第2話

 足が震えた。

 体は硬直して、脳内であの言葉がリフレインする。


 ――好きじゃねぇよ、キモいわ。


 吐き捨てるような息遣いまでが蘇って、再び私を闇へと引きずり込む。


 学内は新入生歓迎モードで賑わっていた。

 どんな子達が入学してきたのかと、学生たちは鵜の目鷹の目でサークルの勧誘に余念がない。


 1年生の集団に、彼は紛れていた。


 どうやら一浪したらしい。

 私より1年遅れて、同じ大学に入学してきた。


 目が合った。


「あ……」

「……」


 誰だっけ? 何となく知ってる顔。そんな表情で私の前で立ち止まる。


「おーい! 滝沢!」


 そんな彼に、声をかけたのは、サッカーのユニフォームを着た3年生。


「やっと来たか。サッカー部、入るだろ」

「先輩……」


 同じ高校出身のサッカー部の先輩らしい。


「いや、俺、もうサッカーはやらないっす」


「はぁ? 何言ってるんだよ、もったいない。お前がうちに入学してくるの楽しみにしてたんだぞ」


「はぁ、すいません。他にやりたい事あるんで」


 渡されたチラシを、先輩に突き返すと、こちらに向かって歩いて来た。


 ――来る! こっちに来る。


 心臓が、うるさい。

 呼吸が、止まる。


「あ、あの……」


 言葉を発した瞬間、彼は私の横を通り過ぎた。

 何事もなかったかのように。

 まるでポストの横でも通り過ぎるかのように。


 なんでだろう?

 ドキドキがズキズキに変わった。


 彼は、私を認識しなかった。

 或いは認識したうえで、無視した?


 痛い。苦しい。

 考えれば考えるほど、恐ろしいほどのストレスが襲ってくる。


 染み出す涙をかみ殺しながら、足早にその場を去った。


「ひな? 誰、さっきのイケメン」

 そんな私をおいかけて、わざわざ声をかけて来たのは、大学に入ってから仲良くなった涼香。

 唯一の親友と呼べる女友達が私の顔を覗き込んだ。


「知り合い? なんか見つめ合ってなかった?」


「え? そんな事……ないよ。全然知らない人。一年生じゃない?」


 そう、知らない。

 知らない人だ。


「そっか。今からバイト?」

「そう、バイト。もう行くね」


 涼香にバイバイと手を振る。


 あの黒歴史をリセットするかの如く、私は記憶から彼を消す事を誓った。

 さよなら、私の初恋。


 ――もう、恋なんて、絶対にしない。


 それなのに――。


「お疲れーっす」

 バイト先のファミレスで――。


「新入り。今日からシフト入る、滝沢君だ。みんなよろしく頼む」

 バイトリーダーの桐谷さんが連れて来たのは、彼だった。


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