第13話 逃走
日比谷君はスマホの画面を私に見せてくる。そこには『《超常官》が狙われている。尋常じゃないほど危険な状況なのでなるべく二人で固まって動き、最大限警戒するように。後で呼べそうなら護衛も呼ぶ』という内容のメールがあった。
「本当だ、メール来てるね」
「ということで出雲、お袋に迎えに来てもらってるからマンションまで送ってもらえ。そこの子は巻き込まれないよう離れとけ」
「分かったよ。ごめん桃ちゃん、一人で帰ってもらえるかな」
「ちょっ、うちは何も分かってないんだけど!?」
混乱している桃ちゃんをよそに、私達は緊迫した様子で歩き出す。桃ちゃんは「ま、待ってよ!」と言って私の後ろについてきていた。
校門に着くと、日比谷君のお母様が日本産の車に乗って私達を待っていた。
「朱里ちゃんこんにちは、守から話は聞いてるわ。さあ乗って」
「ありがとうございます!」
「あら、その子はどなた? 朱里ちゃんのお友達?」
「え、えぇ。そうですけど」
「だったら貴方もいらっしゃい、最寄り駅まで送っていってあげる」
「ちょっお母さんそれはまずいって! 俺達命狙われてるんだよ!? 巻き込んじまう!」
日比谷君のお母様が桃ちゃんに手招きするのを、日比谷君は必死の形相で止める。桃ちゃんはというと理解が完全に追いついていないようで、微笑を浮かべてその場に立ち尽くしていた。
「でも、朱里ちゃんの友達なら人質にとかされちゃったりしない? お母さん昔あの組織がそういう犯罪をしてたのうっすらと覚えてるわよ」
「……桃ちゃん、やっぱ一緒に来て!」
「どっちなのもう!」
私はかつてのトラウマを思い出し、手のひらを返して桃ちゃんの手を取って車の中に引き入れる。桃ちゃんは両手を振り上げて怒った様子を見せた後、「大体、今一体どういう状況なの!?」と私に尋ねてきた。
「えっとね、私実は研修中の《超常官》なんだけど、今命を狙われてるらしいんだよね。それでそこの日比谷君っていう同じく研修中の《超常官》の子と一緒に車で帰ろうって話になってるの」
「あかりんが《超常官》!? いや納得は行くけど……ごめん脳の処理追いつかない!」
「さっきまでテロに巻き込まれてたんだよな、その子。悪いことをしたわ」
「ねえ、朱里ちゃん。あなたがよかったらなんだけど……今日だけでもうちに来てみない? 一人はとっても危ないと思うのよ」
「えっいいんですか? お言葉はありがたいですが、迷惑になりません?」
一人より日比谷君がいた方が戦力的には安泰だ。私もみすみす殺されるわけにはいかないし、願ってもない提案ではある。
「大丈夫よ、もしよかったらそっちの子もどう?」
「お母さん、その子オレ達と接点ないから! 赤の他人の家なんて怖いに決まってるだろ!」
またしてもお母様の提案に対し、日比谷君が痛烈なツッコミで断る。これに関しては完全に彼が正しかった。
「でも、この子も狙われるかもしれないのよ。今警察も“超常官”もテロの対処で大忙しよ、自分で身を守れる力があるならいいけど、ないなら危険だわ」
「え、えーっと、うちも一応“超常使いだけど自分の身は全く守れないよ。さっきだってあかりんに助けてもらっちゃったし」
「ならうちに来て朱里ちゃんに身を守ってもらいなさい。親御さんに許可は取れそう?」
この前会った時も感じたけどこの人すごいぐいぐい来るな。混乱も相まって桃ちゃん押されちゃってる。
「た、多分! でも本当に良いのおばちゃん、うち他人だよ!?」
「状況が状況だからねえ。あ、この愚息のことは気にしないで、もし何かしでかしたら例え息子でも始末するから」
息子でも始末するって台詞、殺し屋漫画以外で聞く機会が来るとは思わなかった。なんかあまりにあっさりと言うもんだから、本当にノータイムで殺しちゃいそうな怖さがある。
「ちょっと待った! 出雲とその子が二人でマンション行けば解決しないか!?」
「貞操観念を考慮すればそれが一番だね。ただ戦力分散するから余裕で私達の生存率下がるよ」
「待て、そもそも人質にされる確率よりオレ達と一緒にいて危害が及ぶ確率の方が高いんじゃないか? その子だってきっと今日知り合った仲だろ!?」
