第14話 朱里の過去
「そうだな。気になったのは、清水と会った時に戦った男に言っていた台詞だ。あの組織って《アルカディア》のことか?」
「そうだね。今から約三年前、ある政治家の配偶者と娘が《アルカディア》によって拉致され、配偶者が殺害されたってニュースがあったと思うんだけど、覚えてる?」
「んー、六年生の終わり頃にそんな事件があった気がするね。たしかその政治家、《アルカディア》から脅迫が来てたけど要求突っぱねたんじゃなかったっけ」
「ああ、そうだな。当時その政治家の取った行動に対して賛否両論が飛び交ってて、テレビも連日その内容ばっかりやってた。なんて名前の政治家は忘れちまってたが……まさか」
「政治家の名前は出雲康之。私の父親だよ」
「なんてこった……そういやどっかのニュースでその娘は《超常使い》だったって言ってたな」
「そう。それが私。父さんは《超常使い》として生まれた私のことを思って、《超常使い》の差別解消と共に、それの障害となる“アルカディア”への圧力を強めていたの。それで目をつけられたんだろうね」
「あいつら、《超常使い》の権利向上を謳っときながら、結局やりてぇことは自分達だけが良くなりゃいいってだけだからな」
「……最初はただのデモ団体だったのよ。いつのまにかどんどん過激化して、今じゃこんな大規模なテロを起こすぐらい大きく、最低な組織になっちゃったけど」
日比谷君のお母様が私達のお茶を片付けながらそう呟く。たしか昔父さんも似たようなことを言っていた。ただ、父さんは「あれは元々過激派が擬態して勢力を広めただけだ」と言っていたが。
「ちょっと脇道に逸れると、私の両親は今じゃ絶滅危惧種の政略結婚で結婚したらしくてね。没落した政治家一族の父さんが、大地主の出雲家の婿に入ったんだって」
「そうなんだ——ってことはあかりんお嬢様!? 執事とかいるの!?」
「一応家政婦さんはいたかな。んで、問題はここからなんだけど……私には七歳上の兄と三歳上の姉がいるんだけど、一番上の兄さんは政治家として父方の家系に、私は《神憑り》持ちとして母方の家系に肩入れされてたの」
「うーん、お姉ちゃんだけ見事になんもないね」
「そう、問題はそこだったの。父方、母方の家系両方ともあからさまに贔屓と冷遇が罷り通っててさ。私も父方の方だと跡継ぎ以外は働けって感じで酷かったし、兄さんも母方の方だと《神憑り》じゃない子供に用はないって感じでね」
「それをお前の姉貴は両方被ってたと」
「そういうことになるね。両親の立場もあって縁中々切れなくてさ、親戚のことはずっと大っ嫌いだった」
私はありったけの憎しみを込めて伝える。両親のことも兄さん、姉さんのことも好きだったが親族一同だけは本気で嫌いだ。
「両親も《超常使い》の私に気をかけてたりしてたのもあって、姉さんを相手する機会が減ってたんだよね。姉さんを気にしてた兄さんはアメリカへ
留学行っちゃってたし」
「なんでわざわざ家庭の話をしているのか掴めてきたよ。あの事件、長女が共犯だったって言われてたよね」
「よく覚えてるね。私達の飲み物に睡眠薬を混ぜて、家のセキュリティを解除してテロリストを誘導したんだよ。拉致された当時はそんなこと知らずに姉さんの無事を願ってたけどね」
私はついでに「母さんは多分気がついてたけど」と付け加える。私が姉さんの心配をしている時、『結衣……どうして』と姉の名前を呼んでいたからだ。
「擁護から入ったあたり、出雲は姉貴のことが好きなんだろうが……オレなら許せる自信がないな」
「まずさ、
「分からない。だけどそれを知るためにも、いつか必ず見つけ出して聞き出すよ。三年前の事件から行方不明なんだけど、私の能力で生きてるのは間違いないって分かるからさ」
血縁なんてものは縁の代表格。肉親が生きているかどうかはなんとなく知覚できるのだ。
「なるほど、既に死んでる可能性も考えたが、それもないんだな」
「
私は「まあ姉さんのことなんて捕まってた時と比べると些細なことだったよ」と補足を入れつつ、当時のことを話し続けた。
「ここからは特に嫌な話だから短めにね。拉致されて色々拷問されちゃってさ。洗脳する気だったみたいなんだけど、私は精神耐性が強くて中々できなかったみたいなんだよね。その時母さんは色々あって途中で命を落としちゃったんだ。救助が来たのは母さんが亡くなってから一日後でね、そこで助けに来てくれたのが警固さんなんだ。それで——」
私が続きを喋ろうとするのを、日比谷君が「待て、情報量が多いし重い」と止めてきた。桃ちゃんも同意するように激しく頷いている。少し喋りすぎたか。
「その、こんな話して辛くないの? 辛かったら無理しないでね」
桃ちゃんは心配そうな目で私を見つめる。私はそれを聞いて、改めて自分がどう思っているのかを考えてみた。
