第14話 変化



病室を追い出され、俺はイブ先生に診察してもらうことにした。






レントゲン技師が鼻骨の画像を撮ってくれ、診察室ではイブ先生がそのレントゲン写真をじっと見つめている。




俺は治療を待ちながら、不安な気持ちで先生の様子を見守っていた。






「ふーん。あっ、頬骨高いね。」




「え?鼻は?」




「そうだった」






本当に大丈夫だろうか、この人。




診察の目的を一瞬見失ったイブ先生に不安を感じながらも、待つことにした。








「レントゲン撮らなくてもわかるけど、骨折してるね。まぁ、骨のずれもあんまりないし、ギプスをつけて安静にしていれば、全治2週間ってとこかな。」






そう言って、先生は奥から透明なシートを取り出し、濡れた状態で俺の鼻に当てがった。






「固まるまでちょっと待ってて。」






イブ先生は俺の鼻をギュッとつまむ。






そのまま、無言で俺の顔をじっと見つめてきた。




正直に言って、俺はイブ先生のことが少し好きだ。




妹のカルタが病気だった時に助けてもらってから、彼女との付き合いは長い。




いつもはふざけているが、いざというときには全力を尽くす姿に惹かれた。






そんな先生との距離感に、俺はドキドキして息が詰まる。






「なんだ? 顔が赤いぞ?」




イブ先生が揶揄うように言う。






「#@!!$*?!&!!」




俺は言葉にならない声を口の中で叫んだ。






「あ、ごめん。鼻ごと口もつまんでた。」






はぁはぁ…本当に息が詰まって死にそうだった。何だこの人は。








「よし、鼻はもう大丈夫だ。次は手を見せてくれ。」






彼女に右手を差し出すと、先生の柔らかな手が触れる。




妙な気持ちになってしまう自分に、少し戸惑った。






「傷は小さいけど、手はよく動かす部位だから縫っておくか。」




彼女はすぐに麻酔を打ち、慣れた手つきで数針縫合していった。








「治療は終わり。で、これからどうするんだ?」




「いやー、カルタに追い出されたから、カプセルホテルでも泊まろうかなって。」




「そうじゃない。」




イブ先生が重々しく言った。






「色々あったみたいだし、精神的には大丈夫か?仕事を続けられるのか聞いているんだ。」




彼女の優しさに、俺は正直に答えた。






「正直、犯罪に関わったことに不安は無いんです。むしろ、あの場を乗り越えたことに自信があるくらいです。アレルギーとも無縁ですし、変わらず仕事を続けたいと思っています。」






