04

 夏期講習をサボっていたことが見事に父にバレて二時間くらい説教を食らった。怒りの矛先は兄にも向き兄弟揃って父のわめき声を聞かされる羽目になった。

 中間テストの順位もがっくり落ちたが構いやしない、俺はもう兄の童貞を奪ってやることしか頭になかった。


「琥珀、文化祭観にきてよ」


 高校でベースの奴にそう言われた。軽音部ではグレーキャットの曲をコピーしたらしく毎日練習に励んでいるらしい。どうせ文化祭では他にしたいこともなかったし当日は体育館に行った。

 ステージでは演劇やら合唱やらいかにも高校生らしい演目が行われ途中から退屈してきた。それでも椅子に座り続けていたのは付き合いがあるからだ、せめてちらりとでも観て感想を言ってやらねばならない。

 軽音部の演奏が始まり俺はボーカルの姿に釘付けになった。

 他のクラスの背の低い女顔の男で、裏では姫だの何だのと呼ばれチヤホヤされていたのを知っていたのだが、神は何物も与えるらしく歌声までもが美しかった。

 きっとこのステージに上がるまでにはかなりの練習を重ねてきたであろうことはわかったし、その自信に満ち溢れた表情を見てしまった俺は、あまりの眩しさに灰になって崩れてしまったかとさえ思った。

 最後は吹奏楽部だったがそんなもの観る気が起きず俺は帰宅した。待っていた兄の横っ面をまずはぶん殴った。


「ごめん、琥珀……僕、また何かした? 謝るから、ねえ、教えて」


 俺は無言で兄の腹を踏んづけた。ぐえっとカエルが潰れたような声が出て苦しみだしても俺の気が済むまで続けていた。


「……理由はないよ。ただの憂さ晴らし」

「うん……そっかぁ……」

「それで納得しちゃうわけ?」

「僕はね……琥珀になら、もう何されてもいいから……」


 それならもう遠慮はしない。俺は兄に突っ込ませることにした。多少早かったかもしれないがこのままの勢いで果たしてしまいたかった。兄の部屋に行き強引に勃たせて挿れさせた。


「……で? 兄さんは気持ちよかった?」

「うん……ごめんね……」


 胸糞悪い喪失だった。兄はごめんごめんとそればかり繰り返しており中に出された時もああなんだこんなもんかという感覚だった。

 兄の精液をティッシュで拭き取ってゴミ箱に放り投げて、ぐったりしている兄の頬を軽く引っぱたいた。


「ほら。休むなよ。逆」

「ま、まだするの」

「俺の気が済むまでするんだよ」


 もう俺はあの軽音部のボーカルのようにはなれない。濡れて汚れて薄暗いところでしか息ができなくなってしまった。

 身を起こし何気なく兄の机を見ると写真が貼られた紙が置いてあったので俺はそれを取り上げた。


「何だこれ……履歴書?」

「ああ、その……中卒でも雇ってくれるようなバイト先見つけて。応募しようと思って」


 一気にはらわたが煮えくり返った。俺は履歴書をビリビリに破った。


「こ、琥珀!」

「兄さんは働く必要なんてないんだよ!」

「でも僕、もうすぐ三十歳だし、琥珀も高校生になったし」

「兄さんはなぁ、父さんが死んだ後は、俺に養われてたらいいんだよ! 金なんて稼ぐな! 家のことだけしてろよ!」


 スン、と鼻をすする音が聞こえた。またか。


「いい? 兄さん。俺言ったよな。兄さんは俺の世話と性欲処理だけして生きていればいいんだって。俺言ったよな」

「ごめん……ごめん……」

「泣くなって。俺は兄さんより先に死なないから。兄さんが死ぬまで養ってやるし死んだら骨は墓に入れずに俺の手元に置くから」

「そこまで……考えててくれたんだ……」


 兄は俺を抱き締めてきた。


「琥珀、好き……琥珀は……」

「好きだよ。弟に欲情するような変態兄貴だけど、それでも好きだよ」


 舌を絡めて互いの頬をさすり、俺たちはどこまでも底のない沼の中に沈んでいった。




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沼の中 惣山沙樹 @saki-souyama

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