7.ウキウキSHOPPING

 翌日。

 僕達は朝から市場に来ていた。僕の財布を用立てるためだ。

「すごい人ですね」

「毎日朝はこんな感じよ。平民は貴族と違って冷蔵庫なんて持ってないもの」

 前世の夏祭りや花火大会を思わせる人数が通りを行き交い買い物をしている。

 ここオストシュタットはシュタインベルクから運ばれるダンジョン産の食料や武器防具、魔道具の通り道だ。日々運び出される品物のいくらかは、この市場でも売られている。

 それらを求める人でこの市場は毎日ごった返すわけだ。昨日は昼過ぎだったから、大部分の買い物客がけた後で混雑に巻き込まれなかったらしい。

 この中からお目当ての物を見つけるのは大変そうだ。

「はぐれるといけないから、手でも繋ぐ?」

「ばかにしてます? もう十二なんだから、はぐれたりなんてしませんよ」

 僕は腕を組んで不満を表明した。

「そう? ならいいけど」

 とりあえず言ってみただけだったようで、ミーナは僕の態度に気にした風もなく歩き出した。追って僕も横に並び、二人で掘り出し物に目を光らせるのだった。



 ──なんて言っていたのが三十分ほど前。

 近くにミーナの姿はない。

 端的に申し上げまして、はぐれました。

 人混み初心者の田舎者には隣町の朝市ですら早かったらしいです。転生者なのに。

 言い訳すると、屋敷からろくに出たことのなかった僕にとって、この市場は初めて目にする物が多くてついつい足を止めてしまうことが多かったのだ。対して、世間慣れしているミーナは見る物必要ない物の取捨選択が機敏で、特に止まることもなく先へ行ってしまったみたいだ。

 こうも人出が多いと習ったばかりの探知魔術は使い物にならないから、自力で合流するのは難しい。

 ──しまったな……。はぐれた時の対処法を決めておくべきだった。……なんか全然準備足りてないな。

 ともかく、こうなっては仕方ない。

 最悪宿に戻って待っていれば合流できるだろうし、ミーナなら他の探知魔術で探し出してくれるだろう。

 手持ちがないから昼までには合流したいところだが、逆に言えば昼までなら一人でも問題ない。

 格好も駆け出し相応だし、誘拐も心配あるまい。

 財布をスられる心配もないし、このまま店先を冷やかしながら散策でもするか。



 料理、服、野菜、武器、よくわからない物、魚、アクセサリー、工芸品、研ぎ屋、肉、よくわからない物、料理、武器、野菜、小物、料理……。

 規則性もなくいろんな屋台や露店が雑然と並んでいる。通りを行き交う人達も様々だ。

 地元住民に冒険者、きれいな格好をしているのは商人だろうか。シュタインベルクまで行かなくてもここで仕入れられるのなら、時間と費用を秤にかけてこちらで調達する商人も多いのだろう。

 職業だけでなく、人種も数多い。徒人族ヒューマンはもとより坑人族ドワーフ獣人族ビースト翼人族ケルビン、数は少ないが鰓人族ギルマン鱗人族スクアーマもいる。今のところ森人族エルフを見かけていないが、かなり珍しいのだろうか。

 徒人はオーソドックスな人で、概ね前世の人間と変わらない。地球人と違って魔術やスキルが使えるが、こちらではそれが普通だし、徒人以外も使えるから特徴にはならない。環境適応能力が高く、広い地域に分布している。

 森人はその名の通り森に住む種族で、透けるような金髪と長く尖った耳、一〇〇〇年を越える寿命を持つ。魔術が森人発祥のため魔術と親しみ深く、一様に優秀な魔術師になる。

 坑人は体躯は低いながら屈強、手先も器用で優秀な鍛冶師や彫金師が多い。男性は豊かな髭を蓄えていて、男女の別なく酒好き。坑人はすぐに酒代に注ぎ込むため大金持ちにはなれないと言われている。

 獣人は獣の特徴を備えた種族だが、その見た目は獣耳や尻尾が生えている者からまさに人型の獣と言える者まで幅が広い。全体的に鼻が効く、耳が良い、動体視力に優れるなどの者が多い。また種族として強さを尊ぶ傾向がある。

