14話 列車ミミズに乗って



 14話 列車ミミズに乗って



 初任務の翌日。


 修理工場のクィンから「動力系がイカれてたから直すのに3日はかかる」と連絡を受けたKは、一晩経ってもドスンドスンと足音を立て、舌打ちを繰り返すぐらいにはキレ散らかしており、ノノは「用事があるから」と朝早くから一人出かけていた。


 苛立っているKの近くにいると何を言われるか分からないので、僕はリスピーが作業している横で部屋の掃除をしていた。


「そ、そういえば雨宮君。今日ってKやノノに何か頼まれてたりする?」


 数字や記号が羅列しているモニター画面とにらめっこを続けていたリスピーが顔を上げ、背もたれに大きく寄りかかりながら訊いてきた。


「いや、特に何も言われてないけど」


「フヒッ。じゃ、じゃあ、ちょっと仕事があるからさ。手伝いに来てよ」


 昨日の初任務であまり役に立てなかった事を思い出した僕は、無意識にリスピーから視線を逸らした。


「仕事? 仕事なら僕よりもKの方が良いと思うけど」


 リスピーは首を傾げた後に「ごめんごめん。説明が足りなかったね」と笑った。


「雨宮君にお願いしたいのは、昨日みたいな仕事じゃなくて荷物運びだよ。一つ一つはそこまで重くないんだけど、数が多くて一人じゃ全部運べないんだ。

 専門的な内容は全部ボクがやるからさ。荷物運びを」


 リスピーはそこまで言いかけてから、しばらく口を開けながらフリーズし、数秒後に「そ、それと作業中の話し相手になってよ」と恥ずかしそうに言った。



 リスピーが「そんなに重くない」と言うのなら、僕でも充分に運べるのだろう。

 昨日のような戦闘と比べたら、荷物運びと話し相手なら随分と気が楽だ。



「まぁ、そのぐらいなら良いけど」


 リスピーは大仕事を終わらせたかのようにホッと息を吐いた。


「あぁ、良かった。Kに頼もうと思ってたんだけど、昨日からご機嫌ナナメっぽくて言いづらかったんだよね」


「まぁ、”アレ”じゃ言い難いよね。今のKに荷物持ちをお願いしたら何を言われるか」



 想像しただけで嫌な未来が脳裏を過る。



「じゃ、じゃあ、荷物の準備をしたら出発しよっか」


 リスピーはそう言うと、僕が部屋の隅にまとめておいたアタッシュケースを机の近くに運び、見ただけでは何なのか分からない機械を次々とアタッシュケースに並べながら入れ始めた。


「えっと、それも手伝った方が良い?」


「んん。これが何なのか分かる?」


 リスピーが手に持ったのは、素人目ではただの黒い箱だった。


「いや、何も分からないです」


「アハハ。だよね。荷物詰めはボクがやるから、機械を入れ終わったケースを、あそこにあるリュックサックに詰めて欲しいな」


 リスピーが指差したのは、アウトドアとは無縁そうなリスピーが持っていたかなり大きめなリュックサックだった。


「入れる向きとか順番とかってあるの?」


「気にしなくて良いよ。ケースに番号振ってあるし、傾けたぐらいじゃ何とも無いから」


 その後、あまり会話をすることなく、黙々と渡されたケースをリュックに詰め込む作業を繰り返した。




 随分と重くなったリュックサックを背負って部屋を出ると、煙草を吸いながらテレビを見ていたKが眉をひそめた。



 ん?

「共同空間では禁煙」ってノノが言ってなかったか?

 バレたらどうするのだろう。


 しかし、苛立っているKに指摘をしたら何を言われるか分からないので、僕は煙草に関して無視することにした。




「何だよ。どっか行くのか?」


 Kは出しっぱなしにしていた皿で煙草の火を消した。



 多分、それはノノが一番怒るやつだ。



 しかし、僕もリスピーも指摘することはしない。


「ちょっと仕事にね。Kも来る?」


「仕事? 何処行くんだ?」


「えっと、孤児院と”ハングリー・ハングリー”だけど」



 ”ハングリー・ハングリー”?

