第4話

「話ってなに?」


 バイトが終わり、彼が指定した最寄り駅のバスターミナルに行った。


 呼び出されて喜んで、のこのこ出て来たわけじゃない。

 どうせいつも利用する駅だ。

 ついでだし、そこを通らなければ家に帰れないわけだし。


 一足先にバイト先を出た滝沢君は、ベンチに腰掛けていて、私を見るなり立ち上がった。


 おもむろに、ポケットに手を突っ込んで、何やら取り出す。


「何?」


「これ。ずっと渡そうと思ってて」


「え?」


 彼の手に握られていたのは、おぼろげに見覚えのある可愛らしい封筒。

 雑に二つに折り曲げられていて、ボロボロだけど。

 あの時の気持ちが鮮明に蘇る。


 私の全部で好きだった。


 そして、ボロボロに傷ついて、立ち直る事さえできなかった痛み。


 これは、私があの時渡したラブレターだ。

 わざわざこれを突き返すために呼び出したの?


「ごめんね。捨ててくれてよかったのに。迷惑だったよね。キモかったよね」


 私はそれを奪うようにひったくり、その場を駆けだした。

 一瞬たりともこの場にいたくない。

 もう二度と会いたくない。

 彼の顔なんて二度と見たくない。

 バイトも、もう辞めよう。

 このまま消えて無くなれたらどれだけ幸せだろう。


「ちょっと待て!」


 彼の声が追いかけるけど、私は振り返らなかった。

 そのまま駅の改札をくぐり、女子トイレに駆け込んだ。


 ボロボロと零れ落ちる涙はそのままに、惨めに色褪せた封筒に視線を落とす。


 すっかり粘着が弱くなって、ガバガバになっている封を覗き込む。


 もうなんて書いたかなんて覚えてないけど、何度も便せんを無駄にした事だけは覚えている。

 何度も何度も書き直した、想いを乗せた詩。


 我ながら、力作だった、気がする。


 もう捨ててしまおう。

 好きだった気持ちも、記憶も。

 もう、いらない。


『滝沢そら君へ


 ドキドキするけど、渡すね

 この小さな箱に、私の気持ちをつめたよ

 君の笑顔を見ると、心がふわっと元気になる

 君を見ているだけで、毎日がもっと楽しくなる

 ちゃんと伝わるかな

 いつかちゃんと伝えたいな

 このチョコと一緒に、私の想いも受け取ってね

(これは詩です)

 若月ひなのより』


 全然力作じゃなかった下手くそな詩。

 恥ずかしさで涙も止まる。


 ふらっと外に出て、いつもの一番ホームへと向かう。


「若月!」

 背後からの声が、私の足を止めた。

 あれから、かれこれ30分以上は過ぎているはず。

 それなのに、彼はそこに立っていた。


 彼は私に近付いて、手に持っていた恥ずかしいラブレターを奪い取った。

「ちょっと!」

「読んだか?」


「は?」


「ああ、もう!」

 彼は怒った顔で、封を開けると、便せんを取り出しこちらに差し出した。


「え? なにこれ?」

 さっきは気付かなかった。

 私が書いた詩の下には別の筆跡で何やら書かれている。

 ズキズキと疼いていた心臓は更に激しく鼓動する。


 強い筆圧で、何度も消しては書き直したのだろう。

 すすだらけの文字で、こう書かれている。


『若月ひなのさんへ

 急に渡されて、びっくりしたけど

 君の気持ち、ちゃんと受け取ったよ

 なんだか恥ずかしくて

 でも、その分だけ嬉しくもなるんだ

 俺は照れくさくて、上手く言えないけど

 君のこと、実は少し気になってるよ

(これは詩です)

 滝沢蒼来より』


 間違いなく、あの時に滝沢君が書いた物なんだと思った。

 消しゴムを使わずに指の腹で文字を消す癖。

 これは間違いなく滝沢君の字。


 じわっと胸の奥が温かくなって、下瞼に熱い物が込み上げた。

 人がひっきりなしに行き来する駅のホームで、人目も憚らず、声を張り上げて泣いた。


「ありがとう。返事、書いてくれてたんだね」


「次の日に渡そうと思ってて。けど、お前、もう学校来なくなっちゃったから、今日になってしまったんだ。君を傷つけたよね。ごめん」


「ううん、嬉しい。ありがとう」


 彼は、少し照れながら微笑んで、視線を足元に移した。


「よかった」


「たださぁ」


「んあ? なに?」


「普通ね、手紙の返事を書く時は、新しい別の便せんと封筒を使う物よ! チャットじゃないんだからさぁ」


 彼は照れを隠すように、斜め上を見上げて、しっかりと口角を上げた。


「今度から、そうする」


 しばし見つめ合う。


 時間は巻き戻らないけれど――。


 通常運転で足早に通り過ぎる人波に同化して、私達は肩を並べてゆっくりと同じ方向へと歩いた。


「女の子にキモいとか言っちゃダメだよ」


「言ってねーし、そんな事」


「言ったよ?」


「言ってない」


「そっか、私の勘違い?」


「多分、そう」


「彼女とかできた事ある?」


「ない。お前は?」


「ない」


「作らなかったの?」


「そうね、ずっと過去を引きずってたから」


「そっか。俺も、似たようなもんだな。お前の事、ずっと引きずってた」


「え?」


「ずっと、どうやって伝えればいいか悩んでた。それで受験も失敗して……。そんな時、お前を見かけたんだ。あのファミレスでバイトしてた。で、大学まで調べた」


「うわ! キモっ!」


「うるせー。そんなもんだろ。恋って」


「それって、恋、なの?」


「恋だろ、多分」


 時間は巻き戻らないけれど、止まっていた針は動き出した。


 懐かしいメロディに赤面必至の詩。


 そして、不器用な恋の思い出を乗せて――。



 Fin


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Bitter&Sweet 神楽耶 夏輝 @mashironatsume

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