「そうか…ならよかった。まぁ、犯罪はよくないけど、巻き込まれたんだから仕方ないな。もう行っていいぞ。」






「治療費は払います。」




俺がリュックから札束を取り出そうとすると、先生は目を丸くして言った。






「お前…犯罪に味しめたんじゃないだろうな。」










診察室を出ると、ヴァリャが椅子に座って待っていた。






「何してるんだ?」




「次の診察は私なので待ってます。」






まだすべての診察が終わっていなかったらしい。




俺は彼女の隣に深く腰を下ろし、軽くため息をついた。






「カルタと仲良くしてやってくれ。短い間かもしれないけど。」




「もちろんです。ところで…カルタちゃんもキネシスだったんですね。」




ヴァリャの突然の言葉に、俺は驚いて聞き返した。






「どうしてそれを知ってるんだ?」




「お兄さんが教えてくれたじゃないですか?」




「え?俺、そんなこと言ったか?」




記憶にないが、そうはっきり言われたなら、そうなのだろう。




すっかり失念していた。






「カルタちゃんからも色々話を聞きました。お兄さん、お仕事されているんですよね?」




「まぁな、給料の良い仕事を選んで受けている何でも屋って感じだ。」




「うちのファミリーに来ませんか?」






ヴァリャは突然、スカウトしてきた。






「うちならお給料も出ますし、今より安定するかと。」




「なぜそんなこと言ってくれるんだ?」






あまりにも唐突で、俺は純粋に疑問に思った。






「お二人が…可哀そうだったからです。いえ、今の発言は失礼ですね。撤回させてください。」




「いや、事実だ。カルタは確かにひどいことを強いられている。」




「スカウトの話は撤回しません。善良な人間には戻れませんが、生活は保障します。考えてみてください。」




「善良じゃないよ…。でも、考えておく。ありがとう。」






そう言って俺は病院を後にした。










一週間後










カルタと別居して一週間。




俺は今日も病院に様子を見に来た。






受付の方で、誰かが騒いでいる。




「だから、そんな患者はいません!あんまりしつこいと警察呼びますよ!」




受付嬢が強めの口調で応対している。






相手は…ミハイルだ。






「あっ」「あっ」






男同士の目が合う。




ミハイルは軽く咳払いをして、気まずそうにしていた。






「貴様、ようやく見つけたな。話がある。ヴァレンティーナを連れて来い。」




「はいはい。」






数日ぶりに娘に会いに来たのか、約束を果たしたらしい。




俺は病室に向かい、カルタと別れを言わせてから、ヴァリャを連れてきた。






「おぉ! 我が愛しい娘よ! 無事で本当によかった…」




ミハイルは半泣きで娘を抱きしめた。




ヴァリャは少し苦笑しながらも、父の感情を受け止めていた。








「それで、話があるんだろ?」




ようやく再会の喜びから解放されたところで、俺は話を促した。








「ああ、表に部下が車を止めている。場所を変えて話そう。」




ミハイルの言葉に従い、俺たちは黒い高級車に乗り込んだ。








「どこに向かうんだ?」




「我々のホームだ。」






車はしばらく走り、広い塀に囲まれた大きな屋敷に着いた。




門をくぐると、敷地内には多くのファミリーが見える。まさにマフィアの拠点だ。






「ここだ。」






ミハイルとヴァリャが歩き出し、俺も続いた。




ガレージの前で焦げ臭い匂いが漂ってくる。




黒い塊が異臭を放ち、皆が立ち止まった。




塊は熱を有し、近くに立つと熱波が襲った。






「これ、何だと思う?」






ミハイルが聞く。






「石炭か?」




「違う。」






ミハイルはすぐに否定した。






「これは、ヴァレンティーナに仮死薬をもった者の跡だ。」




「え!? これ…焼死体か?」




「いや、人間じゃない。機械だ。」




「機械?」




ミハイルは淡々と語り出す。






「実際に目撃する人間は少なく、存在が最初に知られてから数十年だったから知らないのも無理ないだろう。…こいつらは人間と見分けのつかない姿を有して人間社会に紛れ込む。…今、社会に横行している銃弾では人を殺せないのは知っているだろう?」




「あの銀色かつ液体で、金属を腐食する弾だろ?」




「そうだ。人を殺せない弾。だが、こいつら"機械”は殺せる。今の銃社会は昔のこいつら機械の人にとっての脅威性を示しているんだ。」




「何故脅威だったんだ?」




「機械は、人間のように模範的な社会生活を送るものもいれば、強盗や殺人といった蛮行に走る者もいる。特に後者は機械特有の人間離れした力で人間を凌駕してみせ、恐れられたんだ。こいつはうちのファミリーに人間のふりをして紛れ込んだ。」




「はぁ…」




俺が聞いたこともない話に戸惑っているとミハイルが言う。






「今の話は前置きに過ぎない。屋敷に入ろう。こっちだ。」






俺はミハイルの話に驚きつつ、書斎に案内されると数百万の現金が置かれた。






「これは?」




「ダカライの分の保釈金の半額だ。」




「ダカライは釈放されたんじゃないのか?」




ミハイルはゆっくりと告げた。






「ダカライは死亡した。いや、正確には破壊された。」








俺は前置きの話を踏まえ、理解した。




ダカライは人間に紛れ込んだ機械だったのだ。

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君之青果 ( きみのせいか ) あんりけ @anrike

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