第13話 再会

 「ふわぁぁぁ!!?」

 私は自分が眠ってしまっていたことに気づき、間抜けな声を出して飛び上がる。私はご丁寧に頭にクッションと体に毛布がかけられた状態で、ソファに寝かされていた。

 「おはようあかりん。あまりにも気持ちよさそうに寝てたからつい起こさないで放置しちゃった。まもるん、あかりん起きたよー」

 「ま、まもるん……?」

 「おっ起きたか。ありがとな高円寺」

 なんか私が寝てる間に仲良くなってる!? なんか取り残された気分かも。

 「ごめん、なんか変化あった?」

 「今のところ異常はない。ただ世間はやばいことになってるな、《超常官》や警察官が何人も殺害されてる。テロを起こした張本人にやられたのはもちろん、テロリストを捕まえた直後に狙撃された人もいたらしい」

 日比谷君が見せてくるスマホの画面を見て私は絶句した。テロの起きた箇所も死者も、怪我人も数が多すぎる。《超常官》、警察官にも多くの死者が出ていて、軍が出動しなければならない始末らしい。

 「……とんでもないね。巻き込まれた人達が少しでも無事なら良いんだけど」

 「ほんと、昨日まではこんなことになるとは思いもしなかったよ。うちら《超常使い》への風向きはより一層強くなっちゃうだろうね」

 桃ちゃんの言葉に私と日比谷君は頷いた。こんな状況になってしまった以上、世論は相当超常使いに厳しいものになるだろう。それこそが《アルカディア》の目的なのは間違いないが。

 「とはいえ今はオレ達自身の問題に目を向けるべきだ。オレ達も襲撃される可能性っていうのは十分に考えられる以上、警戒を怠らないようにしないと」 

 「そうだね。私が戦った時は援軍は来なかったけど、あれは警固さんが直後に来てたからかもしれないし。いずれにせよ君がすぐ駆けつけてくれてよかったよ」   

 私に不意打ち耐性なんてものはない。狙撃なんかされようものなら普通に殺される自信しかない。

 だから二人で帰る前に、日比谷君の機転で車に乗せてもらえたのは幸運だった。 

 「他人のうちまでお邪魔させてもらって感謝だわ。ん、なんか雨降ってきたね」

 私は桃ちゃんの言葉を聞いて耳を澄ませる。たしかに雨の音に近いものは聞こえているが……これは雨ではない。

 「これは雹だね。季節的には早いかなって感じするけど……攻撃だったりするかなこれ」

 「天気予報で雹が降るなんてやってなかったし、その可能性は高えな。だがまずいぞ、雹って言ったら——」

 日比谷君が言い終わるより先に付近で雷が轟く音が鳴り、一瞬で辺りが暗闇に変わる。

 「雷もセットだよな。三人とも大丈夫か?」

 日比谷君が作ったであろう懐中電灯で辺りが照らされる。日比谷君のお母様含め、幸い全員無事だ。

 「めちゃくちゃやばいねこれ。とりあえず皆テーブルに隠れて!」

 私は糸で皆を引っ張り、テーブルの下に誘導する。敵の能力の操作性がどの程度か分からないが、もしピンポイントで攻撃できるなら家でも安心はできない。

 風切音がそこら中で鳴っている。日比谷君のお父様はまだ帰っていないが、これに巻き込まれていないことを祈ろう。

 雹が地面にぶつかる音が激しくなっていく。大きさも窓越しから見てどんどん大きくなっていくのが分かる。

 日比谷君のお母様は「怖いわねぇ」と呑気に呟いている。この呑気さは日比谷君には全く遺伝していないのだろう。日比谷君は警戒を一切緩めていない。

 「でもこれ、外にいる人に使った方が明らかに有効よね。人選間違ってない?」

 「家から出られなくするだけでも意味はあると思う。まずいね、家ごと押し潰すみたいな攻撃飛んでくるかも」

 窓に雹が当たる音が鳴っている。ガラスが割れるのは時間の問題かもしれない。私の隣では桃ちゃんが身を縮こまらせて震えていた。

 「今思えば、俺の家じゃなくてどっか遠くのホテルにするべきだったかもな」

 「どうだろうね、この敵の能力だと移動中に見つかったら詰みだし結果論じゃないかな」

 むしろ援軍が来やすい分こちらの方が良かったと思う。一番良いのはこうして皆で離れずに集まれている点だ。これなら援軍が一方向だけで済む。

 「まずい、1時の方向から誰かがこっちに向かって来てる! 親父でもない、敵だ!」 日比谷君が大声で私達に警告する。透視で見たのだろう。私が「姿は分かる!?」と聞くと、「黄色いレインコート!」という返答が返ってきた。

 「黄色いレインコート!?」私は思わず聞き返した。その特徴は直近で聞いた覚えしかない!

