1.1.3.廃都市 -4-
「舞波からすりゃ、最もな問いだな。そのあたりは、俺の説明不足だ」
一瞬流れた不穏な空気。舞波の感情と連動するように、道端の雑草が揺れ動いたのを見た俺は、背中に冷や汗を感じながら舞波の勘違いを正していく。
「ハンドラーは向こう側の人間じゃねぇんだ。そして、俺達地下都市の人間でもない」
「ほぅ…?」
「もっと言ってしまえば…最早人間でも無い何か…だろうな」
「さらにキナ臭いんだけど」
「細かく突っ込まれたら、俺も説明しきれねぇや」
舞波の言葉を受けてお道化て見せる俺。俺とてハンドラーの正体に明るいわけではないし…それが本当だとも思っちゃいない。ただ、間違いなく…俺が今から話すのは、事実であり、俺達スカベンジャーが抱いている不変の認識だ。
「言ったっけ?俺達スカベンジャーが公務員だって」
「聞いた…様な気がするし、初耳な様な気がする…」
「俺達スカベンジャーは、連邦政府…地下都市の連中やら、ソーサやら、そいつらをひっくるめた連中をまとめる政府の配下なんだ。スカベンジャーは、各々のハンドラーの指示の元で、こうして危険地帯に趣き、危険手当とちょっとしたボーナス目当てに廃品回収に勤しんでる」
改めて話すスカベンジャーという職業についての説明。舞波は首を傾げつつも、俺の言葉に横やりを入れず、耳を傾けてくれていた。
「だから、その時点で…俺達とソーサの間には火種が無いと言えるだろ?」
「そうだね。名目上は味方…なはずだ」
「実際、そうなんだ。だが、ソーサの連中は上流階級の…俺達は下流階級のスカベンジャーでな…そういう意味じゃ、火種がある」
「そうはいっても…殺し合いするほどの仲ってのも不思議だけどもね」
「まぁ…色々あんのよ。地上の土地は死の大地だが…それを浄化できたとしたら?」
「なるほど。利権争いか」
「そう。そして、危険地帯である地上で活動する以上…死は日常の一部だ」
「…人が死んでも、誰も気にしない…と」
「そんなわけで、同じ政府の管理下…金の出所が同じはずの連中が殺し合いを始めちまう」
そういうと、隣を歩いていた舞波がクスッと鼻で笑った。
「おかしな話」
「舞波のいた世界じゃ知らないが、俺たちの常識なんてそんなもんだ」
「いやいや、ヤナギンの所でも変わらないなって思っただけさ」
「なんだ。そっちも同じか?」
「程度の差はあるけど。見てなければ何してもいいと思ってる連中がいるんだろう?」
「大勢な」
「滑稽だね。でも、まぁ…僕は恵まれてると認識せざる負えない。向こうの世界でも…こっちでも、僕はその日暮らしになってないからね」
「……どういう意味だ?」
「そうしなきゃならないほど追い詰められてないって意味さ。施しが揃ってなければ…人間も動物だよ」
若さの割りには随分と達観しているらしい。俺は舞波の言葉を受けてマスク内で苦笑いを浮かべる。
「そうだな」
「その点、そうなっててもおかしくないヤナギンは…ある意味、変と言えるな」
「…褒めてんだよな。ソレ」
「勿論。出会ったのがヤナギンじゃなければ…僕は自由に動けていなかっただろうしね」
「まぁ、確かに」
「ツタだらけなのは良いとして、純金を見てお金に換算しない人なんて居ないでしょ?」
「そうだな。間違いない」
「お金の誘惑に耐えられるのは…実情がどうあれ出来た人間にしか出来ないことだよ」
大層な口調でそういった舞波は、目線の先…ビルの切れ間から見える光景を見て「おっ」と声を上げた。
「そして…ヤナギン。タワーというのは、あれかな?」
通りの先に、チラリと見えた赤い鉄塔。ハンドラーに言われたタワーだ。コクリと頷いて見せると、舞波は「ふむ」と言って足取りを早める。
「珍しいか?」
「いやぁ、僕が居た世界でも、ああいうタワーはあったんだ」
早歩きになった俺達。タワーを隠していたビルを横目に見るころには、目の前にタワーの全景が見えてきた。
「東京タワーよりは小さいな。札幌のテレビ塔位かな?…こんな小さなビルの影になるくらいだものねぇ…」
向こうの施設名だろうか。ポツリと呟く舞波の言葉を理解できない俺は、開きかけた口から何も言葉を発せず…だまったまま彼女の横を歩く。
「あぁ、ヤナギン。さっきのハンドラーの件でもう一つ知りたい事があったんだった」
すると、舞波は先ほどの…不穏な口調を今一度再現してそういって、俺の方に顔を向ける。
「何だ?」
どういう話題が飛んでくるかも分からず…ただ、そう聞き返した俺に、舞波は少々潜めた声でこう尋ねてきた。
「ハンドラーは、どうして【ソーサ】の連中に付かなかったんだい?お金も名誉も…持ってるのはそっちだろう?」
廃村場末の純金少女 朝倉春彦 @HaruhikoAsakura
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