シンデレラ
Aoi人
気付かない幸福
あるところに、シンデレラという一人の少女がいました。
病気で母をなくしたシンデレラは、父に連れられて新しい家族と暮らすことになりました。
しばらくは皆で幸せに暮らしていましたが、ある日シンデレラの父親は重い病気を患ってしまい、そのまま亡くなってしまいました。
父の死後、シンデレラは家族から虐められるようになりました。
「シンデレラ、床の掃除をしておきなさい」
「シンデレラ、床掃除が終わったら、今度は庭の掃除をしなさい」
「シンデレラ、庭掃除が終わったら、次は私たちの夕食を作りなさい」
シンデレラ、シンデレラ、と、母親はまるでシンデレラを召使いのように扱っていました。
二人の姉たちはそんなシンデレラを見て嘲笑うばかりで、それどころか、シンデレラに酷いことをしたりしていました。
「掃除が大変そうね。手伝ってあげるわ」
姉が水で一杯のバケツを持ってきて、その中身をシンデレラに向かってなげました。
バシャン!
大きな音を立てて水はシンデレラにぶつかり、その勢いでシンデレラは転んでしまいました。そのときシンデレラは手を挫いてしまいましたが、姉たちはそんなことも知らずに嘲笑ってばかりでした。
「これで、床もシンデレラも綺麗になったわね」
手首の痛みを我慢しながら、シンデレラは掃除を再開しました。姉たちはそんなシンデレラを見て、「つまんないやつ」とだけ吐き捨てて、部屋に戻っていきました。
全部の仕事を終えたら、シンデレラも自分の部屋に戻ります。
シンデレラの部屋は、「一緒に居ると空気が汚れる」という姉の要望の元、姉たちの部屋から遠く離れた森の中の、別館のようなところにありました。
そこでシンデレラは鳥などの動物に囲まれて、一人の時間を過ごしていました。
「聞いて鳥さん、今日も姉たちに虐められたの。あの人たち酷いのよ?私に水をかけてきて、『これで綺麗になったわね』なんて。別に水をかけられなくたって、あなたたちより身も心も綺麗だっていうのにね。ほんと、顔も性格も酷い人たち。あーあ、私ってなんでこんなに不幸なのかしら」
家族の前では無口なシンデレラも、一人のときは饒舌でした。
「もう見ていて可哀想になってきちゃうわね。あの人たち、道徳というのを知らないのかしら?まあ、知るわけもないわよね。あの人たち、バカだもの」
姉たちへの悪口は止まりません。止めるつもりもありません。
「お母様だって同じだわ。道徳というものをまるでもっていない。だから、あの人たちもあんな風に育ったんでしょうね。なんだか同情しちゃうわ」
姉たちへの悪口を言うシンデレラの顔は、どこか幸せそうでした。
それもそのはずです。
度重なるいじめの果てに、シンデレラの精神は完全に劣等者のものになっていました。
心では認めたくなくても、シンデレラは無意識のうちに、姉たちを自分よりも上の存在だと思ってしまっていたのです。
そんな姉たちでも、シンデレラの世界の中では、シンデレラよりも下の存在でした。シンデレラはそれが嬉しくて仕方なかったのです。
「ふふっ、あんな人たちにも同情してあげられる私って、なんて心が広いのかしら。やっぱり私って、凄く道徳的に優れた人なのね。鳥さんもそう思わない?」
「チュンチュン」
「やっぱり、鳥さんもそう思うわよね!ああ、私ってなんて素晴らしいのかしら!」
現実が変わらなければ、価値観を変えればいい。
そうして出来上がったシンデレラの世界では、シンデレラこそが最も素晴らしい存在でした。周りの動物だって、シンデレラが最も素晴らしいと言っています。まあ、それはシンデレラの世界の中だけの話なんだけれども。
「あんな屑どもと私は違う。私はいつか神様から認められて素晴らしい人生が手に入るし、逆にあいつらはきっと神様から罰が下るはずだわ」
シンデレラは自分がどう心の平穏を保てばいいか知っていました。
自分ができないことは、神様がやってくれる。そして、神様は素晴らしい人間である私の味方をしてくれる。
ただこの神様も、シンデレラが
「ふふっ、いつか屑どもに罰が下るのが楽しみね」
シンデレラはまた幸せそうに笑いました。
シンデレラの世界では、シンデレラは何にも代え難い優越感を得ることができたからです。それはシンデレラにとって、どこまでも幸福な時間でした。
しかし、シンデレラは気付きません。
姉たちが道徳的に劣っているのならば、それを見下すシンデレラは一体なんだというのか。そもそも、道徳というのは一体なんなのか。
シンデレラは気付きません。
だから、シンデレラは幸せでした。
シンデレラ Aoi人 @myonkyouzyu
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