第15話 兄の秘密

 

 「僕が力に目覚めたのは六年ほど前。朱里が《大国主神》の力を得たと聞いて、元々杜撰だった親族の態度が更に露骨に酷いものになり始めた頃だった」

 兄さんは椅子に座り見舞いのフルーツを机に置きながら話し始める。座っていいと言った覚えはないがまあいいだろう。

 「親族に心底嫌気が差した僕は、毎日のように実家の市内にある縁切り神社に通っていた。大体それを三ヶ月ぐらい続けてた時かな。いつの間に僕は《事解之男命》の力を手に入れてたんだ」

 「ん、それって《神憑り》だよね!? 後天的に宿ることってあるんだ……」

 「椿が調べたところ、過去に前例は結構あるらしい。ただ後天的なものの殆どは肉体を神に乗っ取られてしまうそうだがな」

  警固さんが横から解説を加えてくれる。私はその話を聞いて思わず「怖っ!」と言って体を震わせた。

 「ん、ちょっと待ってください。警固さん前に『《神憑り》に会うのは君が初めてだ』とか言ってませんでしたっけ?」

 私が警固さんに会うより先に二人が出会っているのなら、その発言は妙なことになる。忘れていたのだろうか。

 「言ってたな。うっかり絆嘉さんの存在を忘れてたというより、彼の能力がそういうものでね。認識阻害で思い出せなくなってたんだ」

 「僕の力は縁切りの力だ。その力の一つに認識阻害があってね、発動している間は基本的に人は僕のことを思い出すことはできない」

 「ん、でも私兄さんのこと前から覚えてたよ?」

 忘れるどころかつい昨日兄さんのことを日比谷君達に話している。全く効いている試しがない。

 「朱里は僕と関わり深いし、精神攻撃耐性も高いからな。効いてないんだろう。同様に結衣にも効いてないはずだ」

 私は「なるほど」と頷いた。それなら納得が行く。だがまだ聞きたいことは残っていた。

 「もしかして、この力を今まで黙っていたのは姉さんのため?」

 「それもあるってとこかな。実際は俺が知られたくなかったってのが大きいよ。ただお父さんとお母さんは俺が話したから知ってたよ、たとえ妹達であっても話さないでくれって強くお願いしたけどね」

 「まあ話すメリットそこまでないもんね。最後に一つだけ質問。家の銀行口座にお金振り込んでたのは兄さん?」

 「……そうだね、こっそりバイト代とか振り込んでた」

 「そっか。じゃあとりあえず三年間の恨みは昨日助けてくれたのでチャラね。ただし兄さんもちゃんと父さんのお見舞い行かなきゃダメだよ?」

 「……それはちょっとな」

 兄さんは露骨に嫌そうな態度を取る。私は一発兄さんをぶん殴りたい衝動に駆られたが、あることを思いつき殴るのはやめておいた。

 「兄さん、もしかして父さんがなんで脅迫に従わなかったのか知らないの?」

 「家族より国を取ったってだけだろ。さぞかし立派な政治家だろうよ」

 「違うよ。父さんは私の力がバレた時、世間でやっていけるかを気にして規制反対派をやってたんだよ? 今思えば兄さんのことも心配してたんだろうけど。そんな人が国のためだけ考えて逆らったりしないでしょ」

 私は「たとえそうだとしても私は責められないけどね」と付け加える。結局攫われたのは自分の失態だし、めちゃくちゃ悲しいけど責められはしないかなってところだ。

 「じゃあなんでだって言うのさ。葬式で父さんに問い詰めた時はだんまりだったよ」

 「そりゃ本人の口から語っても言い訳にしか聞こえないからでしょ。父さんはね、従っても私と母さんが無事に帰ってくることはないって分かってたんだよ」

 私の言葉に兄さんは「ど、どういうことだよ」と動揺する。本気で知らなかったらしい。

 私は警固さんの方に顔を向けると、「言ってなかったんですか?」と尋ねる。彼は静かに頷き、「言われてみれば言ってなかった」と答えた。忘れていたらしいが、まず警固さんに言う義務はないので彼に落ち度はない。