 昨日、クィンが教えてくれたお店だ。


 確か、「この街で腹が減ったら、とりあえず此処に行けば間違いない」と言っていた覚えがある。


 だが、飲食店とリスピーに何の関係があるのだろう?



「ふぅん。”ハン・ハン”だけなら行こうと思ったけど、孤児院は興味無ぇな」


 Kはライターの火を付けたり消したりしながらボヤいた。


「じゃあ、雨宮君と二人で行ってくるよ」


「なんだ。”まやあみ”も連れてくのか?」


「荷物持って貰うのと、ボ、ボディガードにね」


 Kはチラリと僕を見て鼻で笑った。


「おいおい。”お前のボディガード”は丸腰だぞ。そこの騎士(ナイト)様は、丸腰で一体何から守ってくれるんだ?」



 Kの言う通りだった。

 必要無いと思っていた僕は、僕の唯一の武器である”強制座銃”を部屋に置いてきていた。



「えっと、持って行った方が良いの?」


 その言葉に、Kは舌打ちをした。


「ノノが言ってなかったか? 一歩でも外に出るならどんな用事でも持ってろって」



 いや、言われた覚えは無い。



 僕の眼差しから言われていない事を悟ったのか、Kは溜め息をついた。


「とにかく持ってけ。力ってのは”使う使わない”じゃなくて、”持っている持ってない”で判断すんだよ」


 Kに催促されたので一度部屋に戻り、銃が入ったホルスターを腰に巻いた。


「じゃあ行ってくるね」


「おぉ。ノノはしばらく帰って来ねぇだろうし、昼ぐらいにはアタシも”ハン・ハン”に行くよ」




 Kに別れを告げた僕達はチミドロストリートを後にし、中央区や西区へと繋がる大通りに出た。


「どうやって行くの? ”ゲロタク”は嫌なんだけど」



 ”ゲロゲロタクシー。通称””ゲロタク”。

 空飛ぶカエルに運んで貰うサービス。


 昨日酷い目にあったばかりだ。



「アハハ。今日は大丈夫だよ。地下列車だから」


 リスピーが指を差した先には地下へと続く階段があり、『Eの94番』とデカデカと書かれた看板と数字や図形がビッシリと書かれたモニターが浮かんでいた。


 今までも車の中から何度か似たようなモノを見ていたが、通り過ぎる車の中からは何なのか分からないままだった。


「コレが駅なの?」


「そうだよ。地下を走ってる”列車ミミズ”に乗っていくんだよ」


「れ、”列車ミミズ”って何?」


 響きからして、”ゲロタク”に近いモノを感じる。


「え、うぅん。名前のまんまだよ。あぁ、安心して。”ゲロタク”と違って、デロデロに汚れたりとか酷い臭いとかは無いよ」


 リスピーが小さく「土の臭いはするけど」と呟いたのを、僕は聞き逃さなかった。



 まぁ、土の臭いぐらいなら許容範囲か。



「階段の上のモニターがあるでしょ? アレを見れば、行き先とか時刻表とか運行状況が分かるから」


 リスピーが指さしたモニターに目を向けると、時刻表ということは何となく分かるのだが、知らない駅名ばかりで、どれに乗ったら何処に行くのかはさっぱり分からなかった。


「イマイチ見方が分からないなぁ」


「まぁ、慣れるまでは見るの大変だろうけど、そんなに難しくないよ。

 『Eの94番』。『Eの94番』で降りることさえ覚えておけば、とりあえず此処に戻って来れるから。覚え方があるんだけど知りたい?」


「覚え方? 語呂合わせ的な事?」


「そうそう。この駅は『イくよ』って覚えれば大丈夫だよ」


「聞かなきゃ良かった」


 しかし、悔しい事に、語呂合わせはしょうもないモノ程、頭に残りやすい気がする。




 地下に続く階段を降りると、元いた世界の地下鉄の駅とあまり変わらない無機質な壁と天井が広がっており、様々な人々が次々と行き交っていた。


 純人間、蟲人間、魚人、獣人。


 さらには、”身体が機械で出来た人間”や”角の生えた人間”や”完全に人型ではない生き物”までもが入り混じっている。


「す、凄い人混みだね」


