Bitter&Sweet

神楽耶 夏輝

第1話 

 初恋は小学5年生の時だった。


 滝沢君は成績こそ中の下ぐらいだったと思うが、運動神経がよくて、面白い。

 いわゆる陽キャ。

 愛嬌のある顔つきで、男女問わず人気者。

 クラスで彼を好きだという女子は多かった。

 私もその中の1人で席替えにはいつもワクワクしていた。

 別に近くの席にならずとも、同じ教室で同じ空気を吸っているだけで、幸せ。

 目が合っただけでドキドキで、脳内は彼一色。

 学校はつまらなかったけど、彼がいるから毎日頑張って登校できた。

 滝沢君に会うために登校した。


 忘れもしない、バレンタインデーの日。


 やっと年齢が二桁台に突入したばかりの未熟な恋は、当然間違いだらけ。

 はちきれんばかりの想いは、私を暴走させた。

 当時、3000円ほどだったお小遣いをはたいて、前日にチョコレートを買ったのだ。

 私の気持ちを絵に描いたような、好きがいっぱいのバレンタイン用のパッケージ。

 それ用にラッピングしてもらって。


 しかも、自作の詩を添えて――。


 学校で渡すのは禁止(持ってくるのはOK。学校外で受け渡しするのが条件)だったから、登校前の朝を狙った。

 滝沢君の家は通学路の途中。

 彼が家から出て来るのを待ち伏せして声をかけた。


「滝沢くーん!」

 初めて自分から声をかけた。


「んあ? 何?」

 不審そうに立ち止まってこちらに振り返った顔は少し赤くて、頬は緩んでいた。

 何かを察して、喜んでいるように見えた。


 彼よりも背が高かった私は彼を見下ろす形で

「あの、これ」


「何?」


「バレンタイン」


「チョコ?」


「うん。あげる」


「なんで?」


「買ったから」


 恥ずかしくて、『好きです』の一言が言えなかった。


「あー、ありがとう」


 彼の手に渡った瞬間、「キャー」と声を上げながら走った。

 学校へ向かうけっこう急な坂を、全力で走った。

 背中でホップするランドセルの感覚は、今でも覚えている。


 これまで見ていただけのアイドル的存在だった滝沢君に声をかけて、チョコを渡したのだ。

 その日は一日、世界がキラキラと色づいて見えた。


 そんな世界が一瞬にして砕け散ったのは放課後の事だった。


「滝沢君、チョコもらってるー!」

 クラスのめんどくさい系の女子たちに見つかってしまったのだ。


「すごーい、誰から?」

「んあ? 若月」

「え? ひなのちゃん? ひなのちゃんにもらったの? ひなのちゃん、やるぅ~」

「かわいい、美味しそうなチョコじゃん!」

「けっこう高そう」

「一個ちょうだい?」

「ねぇ、もらっていいでしょ?」

 騒ぎを聞きつけて、わちゃわちゃと集まってくる女子たち。

 彼は顔を真っ赤に染めて少し不貞腐れた顔をしていた。


「やめろって」

 私の想いを込めたチョコは、女子たちの手から手へと雑に渡り歩く。

「ひなのちゃんの事、好きなの?」

「はぁ? 好きじゃねぇよ、キモいわ」


 今、なんて?

 キモいって言われた?

 私やっぱりキモい事しちゃったの?

 それは筆舌に尽くしがたい感情。

 あの時私は、心が壊れる音を聞いた。


 学校へは行けなくなり、両親のすすめで、私立中学を受験した。


 友達にも、滝沢君にも、会いたくなかった。


 あれから10年。

 私は大学2年生になった。

 彼氏なんてできた事ない。

 誰かを好きになるなんて怖くて絶対無理。

 男子からは距離を取り、女子たちの恋バナには決して近寄らない。


 けど、ネットで時々、彼の名前を検索してしまう。

『滝沢蒼来(そら)』

 ゲーム配信者のページがヒットする。

 画像検索にはアニメの主人公みたいなイラスト。

 サッカー少年だったが、ゲーム配信者になったのだろうか?

 ゲームの事は全然わからない。

 そのイラストはなんとなく彼の面影を写しとっていて、胸が締め付けられた。


 現在、20才。

 黒歴史はセピアに代わり、なぜか好きでたまらなかった思いだけがドクドクと脈を打ち、色を持ち始めている。


 理屈じゃない『恋』という感情を持て余していた。


 そんなある日。

 私は出会ってしまったのだ。


 大学のキャンパスで。


 初恋の人『滝沢蒼来』に――。

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