第14話 再開 その2

 私の言葉に動揺したのか、女の動きが一瞬止まる。間違いない、図星だ。そう確信した私は姉さんがナイフを振り下ろす前に引力を使って半ば無理矢理身体を動かして馬乗りから脱出した。

 「姉さん……だよね。私のこと、凄く憎んでたんだね」

 私は身体強化で無理矢理舌を動かして喋る。先ほど姉さんは『お前もいたのか出雲朱里』と言っていた。つまり姉さんは私を自分の妹だと認識した上で殺そうとしてきたわけだ。

 「てめぇなんて大っ嫌いに決まってんだろうが! てめぇばっかり愛されやがって……その幸せそうな顔を見るたびに首を絞めてやろうかって何度思ったことか!」

 「がっ……!」

 私は激昂した姉さんに、腹に蹴りを入れられ、続けて壁に叩きつけられ両腕で首を絞められる。私は糸で抵抗しようとするも、出力が足りず逆らえない。

 「痛っ! なんだてめぇ、雑魚は引っ込んでろ!」

 私が死を覚悟した瞬間、姉さんの両腕が別人の手によって引き剥がされる。私は首を何回か摩り、その手の主の姿を見た。

 「あんたが誰とか、うちが雑魚だとかそんなことはどうでも良いんだよ。ただあんたがあかりん殺すって言うなら……刺し違えてでも殺してやる」

 「雑魚が粋がんな」姉さんは桃ちゃんに電撃を浴びせて地面に薙ぎ倒しそう言う。そして桃ちゃんを足で踏んづけて、つまらなそうに足で蹴っ飛ばした。

 「てめぇも一応リストにあったから知ってるぞ、高円寺桃! だがあえて放置したのはてめぇがただの無能力者に等しい虫だからってだけだ」

 姉さんは桃ちゃんを放置して再び私の方に近づく。そして再びナイフを構えて、突き刺そうとした。

 だが、その刃は一瞬にして地面に落ち私の胸に刺さることはなかった。何が起こったのか分からず、私は姉さんの背後を見る。しかし日比谷君やそのお母様、桃ちゃん全員、何かしたという様子はない。

 「ようやく見つけたよ、結衣。僕は朱里を殺しに来るのはお前だろうなって想像はしてたけど、こうして目の当たりにすると悲しいな」

 「……あ、兄貴!?」

 「兄さん!?」

 リビングの扉の前にいたのは、海外留学中のはずの私の兄だった。兄さんは右手にハサミを持っていて、左手で頭を抑えながら姉さんを見つめていた。

 「お前が当時やったことを、僕は信じたくなかったし、何か裏があるんだと思ってた。だが今の殺意は紛れもない本物だった。残念だよ」

 兄さんは堂々とリビングに入り、私を姉さんから引き剥がす。兄さんの力なのか、姉さんは一切抵抗せずにあっさりと私を解放した。

 「だったら何だよ、海外に逃げた奴の癖に! 時間切れだから今回だけは引き下がってやる。だがあたしはお前ら一族全員皆殺しにするまで止まらないからな。お前らを殺して初めてあたしの人生は始まるんだ!」

 姉さんはそう捨て台詞を吐いて、まるで風のように体を変化させ、レインコートを捨てて近くの窓から逃亡した。兄さんは「待て!」と言って追おうとしたが、私達に視線を移してその動きを止めた。姉さんを追うことより私達を優先したのだろう。

 「皆様遅くなって申し訳ありません。僕が護衛の出雲絆嘉です。今救急車を手配しましたので、少しお待ちください」

 「もううちは何が何だか分からん……とりま寝るわ」

 桃ちゃんは宣言通り、すぐに寝息を立てて寝始める。その背後では日比谷君のお母様が日比谷君を心配そうに抱きしめていた。私と日比谷君が多少庇う形となったからか、超常官の二人は軽傷だったらしい。

 私は兄さんの方を見つめて、口を開こうとする。色々聞きたいことが多すぎる。だが疲れすぎているのか、声を出すことができなかった。

 空はいつの間にか晴れ、雹の音は聞こえなくなっていた。そこで私は自分が助かったのだと安堵してしまったのか、緊張の糸が切れてしまった。

 結局私は兄さんに対し何も言葉を発することができないまま、その意識を手放した。




 次に私が目覚めた時、そこは病室だった。私は寝ている間に着替えさせられたであろう入院着を着せられていて、ベットの上に寝かされていた。

 私が近くにあった時計を見ると、針は『九時四十八分』を指していた。幸い日にちが飛んでいることはなさそうで、病室のテレビでは『昨日各地で超常テロが起きた』というニュースが流れていた。

