第13話


「正式に婚約が成立するまで他言無用」と3人にお願いし「遅くとも3日以内に挨拶に伺う」とエリザベスに約束したアランは帰って行った。皆からアランとの関係について根掘り葉掘り聞かれ、パーティーがお開きになる頃にはぐったりと疲れてしまっていた。エリザベスは家用のドレスに着替え、ベッドに横になる。


 今日は色んなことがあったと振り返る。婚約破棄されたと思ったら婚約を申し込まれた。相手はアラン・エルベルト。今でも夢なんじゃないかと疑いそうになるが、鮮明に覚えている彼の言葉や表情が現実だと訴えてくる。喜びよりもやはり戸惑いの方が大きいままだ。


(アラン様は全く気にしてなかったけど、公爵様に反対されたらどうするつもりなのかしら)


 アランが我を通すのか、父親に従うのか。そうなったら仕方ない、家を出る準備を本格的に始めるだけだ。でもさっきのアランの態度を見る限り、無理矢理にでも許可を得る気がしてくる。そのせいか、あまり心配はしていない。


(問題はお父様、というか家族全員ね。誰1人賛成しないでしょうね)


 考えただけで気が重くなってしまう。アランは盾になると言ってくれたが、邸の中では味方が少ないので不安は拭えない。するとドカドカと大きな足音が聞こえ、ノックもせずドアが開かれた。入ってきたのは険しい顔をした父と執事。父の手には紙が握られており、執事は部屋に入ると素早くドアを閉めた。父の要件はわかっているから、万が一にもアリサや義母の耳に入ったら面倒だと思ったのだろう。


「お前、いったいどういうことだ!何故エルベルト公爵家から婚約の打診が来るんだ!」


 アランは素早く公爵の承諾を得て、正式に婚約の打診をしたらしい。彼の行動力には恐れ入る。エリザベスは怒鳴り興奮し切った父を冷静な目で見据えた。


「先ほどアラン様が直々に婚約を申し込みに来てくださり、その場でお受けしました。どうやら前々から私のことを見初めてくださっていたようで、婚約を破棄したら是非に、と」


「何故お前のような奴が…まさかウォルター殿と婚約している時から色目を使っていたのか!」


決めつけたような父の言葉にエリザベスは呆れた。まさに色目を使い婚約者を強奪したアリサは怒ることなく祝福すらしていたのに、エリザベスは責め立てる。思わずため息が漏れてしまう。


「私はそのような事はしておりません。アリサやハイネス侯爵令息とは違います」


「貴様…アリサを侮辱するつもりか!」


 侮辱ではなく事実を言ったまでだが、アリサ至上主義の父は一気に頭に血が昇りバッ、と手を振り上げて咄嗟に叩かれると目を瞑るが痛みと衝撃はやって来ない。目を開けると執事が父の腕を掴み押さえていた。


「お辞めください旦那様」


「離せ!口答えばかりするこいつに罰をっ…」


「アラン・エルベルト様から正式に挨拶に伺うまでエリザベスお嬢様をくれぐれもよろしく頼む、と任されております。お嬢様の頬に叩かれた痕があると知ったら、あの方は容赦なく報復いたしますよ?王家と親戚関係のエルベルト公爵家を敵に回せば、コルネリア伯爵家は潰されます」


父はハッと目を見開くと悔しそうに顔を歪ませ、渋々手を下ろした。感情のままにエリザベスに手を上げた結果、自分達が被る不利益を想像したのだろう。一時の激情より家の存続、父がそこまで愚かではなくホッとした。父はチッと舌打ちをするとエリザベスを忌々しげに睨み、乱暴にドアを開けて出て行った。部屋にはエリザベスと執事が残され、気遣わしげに声をかけられる。


「お嬢様、大丈夫でございますか?」


「大丈夫よ、助けてくれてありがとう」


「あれくらい当然のこと。しかし、手を上げるとは…旦那様はどこまで堕ちて行かれるのか…」


 執事は哀れみのこもった声で父を案じる。言葉では散々傷つけられたが、手を上げられたのは初めてで驚くと同時に恐怖を覚えた。が、エリザベスの中にある父への未練を完全に断ち切らせてくれた。


「お父様にとって大事な娘はアリサだけなのよ、今日はっきりと分かってスッキリしたわ」


 これで心置きなく、アランを頼ることが出来る。エリザベスの決意を悟った執事が寂しそうな顔をするも、すぐ憂色を濃くした。


「…旦那様も坊っちゃまもティア様の死に囚われ、いや、不幸な自分に酔い続けているのです」


 辛辣な言い方にエリザベスは目を丸くするも、確かに、と納得した。


「お嬢様に何の罪もないことを理解していらっしゃるのか、最早分かりません。が、ティア様がお2人の姿をご覧なったら大層嘆き悲しみお怒りになることでしょう」


母の話は古参の使用人から聞いたことがあるが、家族を大事にする愛情深い人だったという。そんな母が父達の姿を見たら…執事の言う通り怒り狂い、愛想を尽かしていることだろう。愛している母に嫌われていると知った2人の顔を想像すると、少し溜飲が下がる。執事が父親のような穏やかな顔で語りかけた。


「お嬢様、ここを出て行かれるおつもりでしょう?」


「…ええ」


「ここではお嬢様のお心が休まる事はありませんからね、その方がよろしいかと…ご自分を煩わせるものを忘れ幸せになってください」


父達の目を盗み、エリザベスを陰ながら助けてくれた執事。彼と会えなくなるのは寂しいが、エリザベスが幸せになるためには家族から離れなければいけない。子供の頃から見守ってくれた皆も、そして母もエリザベスの背中を押してくれている気がした。

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