【愛友・4】

     【愛友・4】


「すごい!」

「むちゃくちゃリアル!」

「ほんとにこれ、全部筆なんですか!?」

 驚きの声をとめない若い女子たちは、全方向からわたしを眺めます。

 毎日のように見る光景です。

 ここへきてから、もう半年は経ったでしょうか。

“実はボディ―アートのモデルとして、人形を購入した”

“都合により引きとってもらいたいのだが、人間の肌との違いからペイントを落とすことができない。それでも可能か”

 ご主人さま―――いや、今では“もとご主人さま”というべきでしょうか―――がそういったのは、再び逢えた親の思考を読んでわかったことです。

 また、以降のことも知り得たのは、やはり親の脳内を探ることができたゆえでした。

 ―――どのような形となってでも、決まった料金を支払えば引きとる。そして年の瀬、人間と同じようにお寺で供養される。

 ―――だが、あの見事な作品を葬ってしまうのは忍びない。だから、自社のショールームで展示したい。

 ―――わたしの到着後すぐ、その旨の連絡を入れると、もとご主人さまからの許可はさっそくおりた。

 ゆえに、お屋敷の日々と同じように、わたしは今も、変わらずの姿で椅子に腰かけています。

 ただ違うのは、広々とした空間にいるということと、大勢の見知らぬ方々の目を、毎日受けているということです。

 お屋敷を後にする日、

「今まで、ほんとうにありがとう」

 と、もとご主人さまはささやき、わたしの両頬をそっとなでました。

 もとご主人さまがわたしを手放すことに決めたのは、偉瑠さんの助言からだったのかもしれません。

 実の姉妹であることが判明した日の夜、ふたりが外出から帰ってきてお食事を囲んでいるときのことでした。

 お姉ちゃんの意思が一番ではある。と前置きして彼女が語った意見は―――、

 このままわたしを用具室へ置いておくのは可哀想だと思う。

 仮に表へ出したとしても、自分たちの営みを見せたり、そうしているところを感じさせたりするのも、心苦しい。人形とはいえ、以前お姉ちゃんがさんざん可愛がっていた相手なのだから。

 だいたい、視線を感じたということは、彼女の中に人間的ななにかが宿っている証なのかもしれない。

 ならば、生まれた場所へ返してあげるのが最善なのではないか―――。

 はっきりとした考えの吐露は、実の妹であるからだと思いました。

 もしくは、いわれなくとも、もとご主人さまはわたしと離れる意思を持っていたのかもしれません。

 それは、永遠に慈しみ合える、偉瑠さんという生身の妹と出逢えたゆえ……。

 また、わたしを見て、過去の自分の躰を思いだしてしまうのが忍びないゆえ……。

 ―――読もうと思えば真意はわかります。でも、する必要はないと考えました。

 わたしには生まれたときから、同じ空間にいる人の思考を読む能力が備わっていました。

しかし、用具室にいるときは、同じアトリエ内といえども別空間だったので、それは不可能でしたが。

 ただ、どういった考えからにせよ、わたしにもとご主人さまを恨む気持ちなど、毛ほどもありません。わたしを本当の恋人のように、慈しんでくださったのですから。

 それにです、もとご主人さまの意図からではないとはいえ、あんな不思議で素晴らしい出来事を目にさせてくださったのですから、文句などあろうはずはありません。

「エアブラシ使っても、うちには無理だ」

「鱗のこのグラデーション、どうやって出すんですか?」

「やっぱりボディペイント用の絵の具なんですか」

 来場者の半分ほどが女性であることを、ここへきてはじめて知りました。そして、ふたり以上の意識を読むことが非常に困難であることも、新たにわかりました。

 生まれたままの姿はもとより、浴衣、ドレス、制服、いろいろな衣服を身につけた姉妹たちを眺める彼女たちの意図も、メイクを参考にしたい、コスプレのモデルにしたい、単に美しい容貌に惹かれて……と、さまざまのようです。

 わたしたちの役割は、今ではずいぶんと多様化しているようです。

「ねえ先生、そもそもどうしてこのデザインにしたんですか?」

「醜美を一体で表現しようとしたとか?」

 わたしを見つめながら問うた大学生風の彼女たちに、

「さあ、どうかしらねえ」

 笑みで答えた久方ぶりの顔は、まったく変わっていませんでした。

 大学の、絵画の講義の一環でいらっしゃったのでしょうか。

 なにしろ、「美」の定義は人によって違うでしょうが、一般的に捉えられる女性の、完璧といって間違いのない姿態をたしかめるのに、ここは最適な場所でしょうから。―――ですから、大学の夏休みであろうこの日を使って。

「たぶん、私と同じ姿のもうひとりを、生みだしてみたかったからじゃないかな」

 若い彼女たちに負けないほどの艶やかな肌を、ノースリーブとカプリパンツから覗かせているもとご主人さまがいう意味は、誰にもわからないでしょう。―――彼女たちの中、ひとりだけ懐かしげな目差でわたしを眺めている、偉瑠さんを除いては。

 過去の自分の躰を思いだしてしまうのが忍びないゆえ……。

 結局のところ、その想像が間違いだったと知ったわたしは、妹さんと同色の視線をわたしにそそいでいるもとご主人さまの来場意図の中に、

“愛友ともまた逢いたいから”

 という想いの、多少なりとも含まれていることを願っていました。


                                〈了〉

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