 翼人は翼持つ人の総称で、四肢とは別に一対の羽を身体のどこかに備えている。大きさも位置も様々で、その翼での飛行を得意とする。飛ぶためか種族的に筋力が付きにくい。

 鰓人は基本的には水棲の種族だが、二足で地上に上がることもできる。見た目は人型になった魚のようで、えらを持っているが地上でも問題なく行動できるようである。

 鱗人は二種類の人がいて、身体に鱗の生えた徒人のようなタイプと、鰓人のように蛇やトカゲが人型になったようなタイプとがある。見かけたのは後者の方だが、鰓人もこのタイプも表情が読めなくて不気味に感じてしまう。

 以上がミーナから聞いた各種族の特徴と僕自身の所感である。これ以外にもいろいろな種族があるらしいが、そちらは見かけたらまたミーナに教えてもらおう。



 商品を眺めつつ人混みを歩いていると、一つの露店が目に付いた。

 商品を見る僕に気付いたのか、店主が声をかけてきた。

「よう坊っちゃん。どうだい、いいもん揃ってるぜ」

 帽子にヒゲ面、加えてサングラスをかけたいかにも怪しげな男が広げたその露店には、本や杖、短剣にアクセサリーなど、規則性のない品物が乱雑に並んでいる。

「ここは何のお店なんですか?」

「よくぞ聞いてくれたな坊っちゃん。おれっちが売ってるのはぜーんぶダンジョン産の魔道具だぜ」

 グラサン男はそう言いながら腕を広げた。見た目では年齢がわかりづらいが、声を聞いた限りではそんなに行っていないように感じた。

 自信満々に男が続ける。

「こいつはちっと小振りだが研ぎ要らずだし、この杖は魔術師じゃなくても火球が撃てるようになる。こっちの鈴は魔獣が近付くと勝手に鳴るから夜の見張りやダンジョン探索にぴったりだぜ。他のも、まあ、派手な効果はないけどよ、間違いなく魔道具だぜ。坊っちゃんも一つどうだい?」

「でもお高いんでしょう?」

「そりゃあ地味でも魔道具だもんで、そこらの剣や杖と同じ値では売れねえわな。とはいえぼったくってはいねえつもりだぜ」

 グラサン男は大仰な身振りで誠実さをアピールした。ヒゲとサングラスがかえって胡散臭さを助長しているが。とはいえ、

「申し訳ないんですけど、今は持ち合わせがないんですよね。連れに全部預けちゃってて」

「ありゃ、そうなのか」

「ええ。だからまた今度来ますね」

「次は金がある時に頼むぜ」

 頭を軽く下げて、サングラス男の魔道具店を後にした。

 魔道具は惜しいけど、一文なしではね。



 それから市場を一通り見て回ったが、日も高くなってきたのでそろそろ宿に戻ることにした。

 結局ミーナと合流することはできなかったが、まあ宿で待っていれば問題ないだろう。すでに戻っているかもしれないしね。

 すっかり市場の端の方まで来てしまった。方向転換して足を踏み出そうとしたころで、微かに悲鳴のようなものが聞こえた。

「……ぃ……!」

 周りは人の姿もまばらで、声の主は見当たらない。どうやら違う通りから発せられた声のようだ。

 これはミーナに言われたことだが、どの町も大通りから一歩奥へ入ると途端に治安が悪化するそうだ。この通りを横断する数多の通りや一本奥の通りにも露店は出ているらしいのだが、その大半が表に出られない店だから見ても碌な物はないだろうと。後ろ暗い連中が多いため、よそ者が入ると襲われるか、そうでなくても物盗りに遭うだろうと。

 聞いた時は眉をひそめたが、こういうのはどこへ行ってもそうだと言われてそういうものかと納得するしかなかった。

 ここは前世の日本ではない。

 町の外には魔獣や野生の獣が数多くいるため、旅人はみな武器を持っている。携帯電話も監視カメラもないから通報は衛兵の詰所に直接行くか、巡邏じゅんらの衛兵を捕まえるしかない。治安維持の目が町の隅々まで届かないのだ。

