俺たちは普通じゃない!

@yuna_0408

俺たちは普通じゃない。


『貴族や富豪から金品を奪い、貧しい人の所にばら撒く、義賊的精神の持ち主。』

『領主の貴族から金貨100枚の懸賞金をかけられている。』


 これが、俺が今日の午前中で、住民に聞き込みをして得た情報だ。俺は自分で書いたメモを見返して、あまりの情報のなさに深くため息をついた。


「……あいつら、俺のことを馬鹿にしてるだろ。」


 少し傾き、崩れかけた部屋の中で悪態をつく。随分昔に打ち捨てられた建物の最上階、壁に貼りつけてある地図や新聞の上に今日の情報を追加する。この国にもやってきた、怪盗についてのことを聞きまわっていたのだが、今日の聞き込みはあまり意味がなかったようだ。


(さすがにそれくらいは知ってるっての!)


 俺はこの街で探偵をやっている。しかし、蒸気機関が盛んなこの街で、多くの住民は工場で働いており、それが普通だ。探偵だと言うと、あまり協力してくれない。


 そんなわけで仕事があるわけでもなく、かと言って探偵は昔からの夢で諦めたくない。苦肉の策として、廃屋の最上階で独り、寂しく調査をしている。溜め息を吐きながら、ガタガタと鳴るバルコニーに立ち、領主の屋敷の方に目を向ける。


(やっぱり、他に方法はないようだな。)


 こんな俺の状況を変える切り札、それが今調べている怪盗だ。この怪盗を捕まえれば、この国を治める領主から金貨100枚授与。義賊である彼女を捕まえるのは、少し気が引けるが、金貨が100枚あれば、綺麗な事務所を借りることも出来る。


「おーい!探偵のお兄さーん、新聞ですよー!」


 そんな野望に想いを馳せていると、下から人の声が聞こえ、ぎくりと体が跳ねる。バルコニーから身を乗り出し確認すると、小柄な少年がはしゃぎながら、こちらに新聞を振っている。


「げっ、新聞屋か。」


 彼は、この辺境の地まで新聞を届けに来てくれる。それだけならありがたいのだが、彼の俺の惨めな生活を、悪気なく街に広める所が厄介だ。






「いっつも思いますけど、ここはまるで秘密基地ですね!いいなあ!」


 彼は、俺の生活空間に入った途端、目をキラキラさせた。すぐに、「他の人に言ってもいいですか?」なんて言うので、俺は全力で止めた。そんなことを広められたら、いい年して秘密基地を作っている、と思われかねない。


「残念なんだが、今日はあまり話す時間がないんだ。だから、話がしたいんなら他をあたってくれ。」


「用事あるんですか?いつも暇そうなのに。」


 失礼な。俺にだって用事ぐらいある。とくに今日の用事は、この上なく重要だ。俺は壁に貼ってある地図の、右下を指差しながら、言い放った。


「俺は、今夜に怪盗を捕まえにいくんだ。」


「え、ここは!東のゴミ捨て場ですか?」


 そう、東のゴミ捨て場だ。そう言うと、彼は、「あんな所に居るのかなぁ?何にもないのに。」と首を傾げた。不思議に思うのも当たり前だ。東のゴミ捨て場は、別名「機械の墓場」と呼ばれている。この街の端っこに存在していて、一面のオレンジ色の砂の上に、いくつもの使われなくなった機械が、転がっている。


「俺は、怪盗はそこに宝をばら撒きに来るんじゃないか、と踏んでいる。」


「機械の墓場は、金に困った奴が宝を探す場所としても知られている。そこに盗んだ物を置けば、確実に貧乏人に渡るだろ。」


 そう言うと彼は少し納得したようだが、まだ不思議そうな顔をしている。


「でも、どうして今夜なんですか?あんな場所に滞在してるわけないし、領主さんの宝物が盗まれたのは、数か月前ですよ!」


「いや、過去の情報をまとめると、盗む周期は不確定だが、盗んでから流しに来る周期は三か月と決まっている。その間は隣国にでもいるんだろう。東のゴミ捨て場は、国境が近いし。」


 そこまで話したところで、ゴォォーーーンと街の時計塔の夕方の鐘がなった。もうこんな時間か、つい得意になって話してしまったが、今夜は行くべき所があるのだ。俺は最低限の装備を持って、下に降りる階段を慌ただしく下り始めた。


「すまん!そろそろ行かないと。」


「いえ、頑張ってください!」


 後ろからこちらに向けて声が聞こえる。俺の推理が当たってればいいんだが、と思いながら、俺は、その場を後にした。






 空はだんだんと暗くなり、夜店が開き始めたころ、俺はやっと目的地にたどり着いた。


(ここは、いつ見てもとんでもないな。)


 東の国の国境沿いにあるそれは、見渡す限り砂漠が広がっていて、今立っている場所から下には、歯車やらパイプやらが山のように積み上がっている。ゴミの隙間から遠くを覗くと、誰もいないか、と思われた砂漠の奥に小さく人影が見えた。

 

「なんだあれ?」


 人影は黒の布をまとっているのか、影のように見える。しばらく見つめていると、次の瞬間、その人影は消えてしまった。 確かに見た気がしたんだが、と目をこすって確認してみるが、何も変化はなく、砂が無意味に吹き飛ばされ続けている。