彼がここまで反論する理由は非常によく分かる。赤の他人、ましてや異性を泊めるのは中々心理的な負担が大きそうなものだ。
「そうだよ。ただ桃ちゃんは“超常使い”だ。あの組織、“超常使い”攫いまくってるから人質ついでに攫われる可能性はだいぶ高いよ」
なんなら私が昔攫われた理由がまさにそれである。そして捕まった“超常使い”は原始的なものから“超常”を利用したものまで、あの手この手で洗脳され駒にされるのがオチだ。
「くっ……な、なぁお前、なんとか言ってやってくれ!」
万策尽きたのか、日比谷君は桃ちゃんに助けを求めるような目で訴えかけた。
「泊まるわ。つーか泊まらせて。あかりんの話信憑性高すぎるんだわ、実体験の匂いしかしないもん」
「マジか……まあお前らが良いならもう反論はしないけどよ」
日比谷君は項垂れて押し黙った。なんか悪いことをした気分だ。実際ご厄介になるのだから悪いことはしているのだが。
日比谷君の家は二階建ての一軒家で、いわゆる中流層の一般的な家という印象だった。玄関の庭にはよく手入れされた、マリーゴールドやルピナス、アネモネなどが咲いていた。
私達はリビングに案内され、椅子に座らされる。日比谷君のお母様から「お茶、緑茶と麦茶と紅茶、どれが良い?」と聞かれ、私は麦茶を希望し、桃ちゃんは紅茶を希望し、日比谷君は麦茶を希望して「あんたは自分でやりなさい」と言われていた。ちょっとかわいそう。
「これでもよかったら食べてくれ」
日比谷君は個包装のどら焼きを始めとした和菓子を持ってくる。私はせっかくなので様々な名称で呼ばれる戦争の元になる物を頂くことにした。参考までに、包装紙には今川焼きと書かれていたが私は大判焼き派だ。
「悪いな、お袋世話焼きなんだ。俺はさっさと退くから何かあったら呼んでくれ」
「待ってうちを置いていかないで! こっちはまだ状況全然理解できてないから!」
「つってもこれ以上説明すること……自己紹介でもするか、オレは日比谷守。出雲の同期で、研修中の《超常官》。その中でもオレ達はいわゆる
「噂には聞いてたけど、本当にいるんだね。
「オレが持ってるのは物体複製と——」
日比谷君は続きを言うか相当悩んだ様子を見せた後、観念したかのように「透視だ」と顔を伏せながら言った。
「ヒッ透視!?」
桃ちゃんは咄嗟に腕を十字に組み、音を立てて椅子から立ち上がり一歩後ろに下がる。
「……黙ってて本当に悪かった。言うタイミングを逃しちまってたんだ。二階行って窓見てるから安心してくれ、透視能力者でも真後ろは見えない」
日比谷君は一瞬心に棘が刺さったような目をすると、立ち上がってリビングから出ていこうとする。
「ご、ごめん! つい怖くなっちゃって」
桃ちゃんは我に返り、日比谷君の肩を掴んで止める。日比谷君は大人しく止まるも、振り返りはしなかった。
「謝んな、当然の反応だ。《超常使い》なんて大なり小なり恐れられるもんだしな」
「……うちの力は、本当にちょっと物を浮かすだけなの。脅威にならないから迫害とかも特になかったし、むしろ見せびらかしてた。だから拒絶される人の気持ち、考えられてなかったよ。ほんっとごめん!」
桃ちゃんは日比谷君の正面に行くと、手を合わせて頭を下げる。日比谷君は気まずそうに「顔あげてくれ」と言った。
「謝らんでいいってば。逆に怯えない奴の方が怖いわ。謝らせる方が申し訳ないから、受け入れてくれるなら普通に接してくれると嬉しい」
私はしばらくその様子を眺めていたが、「とりあえず二人とも席座ろ?」と言って二人を席に座らせた。
直後、日比谷君のお母様が私達のお茶を持ってきてくれて、私達はそれを飲んでひとまず落ち着いた。
「ふぅ。あかりんもごめん。《超常使い》ってこと、初対面で聞くもんじゃなかったね。余計な嘘つかせちゃった」
「気にしないで、私は息を吐くように嘘をつくから。隠してることもいっぱいあるし」
私が笑いながらそう言うと、「そういやあまり出雲の身の上話は聞いてないな」と言ってきた。
「そうだね。せっかくだし質問してくれたら答えるよ」
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