第8話 【お月様ン油差し】


 いちめんの天藍色の中、太陽が輝いた。


 嵐の後の穏やかな朝の風が、渚をそよいでいく。


 白い浜辺には、沢山の漂流物が打ち上げられていた。海ほおずきやエイの死骸。エボシ貝を全身にまとった流木や、クラゲ。片方ずつの手袋や靴、貯金箱やペットボトルまで、浜辺は流れ寄るものたちで賑わった。



 そこへ魚の死骸をアサリに、二羽のカラスがやって来た。


「あはっ。凄いじゃないの。あっちにもこっちにもお魚だらけ。今日はごちそうだわ」


「ある時には、ありやがる。畜生、豚の軽技だぜ」


 二羽のカラスは片っ端から魚をくわえていった。時々羽音をあげながら、ひょいひょいと五六歩跳ねては又立ち止まる。そうして魚を堪能した。


 咀嚼の音が、彼らの濡れ羽色で包まれた体格をさらに大きく見せた。黒く太いクチバシは、彼らの下品な長舌をうまく隠すのに役立った。


 砂浜の上に押されてゆくカラスの足跡は、氷上の小さな亀裂の翳りのように、散乱して行った。



 やがて、その翳りの跡が、あるうずくまったものに行き着いた。


「おいっ、トンビの野郎が死んでいやがるぜ」


「まあ、あんた、夢じゃないの。オオカミにでも食われちまったんじゃないだろうね。やだよ、もう、アハアハ」


「おいっ。あっちを見ろよ。あっちには白い馬の野郎が倒れていやがる」


「あはっ。やだよオ、あれは大きな木馬よ。生きちゃあいやしないよ」


「でも、あれア、見れば見るほど本物そっくりだぜ」


「やだよ。生きちゃあいないものを、生きているようにお言いじゃあないよ。昔から海から流れて来たものには、普通じゃないものが宿るとか言うじゃないか」


 

 不意と二羽のカラスは、自分たちと同じように流れ着いた魚をアサろうと浜辺へ舞い降りた鳥に気がついて、後ろを振り返った。


「あはっ。また会ったワ。お月様ン油差しだワ」


「けっ。あん畜生、金魚のうんちみたいに今頃来やあがった」


 一羽の白サギが、カモメたちに混じりかながら浜辺に舞い降りて来た。



 そうしてゆったりと浜辺を歩き出した。……

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