攻略済みのダンジョン歩き
渡貫とゐち
貴重な一瞬を。
攻略されたダンジョンはその場に残り続ける。
森深く、山の奥、海底、雲の上の浮遊城……。多くの冒険者たちがダンジョンへ潜り、魔物を殲滅、さらにボスを討伐し、全ての宝を回収してしまえば、ダンジョンはもぬけの殻だ。
なのに、ダンジョンは消えてはくれず、その場に残り続ける。気づけばそこにあった……気づかぬ内に出現していたダンジョンは、都合よく消えてはくれないわけだ。
このままダンジョンが増え続ければいずれ世界中がダンジョンだらけになってしまうのではないか。過去には町の中に生まれた地下ダンジョンも存在し、冒険者たちの手でダンジョンはその役目を終えたが……、例に漏れず地下ダンジョンは今もまだ町のど真ん中に存在している。
では現在、そのダンジョンがどうなっているのかと言えば――――、
そう、ショッピングモールになっている。
冒険者たちの手で徹底して内部を探索し、確認漏れがないように何百という人の目を投入して入念にチェックをしている。
たとえ下級と呼ばれる魔物のスライムが一滴でも存在すれば、繁殖し、訪れた客を捕食してしまうだろう。そうなればダンジョンを利用した企業の責任となる。
ダンジョンを再利用しているのだからこういうこともある、というのは客も理解しているだろうが、実際に事故が起これば非難は企業へ向く。企業はそれを嫌うわけだ。
ならば広大なスペースがあるとは言え、危険性を考え、最初から手を出さないことが賢明だが、ダンジョンを再利用することがエコであるという風潮もある。
なにより他の敷地を探すよりも安上がりだ。
大型のショッピングモールを運営するにあたって、広いダンジョンは適している。
ダンジョンによっては見た目以上のスペースもあり、階層も多い。移動は難だが、後に工事をすれば便利にすることは可能だ。実際、再利用されているショッピングモールは元がダンジョンだったのか分からないくらいには内装がいじられている。
ダンジョンの周りに人里を作り、町へ発展していった土地もあるくらいなのだから。
世界はダンジョンで埋め尽くされるかもしれない、と言われていたが、攻略さえ済ませてしまえば新たに魔物やボスがリポップすることはない。
冒険者の手で内部を掃除をしてしまえば、世界がダンジョンで埋め尽くされるかもしれない危惧も、世界がレジャー施設で埋め尽くされる期待へ変わる。
続々と、世界各地のダンジョンは娯楽、もしくは住居となっていて(元ダンジョンに住むというのは私からすれば信じられないが……慣れてしまえば家賃も安く、買うとしても相場よりもだいぶ安い。人が流れていくのも分かる気がする)――使われていない空きダンジョンも少なくなってきている。
まあ、冒険者たちの手で宝は回収されているだろうから、空きダンジョンに後から潜る理由もない。もちろん、人の目である以上は確認漏れがあるかもしれないが、あったとしても微々たるものだろう。宝石の一欠片が落ちていた、くらいのものだ。
経験上、金になるようなお宝が落ちていたことはない。
「……さて、最終チェックといこうじゃないか」
冒険者たちが攻略をし、撤退してから数分後、待ってましたと言わんばかりに、私はダンジョン内部へ侵入する。当然ながらギルドの許可は取っていない。侵入がばれたとしても攻略組と入れ違いになった、と言い訳をしておこうか。
私はハイエナだ。ただし宝石や魔物の素材を求めてダンジョン内部を探索するわけではない。……私が欲しいものは攻略直後の内部の様子なのだ。
空きダンジョンをどんな施設へ改造するか、その内見ともまた違う。内部をクリーンにされてしまってはダンジョンの良さが消えてしまうだろう? 私はそれが許せなかった。
たとえるなら、歴史ある遺跡内部を見映えが悪いからという理由で改造してしまう暴挙に近い。
価値が分からぬ者は雑に角を取ってしまうからだ。丸くなったダンジョンに、私は魅力を感じたりはしない……。
空きダンジョンだろうとそのまま残すべきだと私は主張するが、お偉い方は再利用をしたがる。仕方ないことだが。