「実を言うと、分からないんだよね。なんか当時はもう色々ありすぎて悲しいとか思う暇もなくてさ。今も割り切ったとか、受け入れたとかそういう感じじゃないんだよ」
なんて表現すれば良いのか分からない。なんというか、悲しむべき時に悲しむタイミングを失ってしまったのだ。
「心に空洞が空いちまったのか。あまりにも真顔で話すもんだから、少し怖かったぞ」
もう一度考えてみる。だがやはり分からない。悲しいのは間違いないし、話していて「嫌だったなぁ」という感情は確かに湧いてくるのだ。
ただそれらはどこか表面的というか、真に迫った感情ではないのだ。思い返してみれば、私は母さんが亡くなったことで泣いた覚えがない。いや、それどころかあの事件以降、一度も泣いていない気がする。
私が自分の両手を見つめていると、突然後ろから両手が伸びてきて、私の身体を包み込んだ。私は後ろを振り返ると、手の主に「な、何をしてるの?」と尋ねた。
「自分でもよく分かんない。でも、なんかあかりんの姿見てると凄く悲しそうでさ。見てられなくなっちゃったんだよね」
気づけば私は桃ちゃんに手を引かれ、ソファに座っていた。私はされるがままにちょこんと座り、桃ちゃんの様子を窺った。
「ごめん。うちはあかりんのことまだなんも知らんし、あかりんが楽になってくれる方法が他に思いつかない」
私は抱き締めてくる桃ちゃんの体温を感じながら、しばらく放心していた。何が何だか分からないまま、私は日比谷君に毛布をかけられ、桃ちゃんから飲みかけの紅茶を飲まされる。そして何がなんだか分からないうちに、私は泣き出してしまった。
私はそっと差し出された日比谷君のハンカチを手に取って涙を拭う。
事件直後、私は腫れ物扱いだった。どう声をかけてあげれば良いか分からない、といったところだろうか。『可哀想だね』とか、『辛かったよね』とは言われたが、あまり心には響かなかった。私はどちらかといえば、同情するなら金をくれ派の人間だった。
だから今何故泣いているのか、自分でも全く理解ができていなかった。ただ長年凍っていた氷が溶けたような、そういう感覚なのは理解できた。日比谷君は体を背けて私が泣いているところを見ないようにしてくれ、桃ちゃんはひたすら私を抱きしめる。
私はただ訳もわからず泣き続けた。今まで私に優しくしてくれた人達だって今の二人と同じように、心の底から私の為を思って接してくれた人達だった。時折心無い言葉を吐く人にも会ったけれども、それでもやって来れたのはそういう人達のおかげだと思う。
だから多分、この二人が人格的に特別だったとか、そういうものではない。
「もうやめろ! 自分がどんな顔して喋ってるのか気づいてねえのか!?」
日比谷君は鬼気迫る表情で自らの力で生成した手鏡を私に渡してくる。私は「どんな顔って……真顔じゃないの?」と言いながら鏡を覗き込んだ。この話をしている時、親族の部分以外は大して何も思わずに話したつもりだ。
しかし私は涙を流していて、表情もぐしゃぐしゃに崩れていた。私は自己認識と現実の差異に思わず「な、なんで?」と呟いた。
ふと気がつくと、桃ちゃんは私を抱きしめていた。私は困惑しながらも、振り解かずに彼女の顔を見つめていた。
「えっと大丈夫だよ、私はもう受け入れてるからさ。それで助けてもらった後も兄さん父さんのこと殴るし——」
「出雲!!」
日比谷君が勢いよく椅子から立ち上がり怒鳴るので、私は思わず体を震わせた。日比谷君は一言「すまん」と言った後、再び椅子に座り直した。
私は混乱しつつも、笑顔で「桃ちゃん、放して?」と言って桃ちゃんの腕をゆっくりと解こうとする。
しかし桃ちゃんは首を横に振って放そうとせず、「受け入れてる子はそんな堰を切ったように話しません!」と言い放った。
「まだ数週間しか過ごしてないけどよ。出雲はメンタル凄い強いんだろうなって常々思うよ。だから逆に自分の中で受け入れたつもりになっちまったんじゃないか?」
「確かに、無理やり飲み込もうとしてた感じはしてたね」
私は当時のことを思い返す。あの時は自分の心をなんとか保たせるのに必死で、次々に襲いかかる不幸に無心で耐えるしかなかったのだ。
「ありがとう二人とも、おかげさまでスッキリしたよ。私ちょっと疲れたからソファで休むね」
私はそう言ってソファに座って一息をつく。スマホを見てみると、テロの影響かネットはとてつもなく重くなっていた。
「足りないもの、か。もしかしてトラウマと関係があるのかな」
私は汐崎さんの言っていたことを思い出し、足りないものは何かを考えてみる。
しかし明確な答えは出ず、私は段々と意識を手放していった。
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