第60話


「お前の体調不良はすべて、魔力を遮断されたことによる一時的なモノです。移動中は、移動する魔力と等速で動くから吸収することができない」


「……………………」


「そして、魔力を必要とする生き物をお前たちの言葉でなんと言うのでしたか。『魔物』というのでしたね?」


「……………………」


「魔物と魔物を助ける人間。そんな者共をなぜ助けなければならないのでしょう?」


 巫が椅子から立ち上がり手を伸ばす。彼女の周囲がぐにゃりと歪む。彼女の動きに合わせて歪みは形を変え、ぐるりと渦を巻いた。


「……やめろ」


「―――ふふ、怖いですか? 生物にとって酸素は猛毒である。なら、お前にとって過ぎたる魔力はどう作用するのか。試してやろう」


「いまさら、自分の命が惜しいとは思わない。ただ………」


 僕は倒れ込むように床に手をつくと、不格好な土下座をした。


 あの時のように視界がグルグル回る。しっかり手をついているのに重心がぐらつくように感じる。


 自分が魔物だと知って驚きはある。だからどうしたと思った。僕は狼男のように満月の夜に変身するわけでもないし、ドラキュラのように血を求めるわけでもない。小説に登場する怪物のような力を持っているわけではないのだ。よぞらがいなければ明日も迎えられない脆弱な存在である。しかし、よぞらの力がなければ僕は異世界でボンヤリ生きていたのだ。


 だからよぞらに感謝している。


 彼女がいたから、僕の人生は楽しかった。


「僕を殺したいなら殺せば良い。ただ、よぞらだけは助けてくれないか」


「ほう?」


「アイツが僕にくれたのは魔力だけじゃない。楽しさと思い出だ。アイツは僕を生かすために付きっきりだった。それは見方を変えれば、アイツが自分の人生をなげうっていたとも言えるだろう。それはもったいない事のように思うのだ。僕が魔物で、お前が殺したいと言うのなら、アイツに取り戻してほしい。アイツはたくさんの友達に囲まれるだろう。やりたい事を始めるだろう。アイツはもっと幸せになれる。変わっていく彼女を見ていると、そう思わずにはいられないのだ」


「自分の命と引き換えに天ヶ瀬よぞらを助けろ、というのですね」


「そうだ」


 僕は目をつむった。もはや余命いくばくもない事が体感で分かる。まぶたの裏に白色がちらつき、呼吸をするたびに頭が圧迫されるように痛む。あのときはショウが助けてくれたが、いまはいない。


 巫が腰を下ろして手を伸ばすのが頭の向こう側に感じられた。


 最期に一目会いたいが、叶わぬ願いだ。「さあ、殺せよ」


「―――――ふ、ふふふ、あはははははははははは!」


 ところが、今にも触れるというところでその手が止まった。


 巫が大笑しはじめたではないか。


「なにが、おかしい?」


「うふふふ、言ったでしょう? 私はお前の記憶が知りたいのです。何十億年も昔の記憶がお前にはある。それは私たちも知らず書物にも書かれていない、この世でもっとも価値のある真実です。お前が魔物? ふふ、なにを真に受けているのですか? お前は魔物などではない」


「なら、なんだって言うんだ。脅かす必要あったか?」


「お前はもっと邪悪で、もっとおぞましいものです。魔物などとは比べ物にならないほど」


「…………………」


「良いでしょう。お前が望むなら天ヶ瀬よぞらを助けてやろう」


 巫は僕を助け起こすとにっこり微笑んだ。「ただし、お前は記憶が戻り次第すぐに話せ。その後にお前は殺す」


「それでいいよ。よぞらが助かるなら」


「取引成立ですね。では行きましょう」


 巫がパチンと指を鳴らすと、そこは洞窟の内部であった。天井を見ると大きな穴が開いており、その穴をふさぐように大きな石が乗っている。どうやらレイン・オーズベルトから逃げたときに落ちた場所のようだ。


 狭い通路の中を数多のショゴスがうごめいている。


「こんなところまで来ていたのか……」


「ふん、これが古のもののペットか。こんなものを使役する種族がいるなんて感性を疑いますね」


「でも、助けろとは言ったがどうするつもりだ? ショウが生きているなら、まだ戦っていると思うが」


 この量を倒しきるのはショウでも無理だろう。というか倒せるものなのか? わざわざここに来たからには策があると思うのだが、彼女は平然と「そもそも殺す必要があるのですか?」と言った。


「は?」


 巫が「****」と聞き取れない言葉で呟いた。するとどうしたことか? 洞窟内を埋め尽くすほどいたショゴスがいっせいに帰っていくではないか。


「ただの洗脳の呪文ですよ。何を驚くことがある」


「……はぁ」


 唖然としてその様子を見ていると、狭い通路の奥に水色の髪の毛が見えた。


「ショウ!」


 彼女は生きていた。


 頬や腹に傷跡があるが、息はある。


 慌てて抱き起すとショウは薄く目を開けて「おかえりナサイ……」と呟いた。


「お前、よく生きていたな」


「どうにかナルもんですね」


阿呆あほう。無鉄砲にもほどがあるぞ。心配はしていなかったけど」


「デしょうね………」


 おもむろに起き上がるとショウは辺りを見回した。「よぞらは、ドコですか?」


「これから助けに行く」


「……どういう事ですか?」


「よぞらはUB‐Sに囚われている。それを今から助けに行くのだ」


「私が、ですけどね」


「そう、巫が」


 背後にいる巫を仰ぎ見る。彼女は肩で風を切るように僕たちの脇を通り抜けたが、むしろ頼りがいがあるというものだ。


「……よぞら」


 僕はショウを抱きかかえて巫の後を付いて行った。


 UB‐Sがいた場所は、多くの魔物の死骸が積み重なり死屍累々の様相であった。

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