ひとつふたつのダンジョンならば、私の意見も通っていたかもしれないが、しかし数百もあればひとつやふたつくらい……改造してもいいだろうと、意見を押し通されてしまう。実際に施設へ姿を変えたのは数百にもなるのだが……。
突然生まれたダンジョンに歴史はないとして、姿を歪める。……それは早計ではないか? と思ったりもしたが……。
隅々まで探索してもダンジョンに歴史はなかった。目の付け所が悪い、というわけでもないのだと思うがな……。
ダンジョンを探索する。
場所は火山の頂上付近だった。そのためやはり熱があるな……。
持ち込んでいたカメラで内部の写真を撮る。これが貴重な写真となることは分かっている。なぜなら施設へ変わってしまえば、ダンジョンの真の姿はもう見れなくなってしまうのだから。
「ほお。薄い壁の向こう側は……溶岩、いやマグマか? 赤く発光しているおかげで薄暗い通路も遠くまでよく見える」
本来ならランタンを持ってこないといけないのだが、その手間が省けた。
探索を続けていると、広い空間に出た。ボス部屋だろうか。既に討伐されているのでなにもなく、ただ広い空間でしかない。ここも写真を撮り、現場の景色を記録する。
壁から天井まで、赤いマグマが薄壁一枚先を流れている。いつマグマが漏れてくるか不安だが、冒険者たちが暴れても壊れなかった壁のようだ。心配はないだろう。
椅子になりそうな岩を見つけて座り、用意していた弁当を取り出し、食事をする。私にとってはいつも通りの行動だ。
まるでピクニック感覚。だが実際、ピクニックのようなものだ。私は趣味で、攻略済みのダンジョンを観光しているのだから。
「おっと、マグマ付近に近づければおにぎりが焼きおにぎりになるじゃないか。これは良いものだ」
こんがりと米粒が焼かれ、焦げているが、これが美味いのだ。
不思議と熱さを感じても汗だくにはならない。人体には影響のない熱ということか? 熱さを感じはするものの、気候としてはちょうどいい気温が維持されており、それがダンジョン内の効果なのかもしれない。
まるで快晴の下、涼しく感じる春のような……。
「……この環境を壊してしまうのはもったいない気がするな。どうせ施設にするとしたら万人が快適に思う環境に調整してしまうだろうから、このダンジョンの良さが消えてしまうことになる。……まったく、お偉い方はダンジョンを活かすのではなく、広いスペースだけを求めて使うから、センスがない」
私だったらどうするだろうか。できる限りこの環境は維持しておきたい。快適な気温なのだから、年中利用できるバーベキュー会場などどうだろう。ただ、洞窟なので太陽の下で、ができないのがネックだが。同時に雨に降られることもない。メリットデメリットは同じくらいか。
「結局、現場を見もしない上の連中に都合よく作り変えられてしまうのだろうな」
だからこそ、魔物がいない安全地帯であり、改造のための工事も始まっていないこの隙間時間を狙うしかないのだ。
ダンジョンという大自然を堪能できるのは今だけだ。やがて、一生戻らない改造をされてしまうダンジョンは、元の姿を忘れ、つまらない空間となる。
人にとっては便利なものになるけど、風情はなくなるな……。私に力があれば残しておきたかったダンジョンは、山のようにあるのだが。
力不足の私にできることは、こうして一瞬の輝きを写真に収めて公開することだ。ダンジョン内部を映した写真集は、知る人ぞ知る名著となっているのだが、知る人ぞ知るなので、大半の人は知らないだろう。私も積極的に宣伝しているわけではないからな。
「さて、奥も見てみようか」
昼食を終え、先へ進む。
ダンジョンはやがてレジャー施設となり、今度はレジャー施設内部でダンジョンを再現した空間が人工的に作られるのかもしれないな……娯楽として。
自然を壊し自然を再現する。
……まったくなにやってんだか、と呆れてしまうものだが。
私は大人だが、大人の事情など、分からないものだ。
…了
攻略済みのダンジョン歩き 渡貫とゐち @josho
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