 安息に生きるためには努力がいる。必要がなければ裏通りに近付かないのもその一つだ。

「……れか……て……!」

 とはいえ、だ。

 この町はシュタインハイム辺境伯領の玄関口で、僕は子供だがシュタインハイム辺境伯家の四男だ。

 自家が治める領地の治安低下を見過ごすのは、領主家に連なる者としていかがなものなのか。

 ……ウチは特に事業をやってるわけじゃないから、僕の生活費って税金から出てるんだよね。納税者の安全を脅かす存在を無視する為政者家族って外聞悪いし……。

 高貴なる者の義務ノブレスオブリージュとも言うしね。

 ミーナに言われたこととは裏腹に、僕の足はなんのかんのと理由を付けて声の聞こえる方向に向いていた。



 探知魔術でそれらしき反応を辿り、いくつか路地を曲がった薄暗い突き当たりにそいつらはいた。

 曲がり角に見張りらしき男が一人いたので催眠呪文で眠ってもらったが、奥にはさらに男が三人いる。どいつもガラの悪そうな破落戸ごろつきだ。

 探知術ではさっきまでは四人分の反応があったのだが、見た限りでは三人しかいなかった。その代わり彼らの足元に大きな頭陀ずた袋が転がっている。ちょうど人一人が入りそうな大きさなので、まあそういうことだろう。

 そうしてちょっと考え事をしている間に一番体格の大きい男が袋を担ぎ上げてしまった。

 ──まずい、こっちに来る……!

「『雷撃よ、我が敵を貫け!』」

「ギャッ」「うわっ」「なんだあっ⁉︎」

 咄嗟に放った術で大男は気絶させられたが、雷撃の軌道を見られたはずだ。魔術師ぼくの存在に気付かれただろう。

「魔法か⁉︎  くそっ、何モンだてめえっ」

 残った二人のうち一人が腰からナイフを抜いて向かってきた。

 こちらも短剣を抜いて、別の呪文を唱える。

「『雷電よ、我が剣に纏いて迎え討て』」

 詠唱完了と同時に短剣の剣身が紫電を帯びる。この術はかけた対象に敵が触れることで電撃を食らわせる。付与魔術と呼ばれるものだが、要するに強制的に感電させる術だ。手持ちの武器が即席のスタンバトンになるので暴徒鎮圧なんかで使い勝手がよく、似たような魔道具が我が家の衛兵隊にもいくつか採用されている。

「ギッ──」

 近付いてきた男のナイフを電撃剣で受けると、男はそのままナイフ越しに感電して動けなくなった。これで残り一人。

「チッ、よく見たらまだガキじゃねえか。正義の味方ごっこは他所でしやがれ」

 最後の男もナイフを抜いたが、襲ってくる様子がない。想定外の事態になっても困るので近付かなかったのだが、その間に男の様子が変わった。

「フゥ────」

 大きく息を吐いた男の全身に魔力が漲っていくのがわかる。

 以前ミーナに見せてもらったことがある。あれは戦士や騎士がよく使う身体強化だ。膂力や瞬発力が向上し、耐久力も小規模な魔術なら無視できるようになる。ああなると即席スタンバトンでは動きを止められないだろう。

玩具おもちゃで遊ぶのもいいが、オトナの邪魔をするなら躾けてやらねえとなァ」

 勝ちを確信しているのか、男はゆったりとした足取りで近付いてくる。

 確かに電撃は効果が薄くなったし、強力な術を使おうとしても詠唱している間に距離を詰めて攻撃してくるだろう。

「どうした? ビビって動けねえか? 大人しく表で遊んでればこんなことにはならなかっただろうによ」

 ところでこの身体強化、実は明確な弱点がある。

 火球や雷撃といった体表面に攻撃する術には滅法強いのだが、身体の内側に作用する魔術には効果がないのである。

 思い出してほしい。僕がこの二年間、毎日どんな術を使い続けてきたのかを。

「『の者の正体を酒精の如く奪え』」

「ンなっ、ん、だ……ぁ……?」

 詠唱を聞いて走り出した男だったが、すぐに術が完成するとそのまま膝から崩れ落ちた。立とうとしているようだが、うまく立ち上がれていない。

 この術は対象を泥酔と同じ状態にする呪文だ。泥酔は相手を無力化する際のデバフとして優秀で、これ一つで平衡感覚の喪失・意識の混濁・言語野の混乱など、いくつもの状態異常を複合して付与することができるのだ。また実際に急性アルコール中毒を引き起こしているわけではなく、あくまで同様の症状を再現しているだけなので、お酒に強い相手でも──魔術が通れば──前後不覚に陥らせる点も僕的に評価の高いポイントである。

