第17話

荷物を馬車に運び終わった頃、アランから「連れて行きたい使用人がいるなら、エリザベスの専属としてうちで雇う」と言われたので迷わずシュナの名前を出した。見送りに来てくれていたシュナは急な転職の誘いに、ほんの少しだけ戸惑っていたものの「お嬢様に付いていきます!」と元気良く答え、すぐに荷物をまとめに行った。


その様子を見ていた他の使用人も「是非自分も」と図々しくも立候補してきたがエリザベスがキッパリと断った。


「仕えている家の人間に対し見下すような態度を取り、私の身の回りに関する仕事を全てシュナに押し付ける人達を雇えば公爵家の品位を損ねますから」


「そ、それは旦那様が」


「そうね、お父様の意向には逆らえないわよね。だから意を汲んで聞こえるように私を貶め、部屋にゴミをばら撒き食事に虫を混ぜたりしたのよね?主人思いの素晴らしい使用人だと思うわ」


淡々と使用人にされた仕打ちを明かすと閣下とアラン、公爵家の使用人は全員軽蔑の眼差しを伯爵家の使用人に向け、彼らの顔色が一気に悪くなる。そしてあろうことかエリザベセスを睨んだのである。主人の娘にこのような無礼な態度は許されない。公爵子息と婚約したからと言い気になっている、という心の裡が透けて見えていた。エリザベスを今でも見下している証拠だ。


「いやいやこれは、他の家にコルネリア伯爵家で働いていた使用人を雇うのは控えた方が良いと通達した方が良いね」


閣下の宣告に使用人達全員の顔が絶望に染まっていく。伯爵家に見切りを付けても、別の屋敷で雇ってもらえる可能性が限りなく低くなったのだ。エリザベスは彼らの姿を見ても何も感じない。そうこうしているうちにシュナが戻って来たので、エリザベスは18年過ごした邸に別れを告げ、馬車に乗り込んだ。乗り込むと邸の奥から喚き散らす義母が出てきたが、騎士に抑えられているのでこちらに近寄れない。母に似た自分を嫌っていた義母はいなくなって喜ぶと思っていたのに「出て行くなんて許さない!」と叫んでいる。何故なのか分からない。


「エリザベスの立場が自分より上になるのが気に食わないんだろ。ああいう人間はプライドだけは高いからな」


 そういうことか、とエリザベスはアランの意見に納得した。エリザベスとアランは閣下の計らいで2人きりで馬車に乗ってる。アランはエリザベスの肩が触れそうな距離に座り、どうにも落ち着かない。名前を呼んで照れていた過去は何処に行ったのか、と困惑してしまう。緊張を誤魔化すためにアランに声をかけた。


「あの、ありがとうございました。アラン様」


「気にしなくて良い、君の盾になると言ったのは俺だからな。それより疲れていないか?眠いなら寝ても良いぞ」


気遣いは嬉しいが、緊張しているせいか眠くはない。身体はかなり疲れているみたいなので、何かの拍子に眠ってしまう可能性はあるけれど。ゆっくりと公爵邸に向かう道すがら、エリザベスの表情が硬いことにアランが気づいた。


「…もしかして緊張してる?」


「…はい、私公爵家の皆様とうまくやっていけるでしょうか。実家ではうまくやれなかったのに」


「君の家族や使用人達が特殊だから比較対象にしない方が良い。それに、そんなに心配しなくても大丈夫だ。父はあんな感じだし、母も娘が出来ると張り切っている。使用人達も俺に婚約者が出来たことに泣いて喜んでいたから万が一にもエリザベスを傷つける者は居ない。もし居たら俺がしっかり処分しておくから安心してくれ」


「ありが…え、処分?」


 物騒な言葉が聞こえ思わず聞き返すとアランはさも当然、という風に答えた。


「?好きな相手を害する奴を処分するのは当たり前だろ?君の憂いは全て取り除くよ」


 自信満々に言われるとどう反応すれば良いか分からない。アランの新たな一面を垣間見た気がする。


「…仮に居たとしても、乱暴な真似はしないでくださいね…?」


「大丈夫、命は取らないから。命は」


普段と変わらぬ調子で、命を殊更強調するのが却って恐怖心を煽る。命を奪う以外のことはやると言っているに等しい。アランが少々過激な性格に変わってしまったのはエリザベスへの感情故だ。


(アラン様が道を踏み外さないよう、ちゃんと見ていないと)


エリザベスは決意を新たにした。さっき父と兄に、自分を大事にしてくれる人と家族になると宣言したことを思い出す。大事にしてくれる人とは当然アランのこと。エリザベスはまだ、と言っても告白されてから数日しか経っていないがアランに対する気持ちに名前を付けられない。しかし。


(…多分、そんなに時間がかからないうちに)


エリザベスはアランのことを「好き」になるという予感がしていた。これほどまでに自分を想ってくれるアランに、早く同じだけの気持ちを返したいと願っている。


これから新しい生活が始まる。不安も大きいが、それ以上に楽しみでもあった。冷え切った結婚生活になるか、全部捨てて1人で生きていくか、それともボロボロになるまで虐げられるか。エリザベスの未来はどれかだと思っていたのに。今の状況は全く思い描いていなかったものだ。この先どうなるかエリザベスには想像も付かない。ただ一つ分かることは。


(私は絶対、幸せになる)


 不幸を望んだ家族への当て付けではない。エリザベスがアランと、そうなりたいと強く望んでいるからだ。アランに幸せにしてもらうのではなく、エリザベスも彼を幸せにするという気持ちを決して忘れない。アランがエリザベスを好きになってくれたことを、後悔させないように。


 心の中に抱えていた不安が解消されたエリザベスは安心したせいか急に眠くなり、アランの肩にもたれかかって寝てしまう。公爵邸に着いて起こされたエリザベスは大層慌てふためき謝るも、「寧ろ至福の時間だった」と断言するアランにエリザベスが赤面したり。


案内されたエリザベスの部屋が自分の好きなものばかりで埋め尽くされていたことに対し「ジョージ(執事)からエリザベスの好きなものを聞いておいたんだ、リラックスして過ごして欲しいからな」と教えられ喜ぶエリザベスの後ろでシュナと公爵家の使用人が少し引いていたことに、2人は気づかなかった。

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家族には愛されませんでしたが、ちゃんと愛してくれる人がいるので幸せです。 有栖悠姫 @alice-alice

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