 「《アルカディア》は父さんに《超常使い》への規制を強めさせる気でいた。父さんは規制反対派の一角を担っていたから、成功したら戦況は大きく変わっただろうね。そこで父さんに超常使いへのヘイトが集まるのは想像できるよね」

 彼はまだ話が飲み込めない様子で「まあ、それはそうだな」と答えた。

 「《アルカディア》はそれに乗じて口封じに私達家族を殺すつもりだったんだよ。人質は母さんだけ返して、私は洗脳して『娘さんは仲間に加わった』とでも言うつもりだったみたいだね。その後すぐに私以外の家族を口封じで皆殺しにする流れを組んでたんだ」

 「……それ、お父さんが流れを予想したとかそういうのじゃないのか?」

 「横から申し訳ないですが、それは違います。奴等は二人を連れてアジトを転々としていましたが、私の仲間がサイコメトリーで残留思念を読み取ったところその計画が明らかになったんです」

 警固さんが援護射撃をしてくれる。今私が話している話は、警固さんから聞いた話だ。当時私は警固さんに直接お礼を言いに行ったのだが、その時に聞かせてもらったのだ。後日父さんにも質問し、似たような回答が返ってきた。

 「要求を呑んでも呑まなくても、私は帰れなかったし母さんも命が危なかった。だから人質として機能しているうちに、できるだけ迷っている様子を見せつつ拒否すること。それが父さんのやったことだった」

 「待ってくれ。呑めばお母さんを全力で護るって選択肢もできたんじゃないのか?」

 「……たとえあなた方のお父様が呑む選択肢を取っても、我々は全力で護る気でいました。ですがお父様は『国を売るような真似して国に護ってもらうなんてできるか!』と言って頑なにその選択肢を取ろうとはしませんでした」

 警固さんが再度説明してくれる。その発言を聞いて兄さんは勝ち誇りと悲しみの入り混じった表情をした。

 「ほら、くだらないプライドが出てきたじゃないか。大人しく護ってもらえればお母さんは……!」

 「兄さん、仮に要求呑んでも予後はすこぶる悪かったって話だよ。父さんがそんなことして世の中どうなっちゃうと思ってるのさ」

 「そんなの父さんが『脅されてやりました』って言えば良いだろ? 母さんは戻ってきてて護衛もついてるんだから」

 兄さんは苦しげな表情で反論する。彼は私よりもずっと頭が良い。既に気がついているはずだ、それを言ってしまうデメリットを。それでもなお、母さんに生きていて欲しかったんだろうと思う。

 「兄さん、自分でも本当は分かってるんでしょ? そんなことしたところで一度通った法案は簡単には覆らないよ。それに『脅された』って言ってしまうこと自体、《超常使い》規制派の勢いを大きくするだけだし」

 「くっ……でも結局、あの事件がきっかけで規制派の勢いは更に強まったじゃないか!」

 「そうだね、どの道こうなる運命だったかもしれない。でもそれは母さんにも言えるんだよ。母さんが殺されたのは奴らの気まぐれだもの。今後人質を取る時に返す意思はありますよって示すために生かしてたみたいだけど、まあ良いかってことで殺されたんだ」

 兄さんはそれを聞いて「なんだよ……それ」と呟いた。兄さんは父さんのせいにすることで、母さんの死を回避できたという希望を残せていたのかもしれない。でも、それで父さんを苦しめたくはない。

 「だから、父さんのやったことを認めろとは言わないけどさ。許してほしいんだ。父さんだって被害者なんだし、悪いのは《アルカディア》なんだからさ」

 「……今度お父さんの見舞いに行ってくるよ。殴ったことも謝ってくる」

 兄さんは頭を押さえ、項垂れながら私にそう伝える。私は「うん」と返事をして、ペットボトルの水を飲んで喉を潤した。

 「さて、これからの問題は姉さんだね。あっちもいつの間にか《超常使い》になってるし……また私やその周辺を襲ってくるかもしれないし、対策を練らないと」

 「そのことについてはボクから話をさせてもらおう」

 入り口前で息を潜めていたのか、汐崎さんがコンビニスナックを手に持ちながら病室へ入ってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

朱に交われば君になる〜テロ組織に母親を殺された少女は大国主神の力を使って敵を討つ〜 ドードー @tarizuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画