27年越しにスーファミ版ドラクエ3で神竜を倒す話
矢木羽研(やきうけん)
27年ぶりのドラクエ3
令和6年8月10日
「お、ユウキじゃん! 久しぶり!」
「あれ、もしかしてテル?」
テルは今年で39歳になる。くたびれた顔をしているが、中年と呼ぶにはまだ少し早い、壮年男性といったところだ。ユウキとは小学生時代の同級生であったが、中学では私立に進んだので公立中に進んだユウキとは別の道を歩んだ。彼は帰省先の実家からコンビニにでも行こうとしていたところ、旧友の家の前を通って偶然再会したわけである。
「9年前の同窓会以来だな。ユウキも帰省?」
「ああ、今年は家族とはしばらく別行動で俺だけ先に来たんだ。カミさんは自分の実家に帰ったよ。俺もあとで挨拶に行くけど」
「タケルくん、大きくなったろうな」
テルはユウキの息子の話をする。ちょうど同窓会のときにお披露目したのを覚えていたのだ。
「中2だね。今日は友達の家族とキャンプに行ってる」
「うちの子は小6。そっちもキャンプかぁ、今年は久しぶりにボーイスカウトの合宿だ」
「奥さんはお元気?」
「ああ、でも休みがまだ取れなくてな。だから俺だけ先に実家の片付けにきたんだ」
「そういえば親父さん亡くなったんだっけ。あんなに元気な人だったのに……」
「ガンでぽっくりだよ。まあ長く苦しまずに逝ったのは幸せだったかもな」
家族の話で、お互いに歳を取ったことを実感する。
「お袋さんは?」
「あんまり具合が良くないな。今日はデイサービスに行って夕方までは帰らない」
「そうか。せっかく来たんだから、久しぶりに上がってけよ」
「いいのか? 手ぶらなんだけど」
「いいよ、お婆ちゃんに線香上げてってよ」
今は亡きユウキの祖母。テルは仏壇に手を合わせながら、子供の頃に手作りのお菓子を振る舞ってくれたことを思い出し、懐かしい気持ちになった。
「テルくん、お久しぶりね」
「ご無沙汰してます。手ぶらですみません……」
「いいのよ、気にしなくたって。うちの子もさんざん、あなたのご両親にお世話になったんだから」
ユウキの母に促されて線香を上げるテル。そして、急に思い出したかのように立ち上がった。
「おばさん、ちょっと失礼します。うちに取りに行くものがあるんで」
「お土産なら本当にいらないのよ」
「いえ、そうじゃないんです。ユウキくんに借りてたものがあったので」
ユウキたちが制止する間もなく、彼は家を飛び出していった。
*
「ほら、これ……」
息を切らして戻ってきたテルが差し出したのは、スーパーファミコンのカセット。1996年12月に発売されたリメイク版の『ドラゴンクエスト3』である。裏面にはユウキのフルネーム(旧姓)を印刷したテプラが貼ってあった。直にマジックで書いたりしなかったのは、中古で売るときのことを考えたのだろうか。
「お、ドラクエ3。俺のやつ?」
「ごめん、学校が変わってからずっと忘れてたわ。借りパクしてた」
「わざわざごめんねぇ。うちの子が忘れてただけなのに。お礼と言ったら変だけど、スイカ切るから食べてって」
「なんか、すみません……」
頭を下げるテルを、ユウキは8畳間に通す。
「あ、スーファミあるじゃん。懐かしい!」
「今は甥っ子が遊んでるんだよ。今日は遅くなるみたいだから、ちょっと借りるか」
ユウキの甥とは、兄の息子であるマサキのことである。この話には登場しない。
「おい、カセット抜いていいのかよ」
「大丈夫、これはセーブじゃなくてパスワード式だから」
ファミコンやスーファミのカセットは、抜き差しすると接触不良が発生して最悪の場合はデータが消えることがあるので、なるべく抜き差ししないのが常識である。もちろんセーブデータが存在しないゲームなら気にする必要はない。ユウキは本体に刺さっていた『アルカエスト』を抜いて『ドラクエ3』を挿入、テレビと本体のスイッチを入れた。
「データ、生きてるもんだなぁ……」
「ああ、ファミコンソフトでも未だに現役だったりするみたいだな。ゲームボーイだと怪しいみたいだけど」
「あの頃もこの部屋に集まって、みんなで一緒に進めてたよなぁ」
一番上にある「テル .ロト Lv60」のデータを選んでプレイを再開する。27年の時を超えて勇者が帰ってきた。ブラウン管ではなく液晶テレビの画面越しに。
「えーっと……不思議なボレロは持ってる、つまり最後のすごろくはクリアしたか」
「よくわかるな、お前……」
ユウキは「ふくろ」の中のアイテムを見て、クリア後の隠しシナリオの進行度合いを確認した。続いて呪文コマンドから「ルーラ」を使い、セーブしたダーマ神殿から勇者の故郷であるアリアハンにワープする。
「オルテガも復活済み……あれはあるかな」
