死後の遺品引取センターへ襲撃

ちびまるフォイ

現世の地獄

「もう死ぬしか無い……」


自分の心臓に向けて包丁を突き立てた。

次に目を覚ましたとき、眼の前に立っていたのはスーツの男。


「ま、まさかここは転生!?」


「いえちがいます」

「え」


「遺品引き取りセンターです」


"引取"というバッジを付けた男がそう言った。

男の後ろにはスクリーンが設置されている。


「ではこのご自宅にあるテレビですが……」


スクリーンにテレビが表示される。


「ちょ、ちょっとまってくれ! 全然わからない!」


「ああ、そうでしたか。では説明しますね。

 私は遺品買取センターで、あなたの遺品を回収してます」


「はあ」


「あなたがいらないといったものはこちらで引き取り、

 あなたが必要だといったものは死後の世界に持ち込めます」


「そんなことできるのか?

 ここにいるってことはあんたも死んでるんだろう?」


「私はこの"引取"バッジがあるので、

 あの世とこの世を自由に行き来できるんです。

 勝手がわかったなら、はじめますよ。テレビは必要ですか?」


「いや……いらないな。しばらく見てなかったし」


「引き取り、と」


「接続しっぱなしのゲーム機は?」

「いらない」


「家にあった洋服たちは?」

「いらないよ」


「食器」

「不要だ」


「あれ」「いらない」

「これ」「いらん」

「それ」「捨てる」


「では次にーー」


「おいちょっと待ってくれ」


「なんですか?」


「ずいぶん細かく査定しているようだけど、

 俺はもう死んでいるから遺品なんて不要だ。

 いちいち確認せずに引き取ってくれ」


「そうはいきません。

 勝手に引き取ってクレームつけられたらたまりません」


「そんなことしないって」


「早く終わりたいなら協力してください。

 では次にーー卒業アルバム」


「いらな……」


スクリーンに写った懐かしい表紙に目を奪われた。


「あの、これ現実にまだ残ってるんだよな?

 たしかめたいからあの世に持ってくることってできるか?」


「ちょっと時間いただきますよ」


スーツの男はバッジを左に2回ひねって現実へ移動。

アルバムを回収してから再びあの世に戻ってくる。


「こちらですね」


「うわぁ懐かしい……」


そこにはまだ人生を楽しく過ごしていた自分が映っていた。

このときはリストラされて露頭に迷って自殺なんて考えもしない。


みんなどうしているかなーー。


「卒業アルバムはいかがしますか? 引き取りますか?」


「いや、これは……。あの世に持ち込ませてくれ」


「持ち込みには地獄税がかかります。

 でも、あなたはたくさん遺品引取されたので、

 地獄ペイで払えますね」


「よかった」


「では次ですが……」


スクリーンには帯で結ばれた大金が映し出された。



「次はこの100億円。引き取りされますか?」



「ひゃ、100億!?」


思わず目を疑った。

そんなお金があれば自殺なんてしない。


「もともとあなたの家の地下に埋まっていたものです。

 土地の所有者があなたなので、あなたのものですよ」


「し、知らなかった。こんなものが埋まってたなんて……」


「引き取りされますか?」


「現世の金ってあの世でも使えるのか?」


「いいえ。地獄ペイだけです。現世のお金は無効です」


「くそ……生前に気づいていれば……」


持ち込んだところで使えない金ならただのお荷物。

引き取ってもらうしか無いと思っていた。


しかし、スーツの男が一度現世に戻った姿が脳裏に浮かぶ。

どうやって現世に戻ったのかも。


「ひとつ聞きたいんだが」


「なんでしょう」


「さっき、現世に卒アルを取りに行ったじゃないか」


「ええ」


「そのとき、現世じゃどう見えているんだ?

 知らない男がいきなり現れるのか?

 それとも透明人間になるのか?」


「あなたのご自宅に私が瞬間移動したら怪しまれます。

 現世に戻るときは、近所の人をジャックし

 別人として一時的に遺品回収へ向かいます」


「なるほど。それなら安心だ」


「ええ。現世への影響は最小限にーー」


言いかけたところでスーツの男を卒業アルバムの角っこでぶん殴った。

男は目から星をちらつかせながら気絶した。


「ふふ、あははは。100億なんて知ったら、

 おめおめとあの世で隠居生活してたまるか!」


スーツの男からバッジを引きちぎり、

自分の服の同じ位置に取り付ける。


そして、バッジを左に2回ひねった。


一瞬にして自分の自宅へとワープする。

鏡を見ると顔は別人。

近所のおじさんだった。


「あははは! 大成功だ!」


すぐにあの世で見たスクリーンの場所を掘り当てる。

夢にまで見た100億円がそこには埋まっていた。


「俺の金だ!! 俺の金!!

 これで遊んで暮らすぞーー!!」


頭の中には時間が足りなくなるほどの豪遊生活が流れる。

苦しい生活だった前回の人生を、今回の人生で取り戻してやる。


「これから最高の人生のはじまりだーー!」


スキップで外に出たときだった。

赤いパトランプが点滅し、パトカーが道を阻むように停まっていた。


「動くな!!」


「え? え? なんですか?」


「しらばっくれるんじゃない! 現行犯で逮捕する!」


「現行犯って……。あ、ああ、これですか、この金?

 いやこれはさっき掘り当てたんです。

 だから俺のものです」


「何をわけのわからないことを言ってる!

 お前の罪はそんなことじゃない!」


「へ?」


食い違う会話にぽかんとしたときだった。



「包丁で家主を刺しただろう!

 殺人の現行犯で逮捕する!!」



振り返ったとき、もとの自分の身体が

血の海で横たわっているのに気がついた。


そして今の自分の手には100億円が握られている。


誰がどうみてもお金目的の殺人にしか見えない。


「ちがっ……俺は何もやってない!

 あいつは自殺したんだ! 俺じゃない!!」


「なんでそんなことがわかるんだ! 逮捕する!!」


100億円は押収され二度と戻ることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死後の遺品引取センターへ襲撃 ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