第44話 戦いの終わり

 拳を握り何度かやつに突っ込んだ。だが、疲弊しきった頭と身体では全くもって通用しなかった。なんなら、万全の状態でも力なら互角程度だっただろう。

 結果的に俺はやつの拳をまともに食らい、市街地まで吹き飛ばされた。ビルに打ち付けられて血反吐を吐く。そうして、全身の力が抜けた。


 もう残った手だてはない。倒すだけならどうにかできる。倒すだけなら。だけどそれは、おおよそ本末転倒な結末を引き起こすものだ。あぁ、もういっそ、このまま諦めてしまおうか。


「日野…。」


 誰かの声が聞こえる。


「日野…!」


 うるさい。聞き覚えのある声だ。


「日野ッ!!」


 叫びにも近い声は強制的に俺を反応させた。


「起きてよ!日野!!」


「…ったく…うるせぇな…。」


 そこにいたのは、案の定、相葉だった。こんなところまで吹き飛ばされてしまったのか、とも思いつつ、まだこいつはこんなところに居たのか、とも思う。


「ってか…こんなところにいたら死んじまうぞ…。」


 口は勝手にそんなことを言った。


「それは…あんただって…。」


「仕方ないだろ。」


「…日野…。」


 俺に代わりはいない。俺しかいない。だけど…手は無い…無い………と、勝手に決めつけている。


「…仮に、俺がやつを倒して…その余波でここらが更地になっても、おまえは生きていてくれるか?」


 こいつは俺の出会ってきた中でももっとも向こう見ずで無知で負けず嫌いな馬鹿だ。こいつにこんな質問をするなんて俺も随分と疲れているらしい。


「な、何?どうする気なの?」


 馬鹿にも分かりやすいように言い直す。


「今持てる全て…出し尽くしてもいいか?」


 すると、そいつは意図を理解したのか少し微笑んだ。そうして、言葉を紡ぐ。


「…自分の身くらいは、守るよ。私は。だから気にせずぶちかましてきなさい…!」


 それは、今までの向こう見ずで無茶な言動などではなかった。だから少し、肩の荷が下りた気がした。どうせ、俺のやったことにケチつけるやつなんていくらでもいる。だけど一番の馬鹿が状況を理解した上で大丈夫だと言ってくれた。俺にはそれだけで十分だった。


「…おまえが楽観的でよかったよ。お陰で気にせず…倒せる。」


 羽根を広げて、飛翔する。それは今の俺にできる最大限の炎。いや、雷。俺の力は世界の概念をねじ曲げ放つ炎である。その熱を極点に集める。その極点はやがて物理法則、魔法も通じない未知のとなる。遠くの巨人どもを見据える。熱い…それも俺の近くだけの話だろう。


「殴り合いは…勝てねぇな。」


 少しぼやいた。


『【阿鼻司アビス武御槌神タケミカヅチ】』


 右手に集束した熱はその詠唱により解き放たれた。貫く一閃は、雷のように…されど光よりも速く空間を…いや、世界そのものを割った。その高熱の世界に、この世の理など通用せず真っ直ぐと神達を貫く─────。


 ─────曰く、終焉の時。そう揶揄された閃光は簡単に神を撃ち抜いた。地表を削り、その地形を大きく変える。たった一瞬であったにも関わらず、あの巨体達は下半身を遺すばかりとなっていた。おおよそ、人のできた所業ではない。


 ─────人の身で扱えたものではない。あの瞬間、限界を越えた。それがよく理解できた。何かと目が合った気がする。俺の見てきたものの何よりも強大なもの。だが、その強大な者と俺はあの一瞬、同じ位置に立っていたのだと、そう思う。右手を見ると、肘辺りまで大きく火傷した痕があった。


「は、はは…。」


 乾いた笑いがでた。ままならない意識で考えた。こんなことは今まで1度もなかった。自分の炎で火傷したことなど、1度とてなかった。何よりだ。先に目の合ったあの存在。やつは最後、目を閉じた。それ以降、俺は俺の中にある力を感じることができていない。


 どうにも、俺の炎は消えたらしい。


 翼は消え俺はいつかのように落ちていく。地上も地獄だろう。もっと速く決断できていれば、こんなことにはならなかった。もっとうまくやっていればこんなことにはならなかった。


 炎を失った俺の心は冷たいようで、でもどこか安心しているようでもあって、不安でもあった。落下しながら、その炎に想いを馳せる。今までこの力で戦ってきた。この力に苦しめられてきた。憎たらしいようで、その実、俺は頼りきっていたのかもしれない。


 酷く世界がゆっくりに思えた。生まれながらの親殺し。ヒノカグツチ。憎むべき力はもうない。それだと言うのに…。


「ああ…。」


─────なんで悔しがってんだろ。




 ─────目を覚ましたのは。あの戦いから1週間が過ぎ去った頃であった。大量の犠牲を出しながらも、Aクラスの探索者によってカプリコーンは殲滅された。あれ以降、ユピテルの存在は確認されていない。そして、懸念していた他の神の存在についてだが地上に出てくることはなかった。それがなぜなのかはわからない。だけどどことなく、俺と目を合わせたと関係があるような気がする。

 結局、炎の力は今の俺は持ち合わせていない。あるのは人並みの魔力と、ネフィリムの力だ。


「…なんか、ついこないだもこんな感じだったな。」


 ギルドの医務室のベッドの上で、そう呟くのだった。

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怠惰なFクラス探索者、有名配信者の配信に写り混みバズる 烏の人 @kyoutikutou

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