オルテガ、すなわち主人公の父親は死亡するのだが、条件を満たすと復活する。一瞬、テルの亡くなった父親のことを連想して口ごもったユウキだったが、さすがに現実とゲームの区別くらいは付いているのだろう。あまり気にせずに「作戦」コマンドから袋整理(五十音順)を実行して、改めて袋の中身を確認する。
「え……無いな。セクシーギャルもむっつりスケベもいないし」
「何の話だっけ?」
「エッチな本。神竜からもらえる第三の報酬だよ」
リメイク版の隠しボスである神竜を倒すと「新しいすごろく場」「父オルテガの復活」「エッチな本」の3つの願いのうちどれかを叶えてくれる。何度も挑戦できるが、そのたびにターン制限が厳しくなり、最終的には15ターン以内に倒さなければならない。
「エッチな本」はいわばジョークアイテムで、よほどひねくれたプレイヤーで無い限り最後に入手するだろう。使うと性格がむっつりスケベ(男)かセクシーギャル(女)になる。袋に入っておらず、この性格のキャラもいないのを見て、まだ未入手であるとユウキは判断したのだ。
「あら、さっそくゲームやってるの?」
「すみません、このスーファミってお孫さんのやつなんですよね」
「いいのよ、最近はSwitchばっかりやってるんだから」
スイカの皿を手に、ユウキの母が戻ってきた。この後、テルの両親を巡る会話などが再びあるのだが冗長なので割愛する。
*
「さて、勇者テルLv60、戦士ダイスケLv59、僧侶ユウキLv57、魔法使いカナエLv56か。みんな転職はしていないみたいだな」
ステータス画面を確認し、ほぼ横並びになっている経験値を見てユウキが言う。ドラクエ3では勇者以外のメンバーは転職することができるのだが、このパーティは一度もしていないみたいだった。
「転職、したほうがいいのか?」
「まあな、俺も都心に勤めてたけど地元の会社に転職したし」
「そういうのいいから」
「ごめん、まあそうだな。レベル40以上はほとんど育たなくなるんだ」
「そういや俺達も、来年で40歳なんだな」
そもそもレベルと年齢は別のものなのだが、奇妙に現実と符合することにおかしさを感じたのか二人は笑いだした。
「ダイスケ先輩とカナエちゃん、元気かな」
「元気だぞ。兄貴は相変わらずあちこち飛び回って働いてるし、カナエも明日くらいに帰ってくるはずだ」
パーティメンバーにいるダイスケとカナエは、ユウキの兄と妹の名である。これをプレイしていた当時、ユウキたちは小学6年生。そろそろ本名プレイに気恥ずかしさを感じていた頃だろうが、かといってオリキャラの名前を考えるのはもっと恥ずかしかったのかも知れない。
「さてと……悟りの書はあるな。レアだけど使っちゃうか」
「どうするんだ?」
「ダイスケを賢者に、ユウキを魔法使いに、カナエを盗賊にする」
ユウキは戦略を説明した。神竜を素早く倒すための切り札は、単体を炎で攻撃する「メラゾーマ」の呪文である。今のパーティでこれを使えるのはカナエのみ。残りの2人に覚えさせるために、それぞれ賢者と魔法使いに転職するというわけである。
「ドラゴンなのにメラゾーマなんか効くのか?」
「ああ、攻撃呪文は全部素通しなんだ。それとテルにスタミナの種と賢さの種を全部つっこむぞ」
ダーマの神殿の入口でセーブして、ドーピングの種を1個ずつ吟味しながら使い始めた。
「ユウキのそういうとこ、相変わらずマメだよな」
「ああ、特に賢さ……最大MPは大事だからな。それにしても当時のお前、大事にとっておくタイプでよかった」
能力を上げるアイテムは使うタイミングが難しいものである。シリーズにもよるが、下手に上げてしまうとレベルアップ時の上昇量が抑制されて無駄になってしまったりするので、迷ったら温存するクセが付いてしまったのかも知れない。
「ゾーマの城の南でレベル上げだ。ちょっと操作代われよ、俺もスイカ食べたいから」
ゾーマ城の南は、経験値もアイテムドロップも狙える有用な狩り場である。ドラゴンが高確率でスタミナの種を落とすので、HPを補強することができる。カナエを盗賊に転職させたのはステータスアップのためでもあるが、アイテムを盗んで集めるためでもある。
「ああ。適当に倒せばいいんだな?」
「はぐれメタルが出たらダイスケがピオリムして、カナエがドラゴラムだな」
「へえ、はぐれにドラゴラムって効いたのか」
「だな。昔、塾の先生に教えてもらった」
はぐれメタルはあらゆる属性攻撃を無効化するのだが、唯一ドラゴラムによる炎のブレスだけは防げずに一撃で倒せてしまう。変身後は素早さが下がるので、同じターンに(行動が遅いキャラの)ピオリムを重ねて素早さにバフをかけるのがコツだ。ファミコン版から続く裏技であり、各地で親や先輩から伝授された子供がいたことだろう。
「うお、勇者がめっちゃ育ったんだけど」
「さっきの種の効果だな。体力と賢さは、そのまま2倍の数値がHPとMPになるから」