 住んでいた場所が大都会ではないため、人混みにあまり慣れていない僕は進むのに苦労する一方、リスピーは器用に小さな身体を僅かな隙間に滑り込ませながら進んでいた。


「地上は事故が多くて危ないからね。Kとかノノみたいな乗り物好きでもない限り、ボク達みたいな交通弱者は”列車ミミズ”に乗るのが普通だよ。

 ”スカイマンタ”に乗るのも一つの手だけど、たまにビルに突っ込んでるから、そうなっても大丈夫な人じゃないと死んじゃうよ」



 一度だけ、空飛ぶエイみたいなのがビルに突っ込んでいるのを目撃し、ノノが「別に珍しい事じゃない」と言っていたけれど、それは本当だったのか。



 いや、ちょっと待て。

 ”ビルに突っ込んでも大丈夫な人”ってなんだ?



「あ、ちょっと急いだ方が良いかも」


 リスピーはそう言いながら、僕の手をギュッと掴み、引っ張るように早足になった。


「え!? あ、えッ!?」


「ボク達が乗る列車が早まってるって放送流れてる」


 確かに、放送で何やら時間変更のお知らせのような事を言っていたが、まさか自分が乗る列車の事だとは思ってもいなかった。




 リスピーに引っ張られながら人混みを抜けると、あっという間にホームと思われる場所に出た。

 ホームにも行列が出来ていたが、僕達は長い行列の横の誰も並んでいない場所に並んだ。


「良いの? 皆並んでるのに一番前に来ちゃって」


「隣の長い行列は中央行きの列車。ボク達が乗るのは郊外行きの列車」


「中央? 中央区の事?」


「そうそう。”万物百貨店”とか”ハングリー・ハングリー”とか”魔法協会”とかがあるから、中央行きはいつも混んでるよ」



 ウォオオオオッッッ!!



 突然、大気を震わせるような叫び声と共に、天井にぶら下がったモニターや灯りがガタガタと揺れ始めた。


「じ、地震!?」


 思わず腰を曲げて頭を低くしたが、リスピーを含め、周囲にいる誰もが何事もないように揺れを受け入れていた。


「大丈夫大丈夫。列車が近付いて来ただけだよ」


「こ、こんなに揺れるの?」


「そんなもんじゃないの?」


「僕の知ってる地下鉄は、音が大きくても揺れはしないよ」


「へぇ。そうなんだ」


 轟音が響き渡る中、奥の方から地響きと共に紫色の巨大なナニかが迫ってきた。


「もしかしてアレが?」


「うん。”列車ミミズ”だよ。ふ、太くて大きいでしょ。フヒッ」


 表面に細かい毛のようなモノと小さい穴が無数に開いた巨体が勢い良く目の前を通過していく。


「ボクがお手本見せるから着いてきてね」


「お手本? 何の?」


「何って、乗り方だけど。もしかしてノノから何か聞いてる?」


「いや、何も聞いてない。何か難しい手順があるの?」


「難しくはないよ。まぁ、見てて」




 数秒後、紫色の巨体が停止した。


 止まった列車の図体に目をやると、体表の無数の毛や穴がウネウネと動いている事と、土っぽい臭いが漂っている事に気が付いた。


「よっこいしょ」


 一歩前に出たリスピーは、”列車ミミズ”の身体に手を突っ込んで掻き分けるように手を広げた。

 すると、リスピーが掻き分けた部分はそのまま開いたままになった。


「こんな感じに中に入るの。モタモタしてると、次第に閉まり始めて挟まれるから気を付けてね」


 そう言いながら、リスピーは列車の中に飛び乗った。


「え!? ちょ、ちょっと!?」



 手を突っ込んで、広げて、開いたら中に入る。



 言葉にすれば簡単な事だが、目の前の巨体に手を突っ込む事も、その中に入る事も気が進まない。


「や、やるしかないのか」


 恐る恐る”列車ミミズ”の身体に触れると、見た目とは裏腹に手に吸い付くような滑らかな手触りだった。

 刺し身に触っている感覚に近い冷たさと弾力を手で感じながら、手首の辺りまで手を突っ込んだ。


「ッッッ!?」


 ゆっくりと手を広げると、プチプチと繊維が千切れるような衝撃が指先に伝わった。



 ウォオオオオッッッ!!



