水面に浮かぶ玉鋼

「5月2日、午前11時34分。被疑者早宮智和の取り調べを始めます。この取り調べは第二部隊、浅葱班が担当します。記録は葉山、取り調べは班長、浅葱の責任の元に行います」

 浅葱海巳はそう言うと、目の前の相手に向き直った。机を挟んだ向かい側に座る早宮は、ここ2ヶ月世間を騒がせていた連続殺人事件の犯人である。早宮は逮捕時に抵抗はしなかったが、現在まで黙秘を続けており、以降の手続きが難航していた。そのため、浅葱班に白羽の矢が立ったのである。

「初めまして、早宮さん。今回の取り調べを担当する浅葱です。どうぞお手柔らかに」

 浅葱は穏やかな笑みを浮かべるが、早宮は無言を貫いている。取り調べが難航している理由として、早宮が何も語らないというのはさることながら、早宮の超能力が未だ不明であるというのも関連している。事件の被害者が全員超能力者であったことも踏まえ、超能力に対して作用するのではないかというのが見解であるが、それをはっきりさせることも今回の取り調べにおいて重要な任務である。

「まずは事実を確認させてください。あなたは2ヶ月前、佐藤光さんを何らかの方法で殺害し、その2週間後に高岡紗奈さん、さらに2週間後、金田大毅さんを殺害した。間違いありませんね」

 早宮には浅葱の言葉がまるで聞こえていないようだった。

 1人目の被害者は、任意の物体を浮遊させる、いわゆるサイコキネシスと呼ばれる超能力。2人目の被害者は、水を生成する超能力。3人目の被害者は、テレポートの超能力を有していた。black boxの基準を用いると、3人の能力はいずれも殺傷能力はほとんどないCランクに該当する。

「3人の死因はそれぞれ、窒息死、溺死、体を切断されたことによる失血死です。ここで不可解な点があります」

 窒息しているはずなのに首を絞められたような痕はなく、陸上で溺れ、体はまるで肉を捌くかのように綺麗な切断面であった。そのため、捜査本部は当初、本人の超能力が暴走したことによる事故を想定した。サイコキネシスを際限なく自身に使用すれば、空気の薄い上空まで漂い、自身が生成した水を操りきれなければ溺れ、テレポートの座標指定を誤れば自身の体は分断する。

「ですが、それはありえない。少なくとも窒息や溺死は、死ぬ前に気絶を挟みます。超能力者の意識が途切れた時点で、被害者の超能力は効果を失い、死ぬまでには至らない。であれば、誰かが無理矢理超能力を使用状態にしていたと考えられる」

 ここまでは、今までの取り調べでも考察され、早宮も幾度となく聞かされてきたことである。浅葱の瞳に怪しい光が灯る。

「それでは、あなたの超能力は何なのか。他人の超能力を暴走させること、もしくは反転させること、というのが上の見解ですが」

 本来、取り調べはテレパシーや嘘を見抜く超能力の所持者が担当することが多い。適した能力であることは明白だが、浅葱はこれらの超能力を持ち合わせている訳ではない。にも関わらず、浅葱は取り調べにおいて他の追随を許さない実績を残している。

「私はどちらでもないと思っています。思うに、あなたもまだわかりきっていないのではないですか?だから語ることができない。でも実際に事件は起こっている」

 この時、早宮の表情が少し動いた。浅葱はそれを見逃さなかった。目線が素早くマジックミラーに向けられ、それを外で待機していた2人が受け取った。

「では、始めましょうか」

 超能力による結界の展開、結界内を対象とした空間操作、対象の記憶の再現が同時に行われ、そこは最初の被害者が生まれた瞬間に時が巻き戻ったかのようだった。

 学校の帰り道だろうか、彼は自分の手荷物をふわふわと漂わせながら歩いている。早宮は正面から歩いてきており、その様子を何気なく眺めている。突如、彼の体が宙に浮き、彼自身、そして早宮自身、何が起きたかわからないといった風に、互いを見ている。

『たっ…助けて…!』

 弾かれたように早宮が手を伸ばす。しかし2人は共に空高く浮かんで行く。握る手に限界がくる。早宮は地面に叩きつけられ、彼にはもう手が届かない。呆然とその様子を眺めている。しばらくすると、上から黒い影が迫ってくる。咄嗟に避けたそこには、かつて彼だったものが横たわっていた。

「やめてくれ」

 場面が変わる。彼女は家の庭に水を撒いている。水は彼女の手からシャワーのように降り注ぎ、小さな虹を作る。雫を浴びた植物は日光に輝いている。早宮は、毎朝それを眺めている。彼女を見ると、この前の出来事など嘘のように思える。早宮の頭に、ふと疑問が浮かぶ。次の瞬間、彼女は苦しげに首を押さえて倒れ込む。彼女の顔を覆うように、水が纏わりついている。早宮はまたしても、呆然とその様子を眺めている。彼女の口から最後の空気が漏れ出る。

『助けて…』

 向けられた目を見て見ぬふりをして、早宮はその場を去る。

「やめろ」

 場面が変わる。早宮は上司に叱られている。最近の勤務態度が芳しくない。何か悩みがあるなら話を聞く。上司の言葉には心配している様子も見てとれる。早宮は疲れていた。どうすればいいかは定かでないが、感覚でわかることもある。早宮は想像した。想像してしまった。結末は、彼の想像通りだった。

「やめてください…」

 早宮はその場に崩れ落ちた。浅葱の冷ややかな視線が彼に注がれている。

 早宮が今見たそれは、3人の超能力者による幻想に他ならない。当初、彼らは現場以外で当時の再現を行い、それによって情報の共有や推理の足掛かりとすることを目的に集められた。しかし、浅葱班に編成されて以来、彼らの存在意義はまた異なるものになっている。

「あなたの超能力は、想像を現実にすること。対超能力者に限り使用できる、ランクA相当の超能力です。一般人に被害がないのは幸いですが、罪は償ってもらいます」

 浅葱の超能力。それは、相手に罪の意識を植え付けるという限定催眠である。浅葱が目撃した事件や事故を、自分の責任で起こしてしまったと強く思い込ませることができる。例え自分が犯人でなくても犯人だと錯覚してしまう、違法捜査にもなり得てしまう能力。それを阻止するために、3人がいる。

「あなたは逃げるべきではなかった。すぐに通報していれば、罪を重ねることもなかったでしょう。己の罪の重さを知りなさい。時間はたっぷりあります」

 浅葱の耳に十字架が光る。嗚咽を漏らす早宮を残し、浅葱は部屋を後にした。


以上が、今回の取り調べの記録である。

                     記録責任者 葉山御影

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