第9話 【旋回(せんかい)】


 その夜は月夜となった。


 夜は藍染めの衣装を召して来た。その懐で、月輪はトパーズ色にきらめいた。

 一条の河の流れが、水面に種々な明かりを映しながら、果てない月下へと伸びてゆく。


 一羽のサギは、月下の川面に足を浸してたたずんだ。静穏と静寂が領した河のひろがりのなかで、サギはあくまで、たたずみ続けた。……



 電線の上には、二羽のカラスがいた。


「けっ、つまんねえ奴だぜ。いつまで冷てえ河ンなかで、たたずんでいるつもりなんだ」


「あはっ。でも、ああやって、たたずんでいるうちに、ふいと飛び立つんだワ。そりゃあお月様ン油差しは、美しい飛び立ちをするワ」


「トンビは死んで、もう太陽の下で、気持ちよさそうにぐるり舞う奴は、いなくなったぜ」


「お日様は、そりゃあ、寂しがるわよ。なんたって、トンビは先祖代々、お日様を慰めてきた鳥ですもン」


「お日様は、動けんからな、あの野郎は、あながち馬鹿じゃあなかった」


「そういえば、朝方お月様ン油差しも、トンビの亡骸をまじまじと見つめていたっけ」


「同情したって馬鹿だよ。泣いたってはじまらねえ」


「あっ。お月様ン油差しが飛んだワ。見事ねえ」



 水面の上より白サギが羽ばたいた。


 身を月白に浮かべて、羽根を一杯に打ちひろげ、橋の上を飛び越えた。その瞬間、ギャワッ、とサギは鳴いて、一段と高く舞い上がった。


「アハアハ。見て、月矢のようだワ。美しすぎる飛び方をするわネェ。……あらっ、どうしたのかしら。見なさいよ、お月様ン油差しが、急に夜空を大きく回りだしたわよ」



 サギは月明かりの中、夜空に何べんも、いびつで大きな円を、不器用に描いて飛んだ。

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水の中の木馬 夢ノ命 @yumenoto

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