第3話

「は、初めまして。若月ひなのです」

 わざと小さな声で、目を合わせないように、私だと気付かれないように挨拶をする。


「はぁ? はじめ、まして……? 滝沢、蒼来です」


 バイトリーダー命令で、私は滝沢君の教育係になった。


「先ず最初は、バッシングから教えます。バッシングっていうのは、食事が済んでいるお皿とか、カップを下げる事で――」


「ああ、大体わかります。春休みにちょっとだけやってたんで」


「そう。じゃあ、レジを教えます」


「ハイ」


 カウンターに入って、レジを練習モードに切り替える。


「伝票のこの部分の数字と同じボタンを探して――」


 側面にぴったりとくっついて、真剣に話を聞いているのはいいのだけれど、距離が近い。

 心臓の音が聞こえそうで、こちらが集中できない。


「会計の方法を、現金かキャッシュレスか、お客様に確認して」


「クーポンの処理は? クーポン先じゃないんですか?」


「あ、そうだ! ごめんなさい。クーポンを先にお伺いして……」


 あたふたと、レジを操作する指が震える。

 恥ずかしい。

 頬が、お湯沸きそうなぐらい熱い。


 耳元でクスっと笑う声がした。


「失礼ね。笑うなんて。ちょっと間違えただけじゃない」


「ああ、はい。ごめん。ごめんなさい」


 それにしても、滝沢君、背が伸びたなぁ。

 小学校の頃は頭一つ分ぐらい、私の方が大きかったのに。

 今では身長160㎝の私が見上げるほど。

 すっかり逆転されている。

 しかも、いい匂い。

 悔しいぐらいイケメンになっていて、これまで自分自身のために何もしてこなった事が悔やまれてならない。


 髪ぐらいお手入れしておけばよかった。

 肌荒れしてないかな?


「髪、きれいですね」


「え? うそ。何もしてないよ」


「はは、それって、全然勉強してないとかいうヤツに限ってすげーいい成績取るのと同じやつ?」


「違う! 本当に何もしてないんだから。しておけばよかったって、ついさっき後悔してたばっかなんだから」


「へぇ、なんで後悔したの?」


「へ?」


 ドキュっと胸が鈍い音を鳴らした。


「からかわないでよ」


 その場から立ち去ろうと、彼に背を向けた。


 その時――。


 ガシっと腕を掴まれた。


「また、逃げるの?」


「え?」


「俺の話、何も聞かずに、またいなくなるのかよ」


「憶えてたの?」


「当たり前だろ。S大にお前がいるのだって知ってたよ。ここでバイトしてるのだって」


「どうして?」


 彼は私の腕から手を放して、きちんとこちらに向き合った。


「バイト終わったら、ちょっと付き合ってほしい。話したい事、あるから」

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