10話 呪いが終わったそのあとで

 無事、ベンスルダトゥの呪いは解決した。

 犯人である男の名はサラザール。五年前は神父としてソリタリウス領で暮らしていた。しかし裏で人身売買を行っていたことがアルレッキーノ公爵にばれ、衛兵に突き出される前に逃げ出したらしい。

 今回は無事捕まったが、公爵に刺された太腿の傷が深く、現在獄中で治療中とのことである。ただ、怪我が治ったとしてもこの国では人身売買などの非人道的な商売は法律で禁止されているため、終身刑になる未来は変えられないだろう。



◇◇◇◇◇



 あの夜から早数日、公爵と私は王城を訪ねていた。

 呪いは解決したが事情聴取を行いたいという近衛兵からの手紙が届いたためである。


「この度はご足労いただきありがとうございます。アルレッキーノ公爵、シュンエイ嬢。それでは取調室にご案内いたします」


 きっちりと赤い制服を着こなした若い近衛兵が頭を下げる。取調室なんて私たちが罪人のようじゃないかとも思ったが黙っておくことにした。

 歩く度にかつかつと鳴る床は大理石で造られており、廊下の広さだけでブリゲッラ屋敷の部屋程ありそうだ。どれだけ高い値段で造られたんだろうか。そう公爵に尋ねようとして思いとどまる。何かあったわけではない、むしろ何もなさすぎて怖い。普通あんなことがあればどこかで綻びが出るだろう。しかし、公爵は変わらないのだ。完璧な笑みを貼り付けたまま何もなかったように通常業務をこなしている。まるで人形のようだった。


「え? 急な予定変更? 分かった」


 前を歩いている近衛兵に、途中で合流した執事が耳打ちをする。何かあったのだろうか。

 どうやらその予感は的中したらしく、近衛兵は私たちに再度頭を下げた。


「大変申し訳ございません。お二人共一緒に聴取する予定だったのですが、急な変更があり個人で受けていただくことになりました。公爵は引き続き私が案内いたしますが、シュンエイ嬢の案内はこちらの者に引き継がせていただきます」

「シュンエイ様、どうぞよろしくお願いいたします」

「あ、はい! こちらこそよろしくお願いします」


 私と公爵が向かう先は全く別なようで、近衛兵と公爵は来た道を引き返す。


「それじゃあご主人様、またあとで」

「はい、また」


 小さく手を振る公爵に、思わず私も振り返す。


「ではシュンエイ様、参りましょうか」

「はい」


 何だろう、何か落ち着かない。歩き始めた足を止め、一度だけ振り返る。見えるのは近衛兵と公爵の後ろ姿だ。何もおかしなところはないはずなのに、強く握りしめられた彼の手が脳裏に焼きついた。



◇◇◇◇◇



「――なるほど。ではサラザールは吹き矢を使用し気絶させた後、被害者の臓器を取り出し、それを売り捌いていたということですか。……服だけを残したのもベンスルダトゥの呪いに見せかけるためでしょうね、本当に姑息な奴だ」


 取調べなんていうのは名前だけで、近衛兵が知っている事実と相違ないかを確認するだけの時間だった。目の前に座る壮年の近衛兵も、疑っている目つきというよりかは労わってくれている感じがする。


「お時間取らせてしまい申し訳ありません。これでこちらからの質問は以上になりますが、シュンエイ嬢から何かありますでしょうか」

「……え⁉ 私ですか⁉ 何だろ、何かあるかな」

「ハッハッハ! 無ければないで大丈夫ですよ、ひねり出すものでもないですし」

「そ、そうですよね。あはは……あ、すいません、やっぱり一ついいですか?」


 どうぞ、と先を促すジェスチャーを確認し、私は質問を口にした。


「五年前のサラザールは、アルレッキーノ公爵と仲良かったんでしょうか」

「……そうですね、私の目にはそう見えましたよ」


 まるで見てきたような口ぶりだ。もしかしたらソリタリウス領出身の方なのかもしれない。


「領主になり立ての公爵は毎日領内を見て回っててね。その度当時神父だったサラザールに、肩の力を抜けと笑われていました。ただ、いつからかサラザールに良くない噂が立ち始めたんです」

「良くない噂?」

「はい、薬を使用しているという噂です。その薬は使い続けると脳が小さくなり、記憶量が減ると言われていた薬物でした。いくらサラザールを信じているからと言って、そんな噂があったら公爵は役職上調査するしかありません。しかし実際蓋を開けてみたら、薬なんて物よりもっとひどいものが待ってたんです」

「……人身売買、ですね」

「ええ、その通りです。サラザールが拠点にしていた教会の地下に、二人の兄妹だけがいました。その子たちの証言によると、自分たち以外の子はみんな売られていったそうです。その兄妹の妹の方は当時八歳で、確か公爵の屋敷に引き取られたと聞きましたよ」


 あぁ、やっぱりそうか。脳内に灰色の髪をしたクマの目立つ可愛いメイドさんが思い浮かぶ。じくじくと胸の辺りが痛んで、今すぐあの子を抱きしめたくなった。



◇◇◇◇◇



「……まっずい、完璧迷った」


 公爵と別れた場所まで戻ろうと思っていたのに、使用人すらいない階に来てしまった。取調べが終わった時に道を聞けばよかったと後悔した。

 換気がされていない独特の臭いが鼻をつく。……あまり使われていない階なのだろうか。


「ん?」


 一つの部屋の扉を通り過ぎた時、息遣いのような音が聞こえた。数歩戻って耳を澄ます。やはり聞こえる。

 もしかしたら私と同じ、迷った人かもしれない!

 一縷の望みにかけて、部屋の扉に手をかける。勢い良く引くが、経年劣化のせいか開けにくい。三十秒程格闘した末、バゴッというあまり良くない音が鳴ってしまったがまぁいいだろう。見ている人がいるわけじゃないからバレないバレない。しかしこれ以上の器物損壊は勘弁なので優しく扉を開く。

 すると――


「……え? こ、公爵様?」


 ――そこには、生気を感じない顔色をした公爵がいた。

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