輝け! ヤンキー仮面!

色街アゲハ

輝け! ヤンキー仮面!

 所は東京、浅草の下町に、今日も悪の手に依る危機が訪れる。


 二つに分たれた大きな鋏状の手を器用に操りながら、蟹を思わせる怪人がとある食品店の試食用の食べ物を次々と口に運んで行く。


「止めい! 止めんか! 他のお客さんの迷惑になるじゃろうが!」


「ゲーーース、ゲスゲスゲス! 止めろと言われて止める様だったら、悪の怪人なんてやってないでゲス!」


 言って、海苔の佃煮や煮干しの甘露煮などの試食品に手を付ける悪の怪人。それだけ食べてて旨いのか、腹に溜まるのかと云う疑問はさて置き、斯くなる暴挙を止めようと集まった町のお年寄り達が力及ばず怪人のさせるがままになっている所に、鋭く響き渡る一つの声。


「其処迄だ! 悪の怪人め! 給料日前に全部使い果たしたからと云って、関係ないお店に迷惑をかけるんじゃない! だからあれ程計画的に使えと言っただろう!」


「黙れィ! 貴様にゲスの気持ちが分かって堪るか! 今度こそ当たりを引く所だったのに。あそこであの騎手が落馬なんてしなければ……。」


「競馬で摺ってんじゃねえよ!」


 斯くしてヒーローと怪人との戦いが始まった。


 交叉する互いの攻撃、時折掠める鋭い鋏の攻撃が、黒を基調としたバトルスーツに疵を付けて行く。


「おー、今のは危なかったな。」

「ほれ、もう少し気張らんかい、動きに切れが無いぞ。」


「うるせえ! 暢気に観戦してんじゃねえよ! 爺ども!」


 注意が僅かに逸れた其の機会を、怪人が見逃す筈がなかった。

 大きく振り被り、放たれた攻撃。如何にヒーローとは言え、その攻撃を食らって唯では済むまい。


「お見通し……、なんだよぉ!」


 しかし、その動きを見切っていたのか、深く身を屈めその攻撃をいなすヒーロー。次の瞬間、鋭く蹴り上げられた必殺の一撃が、怪人の顎を的確に捉える!


「ゲスーーーーーーーー! 覚えていろでゲスーーーーーーーー!」


 遥か彼方に飛び去りながら、星の如く煌めき怪人は消えて行った。


 斯くして、今日も街の平和は守られたのだった。


「いやあ、助かったわい、有難うな、ケン坊。」


「ケン坊ではない! オレ……、いや、私は無辜? の、人々を守る為に、参上した……、えーと、ヤンキー仮面だ!」


「噛み噛みじゃないか……。」

「ケン坊……、お前、決め台詞なんじゃから、もう少しもっと、のう?」

「ヤンキー、ゴーホーム。家帰ってもう少し練り直して来い。」


「だまらっしゃい! クッ、さらばだ! ヤンキー仮面は何時でもみんなの危機に駆け付けるぞ!」


 言って、逃げる様にその場を走り去って行くケン坊……、もといヤンキー仮面。

何処となく締まらない空気を漂わせながら、残されたお年寄り達が嘆息する。


「急にヒーローになると言って家を飛び出した、と聞いた時にはどうなる物かと思うちょったが。」

「昔から、アドリブの利かない子じゃったからのう、あれは。」

「まあまあ、長い目で見てやろうじゃないか、のう? 何たってあ奴は……。」


「「「ワシらの推し、じゃからのう。」」」




                                      おしまい

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