第18話 左右から密着

 風呂の見学からリビングに戻った俺たち。

 先ほどよりもさらに空が暗くなってる上に雨の勢いも増していた。


「とりあえず……この雨の中じゃ帰るのも大変だろうから、止むまで自由にしててもらえたら」

「わかりました。では私は少し休みますね……服、どこかに掛けてもいいですか?」

「あぁ……このハンガー使って」

「ありがとうございます……」


 そう言って犬鳴さんは早速ベッドに横になる。


「あの……枕なんですけど……」

「あぁ、邪魔だったら退けてもらっていいよ」

「いえ、そうじゃなくて……抱き枕にしていいですか?」

「え? あぁ……ど、どうぞ」

「ありがとうございます」


 犬鳴さんは俺の枕を抱きしめ、なんと顔を埋めたのだ。

 呼吸しているだけなのだろうが、ニオイを嗅いでいるようにも見える。

 これは恥ずかしい。


「……えっと、何時ぐらいに起こせばいい?」

「そうですね、適当に起きると思うので……大丈夫かと……スー……」

「もう寝た……」


 スヤスヤと寝息を立てる彼女の顔は、とても幸せそうなものだ。


 同じくベッドにいる江東さんはその様子を見て微笑んでいた。


 夜凪さんのほうへ目を向けると、彼女は漫画を読んでいた。

 表紙を見ると『襲来!ラッコ怪人!!』とある。

 聞いたこともないホラー漫画だ。


「なになに、神瀬くん……気になる?」

「うん。外暗いのにホラー漫画読んで怖くないのかなって……」

「怖いのがいいんだよぉ~ぐひひっ」


 ラッコ怪人が怖いかどうかは別として、ホラー好きということで怖さには耐性があるようだ。

 