 「そいつ、私達の高校襲った奴勧誘してた女! 縁辿った時に出てきた!」

 日比谷君がそれを聞いて「なら敵だな、先手を打つ」と言った途端、外から爆発音が聞こえた。私は一瞬何事かとびっくりしたが、彼は表情を崩さなかった。

 「遠隔で玄関に地雷を生成して足を吹っ飛ばした。本当はこういうことしちゃいけないんだろうが、命には代えられんってあまり効いてねえ!?」 玄関から何かが外れるような音がして、雹が入り込むような音が鳴り響く。日比谷君に聞くまでもなく、レインコート女が侵入した証拠だ。

 私達は息を殺して机の中に隠れ続ける。敵の襲撃を考慮して二人は物置きとかに隠れてもらうべきだったかも。いや、家ごと破壊するような攻撃が来たら守れないし、これも結果論か。

 そんな中、糸の伝達機能を使って日比谷君が(出雲、二人連れて逃げろ)なんて言ってくるので、私は(置いてったら死ぬでしょ、逃げるなら皆でだよ)と言い返した。

 続けて(それに逃げることは難しいよ、この雹と雷、暴風の中まともに動けるとは思えない)と付け足す。

 レインコートの女がリビングの扉を開けた瞬間、私と日比谷君は攻撃を仕掛ける。レインコートの女は糸に絡め取られ、テーザー銃の電撃を喰らったはずだった。

 だが手応えがなかった。まるで幽霊が服を着ているかのように、レインコートはあっさりと絞られ縮んだ。テーザー銃も同様に、服に刺さっただけで女が効いている様子はない。

 女が手袋をつけた手をあげた瞬間、私達の体に強い電流が流れ込む。私は意識を飛ばさないようなんとか踏ん張るも、体が麻痺するのは止めようがなかった。

 「地雷といい随分なご挨拶じゃないか。おっとお前もいたのか出雲朱里。手間が省けたな」

 「くっ……ぐぅぅぅ!!」

 電撃が再び私達を襲う。私は度々持っていかれそうになる意識を糸で身体を締め上げなんとか堪えると、女の背後に仕掛けておいた糸から引力を発生させた。

 「ちっ、悪あがきを!」

 予想通り、女は引っ張られて壁に押し付けられる。こいつの能力は分からないが、重力に引っ張られている以上引力は効くと思っていた。

 日比谷君は銃を生成し、女の足を狙って何発も銃弾を撃つ。しかしやはり女がダメージを喰らう様子はなかった。

 「無駄だ無駄。だがてめぇイイ男じゃないか、てめぇだけは生かしてやるよ。他は皆殺しだけどな」

 「そうは……させるか……!」

  日比谷君の辛そうな声に応じるように、一斉に部屋に仕掛けてあった爪が水風船に変化し、私の糸の引力に引き寄せられて女に炸裂する。中は唐辛子のエキスや臭いものがたっぷり入った刺激液だ。これはどうやら女に効果的だったようで女は「キェェェェ!!」と言って悲鳴をあげて暴れる。

 私達は女の起こした暴風と電撃で徹底的に打ちのめされ、完全に動けなくなってしまった。

 女は息を切らしてこちらに近寄ってくる。目は血走っていて、手にはナイフが握られていた。

「よくもやりやがったな! てめぇだけでもぶっ殺してやる!」その声と共に女は私に馬乗りになってナイフを両手で高く振り上げる。私はその瞬間に見えた女の顔を見て、あることに気がついた。

 「姉さん……?」暗がりから見えるその顔は、確かにかつて私を裏切った姉の顔にそっくりだった。

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