショップ(かたくいうと、骨董屋)。その他、壊れたものをなおす修理屋のような仕事もしている。

 創業は意外にも古く、大正時代に店が建てられたといわれている。つまり一一〇年前から、この店は存在しているのだ。

 現店主は先ほどの男性、古川情一郎ふるかわじょういちろう(彼で四代目)。あまり怒った顔を見たことがない、温和なおじいちゃん。

 だが、品物の目利きはするどく、鑑定士としての腕前もすぐれている。

 そして少年の名は、古川心ふるかわこころ。情一郎の孫で、ふつうの市立中学校に通う、十四歳。

 平日は学校に通って友だちとだべり、授業はそこそこまじめにきき、バトミントン部で汗を流す、ごくふつうの中学生男子だ。

 少し変わったところがあるとするなら、時間ができると、この店を手伝いにくること。アンティークショップの手伝いといっても、今日のように掃除だけだが。

 しかし、心の手伝いもむなしく、肝心の商売は、ほぼ利益なし。店は場所がわかりづらいのもあって、常に閑古鳥が鳴いている。

 くる人といえば近所のおばさんや、情一郎を囲碁や将棋に誘う田村さんと横井さんぐらいだ。

 だが、この店は続いている。確証はないが、あと何十年、何代にもわたってつないでいくのだろうと、情一郎も心も信じているのだ。

 そして今日も、店はいつも通りガラガラだが、開いている。


「――ったく、どうしてこう、ほこりがたまるんだよ。じいちゃん、ちゃんと掃除してんのか?」

「毎日してるんだがのう……。こればかりは、しかたない」

 姉さんかぶりをして、棚をふいたり、ほうきをはいたりしている二人。

 ごたごたしたものがたくさん置かれている(きれい好きな人から見れば、散らかってるといわれる)店内は、掃除するのが面倒だ。いちいちものをどけないといけない。

「先週と商品が変わっていない……。これはこの一週間、だれもこなかったな……」

 あきれてつぶやく心に、情一郎は即座に反応する。

「そんなことないぞ。三日ほど前に、北海道からお客さんが、二人足を運んでくれおった。そこの鳩時計を買ってくれたよ。大きいから、あとで送ることになってるので、まだここにあるがな。あと、オルゴールの修理も頼まれた」

 その言葉に、おどろく心。

「本当か、珍しいな。しかも県外からって……よくこの店見つけられたな」

「その人らは神社巡りが趣味といっておってな。もう二人ともわしより年上なんだが、とても若々しかったよ。偶然看板をみてきたといっておったか……。本当に、すばらしい観察眼だ。脱帽だよ」

 心は最後のほうの話をきいて、またまた、あきれた表情。

「すぐれた観察眼がないと見つけられないお店って……よく今までやってこれたよな」

「ふっ、それもこれまでの店主や、わしの努力があってこそ……」

「じいちゃんは、もう少しがんばったほうがいいぞ。この際もっと、この店を全面的に広めるというのは――」

「あ~、最近耳が遠くての~。それよりほら、はやくせんと終わらんぞ」

はたきで棚をはたいてごまかす自分の祖父に、心はため息をつきながら、ほうきに手をかけた。

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