「ぉまえ……な、に……」

「よし。あとは落とし穴にでも放り込んで衛兵を呼んでくれば大丈夫かな」

「オッ、なんだ坊っちゃんだけで片付けっちまったか。いやはや前途有望だねェ」

「ぉわっ!」

 びっ──くりした。いきなり背後から声をかけられて思わず声が出てしまった。声をかけられるまで全く気付かなかった。探知魔術は切らしていなかったのに。

 振り返ると先ほどのサングラス男が気楽な様子で立っていた。

「……いつから居たんですか?」

「いやいやおれっちも今来たとこヨ。悪の気配を感じたんで正義の冒険者としちゃ見過ごせねえと馳せ参じたんだが、すっかり終わった後だったとはねェ。ちっとこのまんまじゃ格好かっこが付かねえから後の始末はおれっちに任せてくんな。坊っちゃんはメシでも食いに行きなよ」

 グラサンは身振り手振りを交えて一気に捲し立てると、どこからか取り出したロープで破落戸四人を縛り上げて空中に浮かせた。

「ええ? はあ、まあ、助かりますけど」

 いやどうやって浮いてるんだあれ。魔術を唱えた様子はなかったが。

「んーこりゃ一応医者の先生に診せた方がいいな。よ、っと」

 地面に転がる頭陀袋に入っていた女性の状態を確認したグラサンは女性を背負うと、そのまま歩き出した。頭陀袋ごと落ちたときにどこか痛めていないといいが。

 歩くサングラス男の後ろを縛られた男達がふわふわと付いていく。

 そうして数歩歩いたところで、男が振り返った。

「っとそうだ。このままなんもご褒美無しじゃあ坊っちゃんも働きゾンだわな。代わりと言っちゃあなんだが、これでも、取っといてくんな。きっと坊っちゃんの役に立つと思うぜ」

 そう言って投げ渡されたのは、彼が右手から外した指輪だった。

「これ、魔道具ですか? さっきも言いましたけど、今はお金を持ってませんよ?」

「なァに、先行投資ってやつヨ。いつかどっかで返してくれりゃ大儲けさ」

 今度こそ男は四人の男を引き連れていった。

「なんだったんだ……」

「あれは“道具屋”ですね」

「わあっ!」

 またも後ろから声が聞こえた。もちろん探知魔術は継続中だ。流行ってるのか?

「ミーナ! 来てたんですね。“道具屋”というのは?」

 確かに魔道具を売っていたが、ミーナもその店を見たのだろうか。

「今の男の二つ名です。イージャンドラ・サウエジフ。竜王国を中心に活動する特級冒険者ですよ」

 特急冒険者! 滅多にいないと言っていたあれか。

「“道具屋”というのは?」

「彼は手に入れた魔道具を露店で手ずから売るのが趣味なんです。理由までは知りませんけど……」

 それで付いた二つ名が“道具屋”か。胡散臭い商人という風情だったが、実は強かったのか。

「彼は全身に魔道具を装備しているという噂ですから、その指輪もおそらく魔道具でしょうね。魔力視で見てましたけど、外した時に彼の保有魔力ががくっと減ってましたから、魔力量を増加させるものだと思いますよ」

 魔力増加! 確かに今の僕の役に立つ魔道具だ。魔力量を求めていることがわかっていたんだろうか。

「まあ魔術師なら魔力量はあって困ることはありませんからね。アル様が魔術を使うのを見て恩を売ろうとでも思ったんでしょう」

 普通に汎用品だった。

「直前まで付けてたやつですし、特に危険もないでしょう」

「おぉー」

 掘り出し物を買うことはできなかったが、逸品を手に入れることはできたみたいだ。

「お財布も買ってありますし、宿に戻りましょうか」

「そうしましょう。お腹空きましたし」

 二人で宿に向けて歩き出す。

 なんのかんのとあったが、アーロイース初めての市場編、めでたしめでたしである。

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アーロイースは二人いる みはしいおり @38410121

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