7.sideミーナ はじめてのおつかい
商品に目移りしているアルくんを撒いてみた。
なんか自信満々だったし。いきなり一人になったらどんな反応するのかなって。
位置は魔術で常に把握してるし、お昼までに合流すれば問題ないでしょ。
どんな顔してるか見たいから千里眼も使おっと。
……気付いた瞬間は獲物を取り逃がした
アルくん、ちょっと前に魔力切れで倒れてからなーんか妙におとなしいというか、落ち着いてるのよね。
今だって初めて独りになったはずなのに普通に露店を見て楽しんでるみたいだし。
ちょっと拍子抜けかなー。もうちょっと慌てると思ったのに。
まあ?
このまますぐ合流するのも面白くないし?
ひとまず様子見といきますか。
むむ、あの露天商。
変な黒い眼鏡をかけてるけど、なーんか見たことある気がするわね……。
あのヒゲもどこかで見たことあると思うんだけど。
千里眼は目の届かない遠くが見えるのはいいんだけど、魔力視とか他の魔術と一緒に使えないのがちょっと使い勝手が悪いのよねぇ。
ほんと、ここまで出かかってるんだけど、誰だったかしら……?
って、じっと見てるだけじゃだめだわ。
このままアルくんが進むとこっち来ちゃうし、後ろに回らないと。
気配を抑えて、周囲に紛れるように歩いて〜、と。
よし、位置取り完了。
んー、通りがけに聞こえたあのヒゲ店主の声、聞き覚えがあるんだけどな〜。
ってああ、アルくんが動くわね。
店主と少し話してたみたいだけど、何を話したのかしらね。
アルくんが行った後にあの露店をしっかり見てみたけど、小物ばっかりだったけど売ってる物全部魔道具だったわね。
ヒゲ……魔道具……露店……。
そう! たしか、“道具屋”だったはず。
私がシュタインハイム家に来るちょっと前に特級に上がってたはず。
名前は……、あー、ここまで出てるんだけど。
……こんなに思い出せないなんて、屋敷暮らしで
いや?
いやいやいや?
まだまだ? 全然? 若いですけども?
冒険でちょっとヘマをして、回復するまでと思って以前組んでたトゥルーデのところに転がり込んだのがほんの十年前。
カールハインツくんと結婚したとは聞いてたけどもう孫までいるなんて、
けど二人の子供のフロレンツィアちゃんは優しい子だし、お婿さんのヴォルフガングくんもその子供達もいい子で良かったわ。
最初は養ってもらいながら適当に用心棒か専属冒険者でもやろうかと思ってたんだけどなー。
護衛兼専属メイドだなんて、想像もしてなかったわ。
今より小さかったアルくんと顔を合わせた時、私の
恩寵スキル【予覚】は将来私に影響を及ぼすものの存在感を私に意識させる。勘と言い換えてもいいけど、スキルとしてある以上一種の未来予知とも言えるもの。
影響が直近であるほど強く意識させる【予覚】が、すごく微弱とはいえ生まれたばかりの赤ちゃんに反応するから気になっちゃって、当主になったばかりのヴォルフガングくんにお願いしてメイドにしてもらったのよね。いつでも傍で見ていられるように。
ヴォルフガングくん達には「気に入ったから」としか言ってないけど、トゥルーデは気付いてたのかも。あの子、妙に鋭いところがあったし。
【予覚】の反応は年々強くなってたけど、魔力欠乏症で倒れてからはより強くなったわ。
それに倒れるまでは年相応にわがままも言ってたけど、その後からなーんか落ち着いた感じに変わったのよね。
慎重になったってことかしら。メイドとしては面倒がなくて楽だけど。
私が同じくらいの頃ってどうだったかしらね……?
ところでアルくん、さっきから見てるばっかりで全然買わないわねって思ったけどアルくんお金持ってないんだったわ……。
楽しそうに見回ってるからすっかり忘れてたけど、買えないで見るだけでなんて楽しいのかしら。
もうちょっとでお昼になるし、そろそろ合流しようかな。
とかなんとか考えてたらアルくんが急に走りだしたわね。
んー? 裏路地?
表通りからどんどん奥の方へ曲がっていってるみたい。
千里眼だと周囲の様子まではわかりにくいし肉眼で見えるところまで移動しなきゃ。
場繋ぎで探知の対象を広げてー……と。
アルくんの向かう先には反応がひい、ふう、みい……五人か。
動き的に人攫いかしら。
貴族の子息が自分から犯罪の現場に近付くのは感心しないけど、まあまだ自分ちの領地だしね。
領民の誘拐を見過ごすのは領主一族としてはできないか。
反応的にどれも大した魔力じゃないし問題なさそうね。
実際離れてた見張りっぽいやつはさっと眠らせたみたいだし、もう一人も無力化したようね。
この調子ならすぐに……ん、え!? 何この反応!?
見張りのすぐ側に現れたこの反応は何!?
魔力反応も大きめだしこれはアルくんの手に負える相手じゃないわ!
急いで向かわないと!
アルくんのところに着くまで、大きな反応の相手は見張りの位置から動かなかった。
どうやらアルくん達を観察してるみたい。
で、実際に来てみれば“道具屋”だったから、ちょっと一安心。
露店の時と反応が違うのは魔道具で抑えてたのかしらね。
あ、目が合った。
とりあえず手を振っときましょ。
何よその顔は?
アルくんの方はちょうど最後の一人に術をかけるところだったみたい。
あら、あの相手。身体強化なんて使えるってことは冒険者崩れかしらね。
ま、所詮こんなところで誘拐なんてやってる小物では私が鍛えたアルくんには勝てないわけだけど。
ん、ちゃんと教えた通りに精神魔術使ってるわね。
アルくんが後の始末を声に出したところで“道具屋”が話しかけた。
今来たテイでいくんだ。ふーん?
……あーなんか思い出してきた。
そうそうこんな感じだったわ。
なーんか胡散臭いっていうか、いまいち信用できないのよね。喋り方が。
別に性格はそうでもないんだけど、どうしてもあの話し方がね……
本人にも言ったっけ。
そうしたら“道具屋”が「おれっちはこの話し方が気に入ってるんだからいいじゃねえですか」って──
思い出した!
ボークデス・ド・ラ・サウエジフよ!
あー、すっきりした。
ボークデス・ド・ラ・サウエジフ! も言うこと言ったみたいだし、そろそろ合流しましょ。
私からアルくんに声をかけようとしたところでボークデス・ド・ラ・サウエジフ! が振り返ってアルくんに指輪を投げて渡してきた。
と同時にボークデス・ド・ラ……もういいか。“道具屋”の魔力量が目に見えて減ったわね。
ということはあの指輪の効果は魔力増大かしらね。今のアルくんにピッタリだわ。
今度こそ“道具屋”もいなくなったし、話しかけましょ。人目もなくなったしメイドモードで……。
「なんだったんだ……」
「あれは“道具屋”ですね」
「わあっ!」
わあっ、だって。
「ミーナ! 来てたんですね。“道具屋”というのは?」
「今の男の二つ名です。ボークデス・ド・ラ・サウエジフ。竜王国を中心に活動する特級冒険者ですよ」
ちょっと早口だったわね。
大きな声を出したの誤魔化そうとしてるのかしら。
今日は初めて一人にしてみたけど、特に問題もなかったわね。
実質一人での平民体験だったわけだけど、これならこの先の道中でも大丈夫そう。
いい指輪ももらったみたいだし、午後からまた鍛錬が捗りそうね。
アーロイースは二人いる みはしいおり @38410121
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。アーロイースは二人いるの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます