第16話


エリザベスのために公爵家から連れてきてくれたメイドがテキパキと荷物を纏め、馬車に詰め込んでいく。服や日用品よりも本の方が多いと恥ずかしがるエリザベスに「息子と似ている」と嬉しそうに話す閣下。エリザベスが18年間過ごした部屋に入り、妙にキョロキョロしだしたアランを閣下が揶揄うなど、穏やか?に準備が進められていた時、嵐がやって来た。


「お姉様が出て行く⁉︎しかもアラン様と婚約ってどういうことよ!!!」


 騒々しく部屋に入って来たのはアリサだった。外にいたメイド達の静止も聞かず、亜麻色の髪を揺らしながら勝手に入ってきたアリサは中にいたアランを見つけるとすぐ様距離を詰めてくる。熱に浮かされたような目でポーッとアランを見つめ、甘ったるい声を出して来た。


「アラン様ですよね?初めまして、アリサ・コルネリアって言います〜凄く格好良いですね!」


 さり気無くアランの腕に自分の腕を絡ませようとする。


「お姉様と婚約するって本当です?辞めた方が良いですよ、お姉様私に嫉妬して意地悪ばかりするんです、私の方」


「触るな」


 バシッとアリサの手を払いのけたアランはゾッとするほど冷え切った目をしていた。男に邪険にされたことのないアリサはショックと恐怖でひっ!と悲鳴を上げて固まった。


「ベタベタと許可なく男に触れ、息を吸うように嘘を吐く。恥知らずな上に性悪か。同じ家で育ったのにエリザベスとこうも違うのか」


「伯爵家の教育の賜物だろうね。じゃなきゃ姉の婚約者を奪っておいて平然と出来ないよ?ある意味彼女も被害者だろうけど」


「元々の性根でしょう、同情する余地皆無ですよ」


「なっ…!」


 貶されていると気づいたアリサの顔が羞恥と怒りで真っ赤に染まり、髪色と同じ亜麻色の瞳は吊り上がっている。


「この私を馬鹿にするなんて!絶対許さないんだから!」


「アリサ、辞めなさい」


 怒りで目の前の相手の身分を忘れ、暴言を吐きそうなアリサを止めるも彼女の怒りの矛先がエリザベスに向く。


「は⁉︎お姉様のくせに指図しないでよ!何?アラン様と婚約したからって言い気になってるの⁉︎調子乗るんじゃないわよ、お父様達からも嫌われてるあんたなんかすぐに捨てられるわ、誰からも愛されない惨めな」


「黙れ」


的確にエリザベスを傷つける怨嗟の言葉を吐き散らかすアリサを一睨みで黙らせると、アランはエリザベスの肩を抱き寄せる。


「そうやってずっとエリザベスを傷つけて来たのか?聞く必要はない、くだらない妄言だ。そもそも自分を理不尽に憎む相手を愛する必要はないし、そんな価値もない。良いか?お前達が捨てるんじゃない、エリザベスの方から捨てたんだ」


怒りを内包した声で捲し立てるアランの気迫に押され、アリサはワナワナと震えるも言い返すことが出来ない。エリザベスのために常に冷静なアランがこんなにも怒りを露わにしている。嬉しいと思うと同時に不甲斐ない気持ちになってくる。


(アラン様にばかり言わせたら駄目だわ)


 父達と同じようにエリザベス自身の言葉でアリサとお別れしなくては。エリザベスは自らを奮い立たせ、顔を上げた。


「…アリサ」


「っ、何よ」


「私、無条件で愛されるあなたが羨ましかった。自分と違うあなたに嫉妬したこともあったけど、血の繋がった妹だから仲良くなりたかったわ。でも、あなたはお父様達に倣って私を見下し始めた。私はあなたと家族になることも、姉として悪いことは悪いと諭すことも諦めてしまったわ。ごめんなさい、元気でね」


「…あんたを姉だと思ったことないわよ、本当ムカつく。さっさとどこにでも行けば?」


 そう吐き捨てたアリサは部屋を出て行った。その姿を見送ったエリザベスは家族と決別したにも関わらず、悲しくないどころか肩の荷が降りてすっきりとしている。薄情だろうか。しかし。


(…未練も何もかも捨てて行くわ)


 エリザベスは気持ちを切り替え、荷物の整理を再開させた。

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