 「おはよう、出雲クン。とりあえず生きてくれてて何よりだ」

 「うわぁっ!? ちょっと、何で隠れてたんですか!」

 汐崎さんはベットの下で屈んで隠れるという真似をしていたようで、突然現れた汐崎さんに私は驚いて思わず叫んでしまった。カーテン越しに他の患者さんから睨まれてるだろうな、これ。

 「ごめんごめん、つい魔が差してね。真介と絆嘉を呼んでくるよ、聞きたいこといっぱいあるだろ?」

 「もちろん、沢山ありすぎて一日で話し切れるか分からないぐらいありますよ。是非お願いします」

 汐崎さんは「おっけー」と言って部屋から出ていく。私はその間に自分のスマホが机の上に置かれていることに気がつき、スマホを起動させて現在地を確かめた。どうやら日比谷君の家の最寄りの大学病院に連れて来られたらしい。

 「お疲れ様。君が無事でよかったよ」  

 「警固さんは無事じゃなさそうですけど!?」

 病室に警固さんがやってきた時、私はまた大きな声を出してしまった。警固さんは頭に包帯を巻いていて、右腕を骨折していたからだ。

 「ん、ああこれなら大丈夫だ。複数人に襲われたところを返り討ちにしたまではよかったんだが……直後に飲酒運転してたトラックに轢かれてしまってな」

 あ、テロリストにやられたわけじゃないんだ。トラックに轢かれるって……本当に不幸なんだなこの人。

 「心配しなくても後で《超常庁》直属の回復系能力者に治してもらうさ。これは日頃から怪我しすぎて、しばらくその痛みで反省しろって言われたからだな」

 「そ、そうですか。まあ大丈夫なら良かったです。んで、兄さんは警固さんの後ろに隠れてないでさっさと出てきてください」

 私は警固さんの背後でずっと息を潜めている兄さんを睨みつける。兄さんはビクッと身体を震わせて、ために溜めてゆっくりと警固さんの傍から出てこようとしていたので、私は「さっさと出てきて」と兄さんを脅す。すると兄さんはサッと姿を現し私の前に出てきた。

 「……絆嘉さん、家族間の話なら俺は席を外しましょうか?」

 「待って! 頼むから一緒にいてくれ、俺を一人にしないでくれ!」

 警固さんが空気を読んで退出しようとしたところを、兄さんが肩を掴んで引き戻す。警固さんは困惑した様子で「え、分かり……ました」と言って戻ってきた。兄さんは明らかに怯えている。私が兄さんに怒っていると思っているのだろうか。

 実際にその通りだが。

 「お久しぶりですね、兄さん。私が母さんの葬式の対応と親族の対応と父さんへの批判に対する対応と姉さん共犯説へのメディア対応と忙しかった間、兄さんが何をしたか覚えていますか?」

 私は皮肉たっぷりに敬語を使って兄さんに質問する。兄さんは俯いて視線をずらしながら、小さい声で「お母さんの葬式でお父さんと叔母さん殴って……そのままアメリカに帰りました」と答えた。

 「そうですね。兄さんの事情もありますし、休学して手伝えとは言いませんよ。でも父さん殴ったのは許しませんからね」

 叔母さんはどうでもいい。その後の対応が面倒くさくなったのは困ったが、私に『お前も死んでくれれば良かったのに』なんて言う人は殴られて当然だ。

 「それで、電話も出ずにこの三年間どこをほっつき歩いてたんですか?」

 引き続き敬語で追い討ちをかけていく。主に怒っているのはこの二点だ。後は聞きたいことはあれど怒ってることは特にない。

 「アメリカでずっと勉学に励んでました……昨年の六月に大学卒業して、帰国してからは《アルカディア》のスパイやってました」

 「だよね、不法滞在とかしてるんじゃないかと心配したよ。スパイって、まさか単独でやってたの?」

 「はい、その通りです……」

 「なんでそんな自分から手駒になりに行くような真似を……まあなってないから良いけどさ」

 カルト宗教から家族を引き戻そうとして教団に潜入した結果自分も取り込まれてしまう、という例は多数存在している。後ろ盾もなしに素人が行っていいような場所ではないのだ。

 「幸い、警固くんとすぐ再会できたんだよ。そこでスパイして得た情報を《超常庁》に流す仕事をしてたんだ」

 「君が言ったのとほぼ同じ台詞を彼に言ったよ。幸い彼の持つ力はスパイに確かに有効ということで、慎重に動いてもらいつつ、調査をしてもらってた」

 警固さんが横から口を挟む。まあ警固さんなら同じこと言ってそうだなと思った。頭の良い兄さんにしては妙なミスである。別にプライドが高いとかそういうタイプでもないはずなのだが、焦っていたのだろうか。

 「さて、一番聞きたいことを聞くね。兄さん、一体いつの間に《超常使い》になったの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る