レベルアップの画面を見てテルが声を上げた。数十ポイントの成長というのは、普通にゲームを進めているとなかなか見られない数字である。
**
「テルくん、カレー作ったんだけどお昼食べてかない?」
「うわ、もうそんな時間ですか!」
いったいどれだけプレイしていたのだろうか、時計の針は12時を回っていた。転職後のメンバーもしっかり育ち、性格調整が効いていたのかHPは400を超えていた。この間にユウキの父、兄ダイスケとその妻も帰ってきたので、みんなで食卓を囲む。
「テルくんの家、今はお袋さんが一人で住んでるんだって?」
「ええ。でも家が古いので段差とか大変みたいですね。遠くないうちに同居を考えてます。やっぱり手放すなら更地にしたほうがいいですかねぇ?」
「いかん!!」
ユウキの父が急に語気を強めたので、周囲がびっくりして一瞬動きが止まる。
「……すまん、驚かせた。だが、家を更地にするのは絶対にやめておきなさい」
「なぜです?」
「更地が売れたのはバブル期の話だ。今は建設費も高騰してるから、空き家の需要のほうがよっぽど大きい。このあたりはただでさえ土地余りなんだから、更地にしたら誰も買わんぞ」
ユウキの父は農家との兼業で不動産業を営んでいる。扱っているのは主に一軒家なので、このあたりの話にはうるさい。
「でも、俺が生まれる前に建てた家ですよ?」
「しっかりした作りじゃないか。もっと古い家でもいくらでも借り手がいるもんだ」
そこからしばらく、日本の住宅問題についての講釈が始まる。放棄された空き家がいかに問題を引き起こしているかということ、その一方で住宅の供給が足りないこと、これはビジネスだけでなく最低限の生活権の話だということ。
「お父さん! 商談に来たんじゃないんだから、そのへんにしなさいよ」
「悪い悪い、商売柄ついつい……とにかく、もし手放すときはおじさんにも相談してくれよな」
「は、はぁ……」
妻に諌められてユウキの父は矛を収めるが、テルも話自体は真剣に聞いていた。これは自分や子供たちの将来にも関わる話なのだ。
*
食後、改めてゲームの続きをする。既にパーティメンバーは十分に育ったので、いよいよ神竜のところを目指す。
「それにしても、やっぱり俺たちも大人になったんだよな。こうしてるとガキの頃みたいだけど」
「そうだな。子供のこととか家のこととか」
鍛え直された勇者たちは、隠しダンジョンのモンスターをいとも簡単になぎ倒しながら進んでいく。
「ユウキ、嫁さんとはうまくやってるか?」
「まあね。昨夜は久しぶりに二人きりだったし」
「なんだなんだ、お楽しみかぁ?」
「テルのほうはどうよ?」
「それはまあ、アレだよ……」
神竜と相まみえ、メラゾーマをひたすら連発していく間も軽口を叩き合う。もはや神竜などは敵ではないと言わんばかりに。
「13ターンか。あっけなかったな」
「メラゾーマを途切れなくぶちこんだからな。たまに眠らされたけど、勇者も手が空いたらギガデインしたし」
27年越しの宿題は、特に感慨もなくあっさりと達成された。
「あら、クリアしたの?」
「うん。これは最後の隠しアイテムみたいなやつ」
一旦セーブしてから「エッチな本」を使い、そのメッセージを楽しんでいるところにユウキの母が入ってきた。子供の頃だったら恥ずかしくて絶対見せられなかった画面だろう。
「これ、何パターンあるんだろうな」
おそらく検索すればすぐ答えが出てくるだろうが、敢えてそうせずにリセットとリロードを繰り返す。ユウキの父や兄夫婦もやってきて、メッセージを見るたびに誰かが笑った。
*
「それじゃ、またお盆になったら来ますんで」
「わざわざ悪いねぇ」
「俺も、テルんちに線香あげてくるよ」
「ユウキ、行くならこれ持っていきなさい」
結局、テルは手ぶらでスイカとカレーをごちそうになった上に、お土産までもらってしまった。お返しには何にしようか、今のうちに妻に買ってくるように頼んでおくかなど大人の社交辞令を考えながらも、今日の温かさを純粋に噛み締めてもいた。
「それにしてもドラクエ、懐かしかったなぁ。また最初からやりたくなったけど、スマホ版とかあったっけ?」
「それもあるけど、今度新しいリメイクが出るの知らない?」
テルの家に向かう道すがら、壮年の勇者たちは相変わらずドラクエの話をしていた。ユウキがスマホで検索した画面を見せる。
「なにこれ、HD? 新職業まもの使い?」
「まだ詳しいことはわからないけど、新要素だらけみたいだ。公式サイトを参考に、俺が独自に分析したところによるとだな……」
彼らはしばし少年の心に戻り、新たな冒険へと思いを馳せるのであった。
27年越しにスーファミ版ドラクエ3で神竜を倒す話 矢木羽研(やきうけん) @yakiuken
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