第15話


「大変ありがたい申し出ですが…失礼ながらエリザベスではアラン殿の婚約者としては役不足かと。ご覧の通り愛想もなく、気に入らないことがあると周囲に当たることがある癇癪持ちでして」


「そうです、妹はいつも暗く何を考えているか分かりませんし、自分が家族に好かれないのが悪いのに下の妹を虐めるのです。そんな性悪、アラン殿には相応しくありません」


往生際悪く、エリザベスをここぞとばかりに扱き下ろす父と兄にエリザベスの心の中で失望が広がって行く。自分達がどれだけ恥を晒しているのか、分かっていないのか。


「…自分の娘と妹を良くもまあ、そこまで悪様に言えるものだ」


閣下の地を這うような低い声に父と兄は怯えた様子で黙ると、あからさまに狼狽えた。エリザベスに婚約を申し込みに来た相手に悪口を吹き込めば、怒らせるに決まっているのに常識すら欠けてしまったようで頭が痛くなる。


「コルネリア伯爵家の内情は調べたが、報告以上だ。家族全員から悪意を向けられ良く歪まずに育ったものだが、周りにいる人々の力だろうな。あなた方ではなく」


「なっ…私はちゃんとエリザベスを育てたつもりです!」


「衣食住を与えればいいというものではない、家族同伴の場には決して連れて行かず食事も1人だけで摂らせ、顔を合わせても無視、機嫌が悪ければ罵詈雑言をぶつける、立派な虐待だ」


 容赦なく責め立てる閣下に父は我慢ならなくなったのか顔を真っ赤にし叫んだ。


「我が家の問題に口を挟まないでいただきたい!エリザベスは…妻の命を奪った罪の子。愛せるわけがありませんし、相応の扱いを受けるのは当然でしょう?そんな娘をこの年まで育ててやったんだ、感謝こそされ責められる謂れはない!」


自分勝手な父の言い分に兄だけは頷き、同意している。閣下とアランは顔を顰め、冷たい目で彼らを見ているしエリザベスは唖然としていた。


(ずっと恨まれていた…愛されたいと願っていた自分が哀れで報われないわ)


思わずスカートをギュッと握り締め顔を伏せたエリザべスの手に、アランの大きな手が乗せられた。ぶつけられた悪意に身体がどんどん冷えていったが、重ねられた手の温かさが救いのように感じられる。


「それが本心ですか、実にくだらない。あなた方は不幸な自分に酔っているだけでしょう?」


 冷ややかに吐き捨てられたアランの言葉に父と兄は訳が分からないという顔をする。


「前伯爵夫人を本当に愛しているのなら忘れ形見のエリザベセスを虐げたりしない。結局のところ、あなた方は『家族を亡くした可哀想な自分』に酔い続けてエリザベスに日頃の鬱憤をぶつけているだけですよ?」


「わ、私達のティアへの気持ちを侮辱するとは、いくら公爵令息といえど許しませんぞ!」


「気持ち、ね?どんなものか別に知りたくもないしどうでも良いですが、前伯爵夫人はとっくにあなた方に愛想を尽かしているでしょうね?」


「…は?」


「当たり前でしょう?自分が命と引き換えに産んだ娘を、守ってくれるはずの家族が嬉々として虐げているんです。怒り狂ってるんじゃないですか」


 父と兄が愕然とし、顔がどんどん青白くなっていく。執事も言っていたが、こんな当たり前のことに気づかなかったということは母のことはただの理由付けで、エリザベセスをサンドバック代わりに虐げたかっただけなのだ。母を殺した娘だから、どんな扱いをしても許されると思い込んでいた。


(…可哀想な人達…)


エリザベスは哀れみの目で父と兄、だった人達を見る。アランはエリザベスの手をギュッと握ると堂々とした態度で言い放つ。


「この家に大事なエリザベスを置いておくことは出来ません。そこに書いた通り、彼女は公爵家で預かります」


「っ!勝手なことを言わないでいただきたい!」


「婚約者の家に滞在するなんて妹がどんな噂を立てられるか、それに我が家に問題があると勘繰られます!」


「…花嫁修行の名目で婚約者の家に滞在する令嬢は一定数いる…まあ、生家に問題ありと判断され引き取られる令嬢もいますがそんなのどうとでも誤魔化せる」


見苦しくも喚く父達に黙って静観していた閣下が入ってきた。


「今、大人しくサインするならコルネリア伯爵家の内情がうっかり漏れることはない。エリザベス嬢の滞在中にかかる費用はこちらが全て負担しよう。下の妹君のこともあるというのに、エリザベス嬢に対する仕打ちまで知られたら…ねぇ?あなた方にとってはメリットしかないはずだ」


明確に脅しにかかる閣下を前に父かギリギリと奥歯を噛み締めながら、渋々といった体でサインした。


「父上!宜しいのですか!エリザベスが幸せになるなどっ…」


「黙れ!」


諦めの悪い兄を父がピシャリと怒鳴りつけた。閣下はサインされた書類を回収すると父に向けた冷え切った眼差しを切り替え、鷹揚に笑い掛ける。


「さあ、行こうかエリザベス嬢。最後に彼らに言いたいことはない?この際だ、溜め込んでいたものを吐き出してやれば良い。人の皮を被った鬼畜、人でなし、不幸に酔いしれる屑…ほらほら」


 笑顔で酷い言葉を淡々と吐き出す閣下に父達はカチンと固まると、恐る恐るエリザベスと目を合わせてきた。彼らとこうして目を合わせるのはいつ以来だろう。しかし、懐かしいという気持ちも湧いて来ない。散々エリザベスの心を踏み躙り痛めつけてきた血の繋がった家族。恨み辛みもかなり溜まっているが、ここで罵詈雑言をぶつけたら父達と同じに成り下がってしまう。人の心を言葉というナイフで傷つけ、楽しんでいた彼らと同じところまで堕ちたくはなかった。


「お父様、お兄様。私はお2人と、いえ皆と家族になりたかった…でも、もう諦めます。あなた達のことはもう家族とは思いません、私は私を大切にしてくれる人と家族になりますので。母の命を奪った憎い娘のことは忘れてください」


笑顔で最大級の皮肉をぶつけたエリザベスに2人揃って絶望を露わにし、閣下は満足そうに微笑んでいる。アランはというとほのかにエリザベスが震えているのに気づき、そっと背中に手をやり落ち着くように撫でた。何か言いたげな顔をし、縋るようにエリザベスを見る2人に背を向け、3人で応接室を出て行った。

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