11話 お買い上げありがとうございます

「こ、公爵様⁉」

「……あれ、ご主人様。何でこんな所に?」

「ほんと何ででしょうね⁉ 迷ってた私が一番知りたいです! ていうかこの部屋……」


 ぐるりと部屋を見渡す。明らかに客間や取調室ではない。

 その部屋には所狭しと箱が置かれていた。中身は、壊れた銃や折れた剣、不要になった紙屑などが入っている。カーテンも閉め切られていて全体的にかび臭い。

 まるで、いらないものを押し込めたような部屋だった。


「……何でこんな部屋にいるんですか」

「両親から近衛兵に指示があったらしい。暗い部屋に数時間待機させておくようにって。だから個人ごとの聴取に変更になったんだろうね」

「なったんだろうねって、そんな他人事みたいに……」


 もはや物置となっているこの部屋には椅子なんて気の利いた物は無い。公爵は床に座ったまま虚ろな瞳で私を見上げていた。


「実際、他人事みたいなものなんだ。慣れてるから」


 普段の公爵とは違う、子供のような口調で彼は続ける。


「上手く出来ないと、頬をぶたれて地下の物置に入れられるんだよ。ここよりも暗くて狭くて寒いんだ。でもね――」


 彼の口角が引きつったように上がった。


「――これは愛してる証拠なんだって。期待してるからこそ、厳しく導いてあげないといけないんだって」


 その言葉を聞いて、この人が言っていた「綺麗に花を咲かせるコツ」を思い出す。この人はふざけていなかった、好きという表現が根っこから食い違っていただけなのだ。

 そっか、こんなところから歪んでたのか。


「僕は五年前も上手く出来なかった。手が震えてね、剣がまともに持てないの。人を斬る感触が、溢れ出る血が、怖くてたまらない」

「……うん」

「でも僕は父さんの――アウグスト・ソリタリウスの息子だから、剣を持つことが、人を斬ることが、得意じゃなきゃいけないんだよ」

「……うん」

「ちゃんと出来る子でいないと駄目なんだ。今回も、僕は上手く出来なくてここにいる」

「……うん」

「だから、そんな辛そうな顔しないでよ」


 私は今どんな顔をしてるのだろうか。よく分からないが、一つ確かなことは、歯を食いしばらないと涙がこぼれそうということだけだ。

 そんな私を見た公爵は、何かに気付いたように右頬を差し出した。


「ご主人様、はい、ぶっていいよ」

「は?」

「ぶてば少しはすっきりするかも。……僕、ご主人様のこと大好きだから何されたって平気だよ」

「……分かりました」


 公爵と目線を合わせるためにしゃがむ。そして彼の頭を抱え込むように、思い切り抱きしめた。


「……ご、ご主人様」

「ん」

「い、痛くないよ……?」

「うん、私の好きは痛くないんですよ」

「でも愛は痛いものでしょ?」

「そういう人も確かにいますけど、私は違うんです。大事にしたい人は抱きしめたい派なんですよ」

「……ご主人様の言うことは難しいよ」

「そうですか? じゃぁどっちがいいかで決めましょう」

「どっちがいいか?」

「そう。暗くて寒くて痛い愛してると、多分あったかくて痛くない大事。どっちがいいですか?」

「……選んだ方をくれるの?」

「商人は信頼が第一です。お客様を前に嘘は言いません」

「……なら、こっちがいい」

「どっち?」

「……あったかくて痛くない方が欲しい」


 彼の顔を見るために、一度抱擁を解く。

 目の前には、少ないお小遣いを握りしめて、ずっと欲しかったものを買おうとする少年がいた。他の商品なんて眼中にない、これが欲しいのだという強い意思。

 まずい、この顔は癖になる……!

 

「お買い上げ、ありがとうございまーすッ‼ 返品不可です‼」

「あいでッ!」


 公爵の体に飛びつく。しかし全く準備が出来ていなかったようで、そのまま後ろに倒れてしまった。ごちんという鈍い音と共に公爵が頭を押さえる。相当痛かったようで涙目になっていた。


「す、すいません! 調子乗りました!」

「大丈夫……ふふ、あはは! ……どうしよ、僕、きみから買ったこの痛みは大好きかも」


 私にとって初めてのお客様は、そう言って不格好に笑った。



◇◇◇◇◇



「そういえば、何で私がご主人様だったんですか?」


 公爵の取調べもスムーズに終わり、ソリタリウス領へ帰る馬車の中で私は尋ねた。実はずっと不思議だったのだ。別に私でなくてもご主人様はたくさんいるだろうに、と。

 さぁどんな回答が来るのか、少しわくわくする。


「んー、ただこの人に覚えていて欲しいなって思ったんだよね」

「覚えていて欲しい?」

「そう。他人の悪口を考えてるだけの貴族出身より、社交界に来ても慣れないヒールやきついコルセットに精一杯で、でも食事だけはしっかり食べる、そんなきみにアルレッキーノという人がいたって覚えていてもらいたかったんだ」


 補足してもらってもいまいち理解出来ない。ただ――


「――公爵みたいなキャラ濃い人、早々忘れられませんよ?」

「あはは! それは僥倖! そのまま一生覚えていてくれたら嬉しいよ」

「はぁ……え、どういう意味です? そのままで受け取っていいんですかその言葉」

「うん、そのまま受け取って欲しいな。まぁ裏に何かあるのかって言われたら無いわけじゃないけど――」


 私の顔を見て公爵が笑う。深海の瞳は今でも濁っているが、もう息苦しさは感じない。


「――つまり、僕は引く程重いってこと。どこに行ったってちゃんと僕を繋いでおいてね、ご主人様」

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公爵は椅子になりたがる 福島んのじ @torinomadmax

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