 思わず耳を塞ぎたくなるような叫び声がホームに響き渡った。



 何の音だっけ?

 確か、”列車ミミズ”がホームに来た時にも聞いたような。



 などと、考え事に意識を取られて手を止めていると、目の前に見覚えのある小さな手が現れ、内側から”列車ミミズ”の身体が開いた。


「あ、雨宮君。早くしないと出発するよ。急いで」


 「出発する」「急いで」という言葉に、どうすれば良いか分からなくなり身体がフリーズしてしまったが、リスピーは僕の手を掴んで列車の中に引っ張った。




「ま、間に合った。良かった」


 リスピーは胸を撫でおろすように、小さく息を吐いた。


「ご、ごめん。ありがとう」


「ボクの方こそゴメン。雨宮君は”列車ミミズ童貞”だから、”手取り足取りお手伝い”してあげなきゃいけなかったよね。フヒッ」



 このタイミングで、反応しにくい冗談を入れるのは止めてくれ。




 ”列車ミミズ”の体内は、事前に想像していた生き物っぽさとは無縁の空間が広がっていた。


 絨毯の敷かれた床。

 壁にはキャンドル。

 ソファやベンチ、はたまたハンモックやプールや止まり木まである。


「ねぇ。体内にしては広すぎない? こんなに大きくなかったと思うけど」


 疑問を口にすると、リスピーは「えっと、確か」と軽く首を傾げてから口を開いた。


「”列車ミミズ”の体内は、『空間における情報密度が高い』んだよね。だから、身体よりも広い空間が体内に広がっているんだよ」



 ん?

 何を言っているんだ?



「難しそうな事を言ってたけど、シンプルに考えて、容れ物本体の大きさよりも大きなモノが容れ物に入るっておかしくない?」


 リスピーが近くにあった赤くて高そうなソファに座ったので、僕も隣に腰掛けた。



 心地良い弾力と手触り。見た目通りの良いソファだ。



「えっと、ボクの専門外の話だから細かい所はノノの方が詳しいんだけど、『万物は情報の集合体』らしいんだよね。

 だから、『”ある大きさ”の空間に、”ある大きさ”以上の情報を書き込む事で、内部に”ある大きさ”以上の空間を作れる』らしいよ」



 リスピーが精一杯噛み砕いてくれていることは分かるのだが、言っている意味は分からない。



「ごめん。聞いても良く分からない」


 リスピーは「だよねぇ。ボクも」と笑ってから「要するに、魔法で空間をおっきくしたって事だよ。物置小屋の中に、30階建てのビルを詰め込んだようなモノでしょ」と言った。


「うぅん」


 良く分からないから、ノノに聞こう。

 いや。何か面倒くさい事になりそうだから、”魔法で空間をおっきくした”ということにしておこう。




 それから30分後。


 先程とは違い、すんなりと列車ミミズの下車に成功した。


「おめでとう。これで一人でちゃんと卒業出来たね。フヒッ」


「まぁ、そうだね」


「いや、そこは否定しないと」


「それで、どっちに行けば良いの?」


「んっと。向こうだよ」



 誰もいないホームを二人で歩き、階段を上って地上に出ると、麦畑に囲まれた舗装されていない田舎道に繋がっていた。


「あれ孤児院に向かってるんだよね? 辺り一面が畑だけど」


「あの丘の向こう側に孤児院があるから」と、指をさしながらリスピーが進み始めたので、僕も後を追うように続いた。


 収穫までは時間がかかるであろう背の低い麦達が風で踊る中を、二つの人影がゆっくりと動いていた。

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魔法溢れる世界から、元の世界に帰るまで 野々倉乃々華 @Nonokura-Nonoka

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