 その傍にいる芝崎さんを見ると、彼女は夜凪さんから借りたと思われる漫画を読んでいた。

 ブックカバーをしているため、タイトルはわからない。


「芝崎さんは……何読んでるの?」

「えぇっ!? えーっと……こ、これよ……」


 彼女はブックカバーをズラし、表紙をチラッと見せてくれた。

 タイトルは『漫画家のオレと眼鏡のアイツ』という恋愛漫画だ。

 漫画家の主人公が眼鏡をしているヒロインと付き合うという単純なお話だ。

 割と売れているもので、バイト先でも人気があるようで新刊が出るとすぐに並ぶ。


「あぁ、これ読んだことあるよ」

「そ、そうなの。……感想は?」

「ネタバレにならない?」

「まぁそうね……じゃあ何か一言でもあれば」

「そうだね……ヒロインが可愛かった……と思う。見た目も性格も……好みだし」

「な、なるほど……」


 明らかに俺はヒロインを芝崎さんと重ねて言ったが、彼女の顔の赤くなる具合から見るに伝わったようだ。

 そのまま芝崎さんは本で顔を覆って黙ってしまった。

 実はその行動も、この作品に出てくるヒロインにそっくりなのだが、それを知るのはもう少し後の巻だろう。


 などと思っていると、背中を指でちょんちょんと触られる。


「な、なに!?」


 ゾクゾクとした感覚が背筋を走り、俺は驚いて振り向く。

 その正体は川名さんであった。


「ひと通り配線繋ぎ終わったし、ゲームしよっか」

「俺、ゲーム下手だと思うけど……いい?」

「上手いか下手かなんてどうでもいいよ。はいこれ」


 コントローラーを手渡される。

 これは彼女が持ってきた新品のものだ。


「やっぱりこれって……俺のために買ってくれたの?」

「まぁね。ボクがやりたいって誘うんだから、当然でしょ」

「あ、ありがとう」

「どういたしましてー」


 川名さんはモニターを見たままだが、耳が少し赤みがかっていた。


 彼女を見ていると、後ろから視線を感じる。


「そうだ……江東さんも一緒にやろうよ」

「う、うんっ!」


 そう嬉しげに返事をした江東さんは、川名さんではなく俺の隣に座った。

 つまり俺は二人に挟まれる形になってしまったのだ。


 しかもテレビが小さいために離れられず、かなり互いの距離が近い。

 改めてこの空間が女の子で満たされていることを思い知った。


「三人でやるとしたら……やっぱレース系かな」


 川名さんがゲームのメニュー画面を見ながらどれがいいか選んでいる。

 かなりインストールされているラインナップは豊富で、彼女がディープなゲーマーだということが再認識できた。


 そして選ばれたのは対戦型レースゲーム『イノシシカート』である。


 イノシシが車に乗り、サーキットを三周してゴールを競うものだ。


 オンラインで対戦するのではなく、三人で競うオフライン対戦を選ぶ。


「操作方法はこれね」


 コントローラーのボタンと動作を照らし合わせながら覚える。


「色々あって難しいねっ……」

「やってたら慣れると思うよ。わからないところがあったら聞いて!」

「うんっ、ありがとう」


 江東さんはゲームに慣れていないのか、モニターとコントローラーを互いにキョロキョロと見ていた。

 聞いてとカッコつけて言ってみたものの、俺も正直操作方法はよくわかっていない。


「じゃあレース始めるよー」

「『スリー、ツー、ワン……ゴー!』」


 ゲーム内の合図とともにスタートするが、川名さんは全速力で行かずに手加減をしてくれていた。

 俺はボチボチの出だしだと思っていたが、江東さんに抜かされる。


「あっ、抜かれた!」

「へへっ……こっちだよーっ」

「神瀬くんビリになっちゃうよ、がんば」

「よし、負けないぞ!」


 ゲームになると、どこかみんな話しやすくなるのかもしれない。

 割といい戦いを繰り広げてレースは進んでいく。


 サーキットには障害物もあり、それを避けなければならない。


「うわっ、危ないっ……!」


 そう声を上げた江東さんがキャラと一緒に身体を傾ける。

 すると彼女の頭が俺に当たりそうになった。


「あっ、ご、ごめんねっ……」

「いやいや! 身体傾いちゃうのは、あるあるだから」

「そ、そうなんだ……ふふっ」


 俺がそう江東さんと話していると、川名さんの身体もなぜか傾き出す。

 ゲームに慣れている上に先ほどまで普通だったのに、急に初心者と化したのだ。


「か、川名さん!?」

「あー……わかるわかる、動いちゃうよねー」

「でもこれってわざとじゃ――」

「なんか言った?」

「いや、なんでも……」


 またもや押し切られてしまう。


 そして彼女は引き留まるどころか、そのまま頭を俺の肩に置いてきたのだ。


「え、ちょっと……っ」

「なんか頭重くてさ、貸してもらうわ」


 柔らかい川名さんの髪が肩に触れる。

 クールなのにちょっと甘い彼女の匂いもしてきた。


 俺はもうレースどころではない。

 上から見える彼女のまつ毛がすごく愛らしく、目が離させないのだ。


 するともう反対の肩にも髪の感触がやって来た。


「え、江東さんっ!?」

「そ、その……フラフラって動いてると集中できないでしょ? だから……こうしてたらジッとしてられるかなって……思って」


 小さい頭から伝わる温かさ。

 時折触れるムチムチしたほっぺの柔らかさ。


 両方の肩にそれぞれ女子がもたれかかっており、俺はもう身体を一つも動かせない。


 最初は頭だけを預けられていたものの、体勢的に厳しいものがあるのか身体の側面全体を預けてくるような形になる。


「さ、さすがにこれは……」

「なにやってんの、手止まってるよ」

「わ、わかってるけどさ……」


川名さんは俺をからかうように言いながら、時折頭をグリグリと擦り付けてきた。


「か、神瀬くん……重くないかなっ? 大丈夫?」

「それは大丈夫……なんだけど」


 江東さんは心配してくれているようだが、俺が大丈夫だと言えばさらに体重を預けてきた。

 二人の温かさが両腕に伝わり、心がまったく落ち着かない。


 そうこうしていると後ろからコソコソと話す声も聞こえてくる。


「ちょっ、見てよ鏡子ちゃん! さ、サンドイッチだよアレ!」

「こ、声が大きいわよっ……!」

「わ、私たちも後ろからやっちゃう? ぐひひっ……」

「やめなさいよっ! そんな男女が肌を合わせるだなんて……」

「またまたそんなこと言ってぇ~」


 これ以上くっつける場所なんて無いんじゃないかと思いながら、両方からやってくる柔らかさに耐える。

 ゲーム内で俺が操るカートは、進んでは止まりを繰り返していた。

 江東さんのほうは完全に止まってしまっている。


 俺は彼女がどんな表情をしているのかをチラッと見た。


「あっ……えへへっ」


 すると目が合ってしまい、照れ笑いをしてきたのだ。

 あまりにも可愛い。


 そう現を抜かしていると、川名さんのカートが短くクラクションを鳴らす。


 これは合図だと思った俺は、彼女のほうも見た。


「こっちも見てよ」

「う、うん……」


 その綺麗な目に吸い込まれそうになる。

 自分から見てくれと言ったのに、俺が見ると顔を紅潮させてすぐに目を逸らした。


 この異様な状況にドキドキとやかましいぐらいに心臓が高鳴り、俺の興奮は膨れ上がる。


 どうにかなってしまいそうだと思ったその瞬間――。


「『フィニーッシュ!!』」


 川名さんがゴールしたようで、高らかにファンファーレが鳴り響く。


 その音を機に、二人はそっと離れた。


「あー……ボーっとしてたらゴールしちゃった……」

「は、速いなぁ恵人ちゃんは……」

「ありがと。でも……もっとゆっくり進めばよかったかも」


 まだ肩に二人の温かさをしっかりと感じる。

 コントローラーを握っていた手は、汗でびっしょりになっていたのだった。


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陰キャ女子たちが俺のボロアパートから出ていってくれない~一夫多妻が推奨される世界で始まるワンルーム共同生活~ 佐橋博打@ハーレム作品書きます @sahashi-bakuchi

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