第43話 終わりの音

 世界の終わる音がする。嘶く魔物どもは見境無く人を殺す。築き上げた文明は血に染まる。例外無く、殺戮は平等にやってくる。人々の抵抗する音がする。魔力の波動は身体に染み付いてはなれない。絶望の色が見える。魔物の魔力、人の魔力。それは入り乱れて私の視界を絶望に染めた。


「ぁ…。」


 目の前でいきり立ったそれは青い鹿のような魔物。どこかで聞いた、カプリコーンであっただろうか。何ができる?何をしたらいい?私は…私はそうだ…


─────無力だ。

─────なら殺されたっていい?

─────なら淘汰されるべき?

─────私はなんで探索者をしていた?


 強くなりたい?承認欲求?特別になりたい?


日野あいつは…なんで、誰かを守れるほど強いんだろう。私なんて1人の命で手一杯だって言うのに─────。


『─────強くなくたっていいんですよ。今、生きてるんだからそれでいいじゃないですか。』


 あの日の意味がようやく理解できた気がした。日野あいつは何度もこの恐怖と向き合ってきた。打ち勝ってきた。知れば知るほど差が開く。知れば知るほど無知を恨む。


 私は…嗚呼。


 溢れた涙は頬を伝い、落下を待たずして凍りついた。

 完全な無意識。恐怖が身体を支配する。考えるのは自分のことだけでいい。あいつはそう言った。私の冷気に少し怯んだ目の前のそれ。


「あぁ…怖いなぁ…もうッ!!」


 そうやって叫んで、立ち上がる。この絶望。生き残れる気がしてない。だからこそ醜悪に生にしがみつく。だからこそ無理にでも足を動かす。

 走り出す。生き残ることだけを考えて魔力を回す。私は負けず嫌いなやつだ。そもそもとして、私はあいつに謝れてもないクソ野郎だ。そんな最低なまま死んでたまるか!それはそれとして手加減とはいえあそこまでやる必要あったかな!?わりとちゃんと死にかけてたんだけど?あぁ、もう言ってやりたいことが山ほどある。


 走れ。魔物を避けて。走れ。人を避けて。生きろ。生きてあいつに、この詰まった気持ち全部ぶつけろ!!


 ─────不意に爆発のような音がしたのはどれ程しての事だったか?それは海のほうからやってきた。ビルに打ち付けられてようやく止まったそれは、人の姿をしていた。赤い羽根が綺麗だなと思った。口から血を吐き、私の前方10mのあたりに落ちた。


「う、嘘…。」


 日野 勇太。最強の人間は、力無く倒れている。


「な、なんであんたがここに…。」


 問い掛けにはなにも答えない。ただ、燃えている。


「日野…。」


 嫌だ…。


「日野…!」


 この世界はどうなるの?


「日野ッ!!」


 私のやるせなさはどうなるの…!!


「起きてよ!日野!!」


「…ったく…うるせぇな…。」


 思った以上に口悪く、それだけ言って立ち上がる。奇跡にも思えた。だけど不思議と、立ち上がってくれることは分かっていたようでもあった。


「ってか…こんなところにいたら死んじまうぞ…。」


 そんな風にこちらを心配しつつもその姿は弱々しい。それが今の日野だった。


「それは…あんただって…。」


「仕方ないだろ。」


 日野が死ねば、代わりは無い。だが、頼れるのは日野しか居ない。あまりにも不条理で、あまりにも馬鹿げた状況。全てを投げ捨てて逃げ出したって、日野を責めるものは居ないように思える。だってこんな大災害。少年1人が背負えるものじゃない。


「…日野…。」


 だが、日野はなにも返さない。ただ黙って、遠くを見据える。その表情はどこか、悩んでいるようにも見える。そうして、しばらくして口を開いた。


「…仮に、俺がやつを倒して…その余波でここらが更地になっても、おまえは生きていてくれるか?」


 その質問の意味は分からなかった。


「な、何?どうする気なの?」


「今持てる全て…出し尽くしてもいいか?」


 その時に初めて分かった。日野は全力を出せていない。それは結局、私たちを守らなくてはいけないから。こんなときまでそんなこと、普通はそこまで頭は回らないだろう。あるいは、日野は自分が本気を出したらどうなるのか分かっているのかもしれない。だけど、そんな迷いであんたは死んじゃいけないんだ。


「…自分の身くらいは、守るよ。私は。だから気にせずぶちかましてきなさい…!」


「…おまえが楽観的でよかったよ。お陰で気にせず…倒せる。」


 日野はその翼を広げた。やはりその赤はとても綺麗だ。


「殴り合いは…勝てねぇな。」


 上空へと飛んでいく。日野の右腕には、熱が集束していく。初めて、日野の本気を見た。いや、おそらくこんなに間近で見たのは後にも先にも私だけではないだろうか?有機物の発火点を優に越え、尚もその極点に熱は収まり続ける。いいや、あの一点から熱が広がっていく。それを日野は制御しているのだ。やがて、火の粉のようだったその一点は野球ボールほどの大きさまで膨れ上がる。その光は温かく、私たちを照らした。嗚呼、あれこそが小さな太陽なのだ。


『【阿鼻司アビス武御槌神タケミカヅチ】』


 手を付き出した日野はそう詠唱した。稲妻が爆ぜたようだった。世界を割る轟音は遅れて聞こえてきた。何もかもが一瞬だった。


 私でも分かった。戦いの終わる音がしたのだと。

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