第14話


 それから父がエリザベスに関わる事はなかった。執事の脅しが聞いたようだが、見かけるたびにエリザベスを睨んでくるので婚約の打診に納得していないのが丸わかりだ。とはいえ断ることは出来ない、と行き場のない感情を発散する術がなく鬱憤が溜まっているのも伝わってくる。サンドバック代わりにしていたエリザベスには手を出せないのだから。そんな父を見かける度に「いい気味だ」と思ってしまうエリザベスは性格が悪いと自嘲するが、父達よりマシだと開き直る。


(私が18年間受けた苦しみはそんなものではないわ)


 エリザベスは冷ややかな気持ちで逃げるように遠ざかる父を見送っている。父は家族にエリザベスの婚約について知らせていないらしく、真っ先に絡んでくるはずのアリサと義母が大人しい。面倒ごとはごめんだと徹底して伏せているのだ。使用人にも箝口令をしいているのだろう。エリザベスとしては静かに過ごせるので助かっている。




アランの訪問から2日後の昼、血相を変えたシュナが部屋に飛び込んで来た。


「お嬢様、いらっしゃいましたよ!」


 誰が、とは言わなかったがエリザベスには訪問者が誰が分かっていた。予想より1日早いが少しずつ荷物はまとめていたので慌てる事はない。シュナに手伝ってもらいいつも以上に化粧を施し、ドレスもお気に入りのものに着替える。


「流石ですね、エルベルト公爵令息に婚約を申し込まれるなんて。正式に決まればお嬢様を蔑ろにしてきた連中、慌てふためくでしょうね」


シュナは意地の悪い笑みを浮かべた。使用人にすら軽んじられていた存在、当主と次期当主に嫌われている存在。今日その状況が一変するが、エリザベスは自分を見下してきた人々に対し報復したいとか、そういった感情は抱いてない。煩わされる事自体面倒だ。シュナは報復するべきだと望んでいるだろうが、期待に沿うことは出来ない。


「そうかもしれないわね、でも何かしようという気は全くないわ。どうでもいいもの」


 冷ややかに切り捨てたエリザベスにシュナは驚くが、残念がることはなく「ですよね、有象無象に構っていられませんよね」と同意してくれた。


いつになく着飾ったエリザベスは客人が待つという応接室に向かう。


「失礼いたします」


 応接室のドアを開け室内に入ると真ん中に設置されたソファーには4人の男性が座っている。向かって左側には父と兄が。


 (お父様は兎も角お兄様もいらっしゃるのね)


 母譲りの銀髪に銀の瞳の兄は神経質な性質でいつもピリピリしている。今日は流石に普段の様子は鳴りを潜めているものの、不機嫌な雰囲気が漂っていた。父から話を聞かされ大層不満なことが窺える。父も同様。振りでも公爵家と縁続きになれることを喜べばいいものを、とエリザベスは父達を一瞥した後、右側に視線を移す。アランとその隣には彼に良く似た男性が座っている。アランがそのまま歳を重ねたような容貌で、誰なのかは一目瞭然。


(エルベルト公爵閣下、父と同世代だと伺ったけど若々しく見えるオーラのある方。佇まいからして違うわ)


 これが格の違いというやつか、とエリザベスは感服しつつソファーに近づくと父達に挨拶をする。


「お父様、お兄様お呼びでしょうか」


「おおエリザベス、やっと来たか。こちらエルベルト公爵閣下と御子息のアラン殿だ、ご挨拶しなさい」


 本心を隠し一瞬にして歓迎している体を装い、父は媚びるような眼差しと表情を作る。そんな父を冷ややかに一瞥するとエリザベスも笑みを受けべ、膝を折る。


「初めまして公爵閣下、エリザベス・コルネリアと申します。お会い出来て光栄です」


「おお、貴女がエリザベス嬢か。私も会えて嬉しい、今回は息子が強引な真似をして済まなかったな」


 豪快に笑う閣下はアランより表情豊かな方だと分かる。勝手に厳しい方だと思い込んでいたので嬉しい誤算だ。


「いいえ、アラン様には感謝してもしきれませんわ…アラン様、ご機嫌よう。今日は態々お越しくださりありがとうございます」


 そして父親に自分の行動について触れられて少し気まずそうなアランにも挨拶をする。


「エリザベス、元気そうで何よりだ」


 言外に何もしなかっただろうな、とアランが圧をかけると父が緊張した面持ちになる。手を上げたことがバレないかヒヤヒヤしているだろうが、積極的にフォローするつもりも打ち明けるつもりもないエリザベスは父の隣に座ろうとする。


「エリザベス嬢、アランの隣に座ると良い」


「え、ですが」


「いいからいいから」


 本来父の隣に座るべきだが、この場で一番身分の高い閣下に勧められば断れない。戸惑いながらもアランの隣に腰を下ろす。アランはというと涼しい顔で、エリザベスだけが緊張しているのが何か悔しい。さて、と閣下が何処からか書類を取り出しながら切り出した。


「息子が先走ったようですが、改めてエリザベス嬢と我が息子アランの婚約を申し込みたい。エリザベス嬢には既に承諾を得ていると聞いているので、伯爵にはここにサインして貰えればいい」


テーブルに置かれた書類をトン、と指で叩く閣下からは拒否することを許さないという圧を感じる。実際こちらに拒否権はないのだが、父は怯えた様子を見せるも予想通り、サインする前に口を開く。

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