「見間違いか?」


 もう一度目をこすろうとしたとき、突然後ろに人の気配を感じた。


「……………………。」


 背後に誰かが!俺はゆっくりと振り返った。


 後ろには、全身まっ黒でシルクハットをかぶった女が、こちらを見つめていた。その見た目や存在感からして、彼女が怪盗だろう。どこからともなく現れた彼女に俺が呆然としていると、先に彼女が話しかけてきた。


「君は、ここで一攫千金でもねらってるの?」


 気遣わしげに聞く彼女の手には、大粒の宝石がいくつも握られている。大方、俺を金に困ってる奴、と思ったんだろう。俺は気が付かれないように、袖口にある小型ナイフに手をかける。


「残念ながら違う。俺はアンタを捕まえに来た探偵だ!」


 素早く首筋にナイフを突き付ける。少しでも動けば危険な距離だ。彼女は驚いたのか、目を見開いて、手に持っていた宝石を取り落とした。しかし、彼女は一瞬で平静を取り戻し、むしろ関心したように笑った。


「へぇ。盗む所を狙う探偵はよくいるけど、ばら撒く時を狙われるのは初めてだよ。君は相当優秀な探偵なんだね。場所も時間も、どうしてわかったの?」


「時間稼ぎのつもりか?あいにく答えてやれる暇はないんだ。」


 あと少しだ、あとはこの女を領主の屋敷まで連れて行けば、金貨100枚だ。それで、もうこんな生活とはおさらばだ。ナイフを握る手に自然と力が入る。


「時間稼ぎをしているつもりはないけど。単に気になっただけ。逆になんで教えてくれないのさ。」


「な、、これから捕まるやつに教えてどうするんだよ!俺は普通に生活がしたいだけなんだ!」


 初めは少し捕まえるのを申し訳なく思っていたが、だんだん彼女の飄々とした態度に苛立ちを感じ始めた俺は、彼女の口を、手で塞ごうとした。しかし、ナイフを持った彼女の手に制止された。


「なるほどね。ね、ちょっと話をしようよ。いいでしょ。」


「それは、俺のナイフ!?いつの間に。」


 眼前に突き出されたは、俺がさっき袖口から取り出したナイフだ。俺の手からは、いつの間にかナイフがなくなっていて、逆に彼女に脅される形になっていた。その話というのが終わったら、ここのゴミの一部にされてしまうのだろうか、俺はこの怪盗を少し甘く見ていたようだ。






「あはは!崩れかけの廃墟を事務所にするなんて、面白いね!」


「はぁ……そりゃどうも。」


 いったい、どんな要求をされるのかと内心警戒していたのだが、要求は探偵事務所が見たい、だけだった。壁中に新聞やメモを貼っているのを見て、「こんなんじゃ、お客さんくつろげなくない?」と聞かれたが、誰かが来るのは想定していないので、仕方ない話である。


「ところで、そろそろそのナイフ返してくれないか?」


「いいよ。ちょっと手を出してみて。」


 今も彼女の手に収まっているそれを指さして、頼んでみる。ここに来るまでにも、少し世間話をしたのだが、その切っ先が、いつ、こちらを向くのかが気掛かりで、全然話に集中出来なかったのだ。


 これで、やっとビクビクしなくてもすむ、と思い、手を前に差し出す。しかし、彼女は手を動かさなかった。代わりに、虚空から刃物が飛び出し、俺の手の中に納まった。


「え?」


「みんな私のことを、怪盗だと思ってる。でも、本当は、私は魔法使いなんだ。」


 彼女は少し悲しそうに俯きながらそう答えた。魔法だなんて、そんなの非現実的だ。しかし、ナイフを移動させたり、一瞬で動いたり彼女が不思議な力を持っているのは、本当らしい。そんな力があるなら俺だって欲しい。でも、彼女は俯いたままだ。


「私を追い詰めた君には、特別に教えちゃうけど、私が魔法を堂々と使えるのは、怪盗をしてる時だけなんだ。」


「だってこんなの普通じゃないでしょ?」


 彼女は部屋のバルコニーから月を見上げ、そう呟いた。普通にならなきゃいけない、その感覚には、俺も覚えがある。「うろちょろしてる暇があるなら、工場で働け」「お前はなんで普通に出来ないのか」と言われたこともある。嗚呼、こいつは、俺と同じだ。


「でも、俺は、普通じゃなくたって、ありのままが良いと思う。そのままで、良いと思う。」


 なんて、なんて口を突いて出てしまった。彼女は目をこぼれんばかりに見開いたあと照れくさそうに笑った。


 あまりにも、照れくさそうにするので、なんだかこっちまで恥ずかしくなってきた。しかし、こんな話を聞いてしまった俺はもう、彼女を捕まえるなんて出来そうにない。でも、今となっては、そのほうが良かったと思う。


 金はもうあまり欲しくなかった。たとえ、自分がおかしいと思われたって、周りと違くたって、そんなことを気にする必要は、始めからなかったんだ。彼女を勇気づけようとしたら、なんだか自分まで元気がでてきた。


「ねぇ、またここに来てもいい?」


「こんなボロ屋でよければ。」


 それを聞いた彼女は少し笑い。そして、


「また会えたらね。」


 そう言って彼女は、現れた時と同じように、魔法のように消えていった。

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