03
七月の期末テストでは学年二位になった。まだ足りなかった。次に父に指示されたのは夏期講習で、夏休みの宿題も大量に出されたし気がどうにかなりそうだった。鬱憤は全て兄に向けてやった。父が遠方に出張することになり、兄弟二人だけの夜。散々犯した後に兄は言った。
「琥珀は可哀相だ……僕の代わりに……ごめん、本当にごめん」
俺は哀れむ側であって哀れまれる立場ではない。兄の首を絞めた。ちっとも抵抗してこなかったので面白くも何ともなかった。
「かはっ……はぁ……はぁ……」
離してやると酸素を求めて必死になるのを見てそれ以上何かする気が失せ、俺は兄の肩に頭を乗せて下唇を噛んだ。
「僕が上手くできていれば琥珀は苦しまずに済んだ……」
「どうかな。兄さんがダメになったから俺が生まれたのであって、どのみち俺はこうなるしかなかったんだよ」
「琥珀が生まれた時ね……嬉しかった……母さんが死んで、それなら僕が守るって決めたのに、それなのに」
また泣く。兄は来年誕生日が来れば三十歳になるというのに心はガキで止まってしまったんだろう。やっぱり兄は可哀相だ。
「琥珀は……覚えてないだろうね。琥珀が歩けるようになって、毎日公園に連れて行った」
「ふぅん」
「僕が変質者だと間違えられたこともあったんだよ。父親には見えないし、兄弟だけど年が離れているから」
「……プッ」
ようやく笑える話を出してくれた。
「で? どうなったのさ?」
「うん……僕が琥珀を育ててるんだって証明するもの何もなくて、必死に離乳食はどうしてるとかそんなこと詳しく話して。疑ってきたのはオバサンだったんだけどね。最後にほら、泣きボクロ。同じ位置にあるから、それでようやく納得してくれて」
俺は兄の右目の下に触れた。
「俺は……兄さんと血が繋がってるんだよな?」
「そうだよ……だから、ダメなのに、こんなことしたらダメなのに」
「もう遅いよ。っていうか、穴拡げるのどうしたらいい? 兄さんが持ってる変なやつ使えばいい?」
「えっ……?」
顔は見えていないがさっと引いていくのがありありとわかった。それもそうだろう。自分でもおかしいと思えることをこれから言おうとしているんだから。
「兄さんが俺の童貞奪ったろ。俺も奪わなきゃ割に合わない」
「どういう理屈……?」
「俺の理屈」
買い物なら兄に一任されており父のクレジットカードを兄は自由に使える、父は明細を見ていないようだからそれで兄はコソコソ買えたわけであって俺の物も追加で買わせた。
「琥珀、無理しなくても」
「俺がしたいんだからするの。さっ、今日は一緒に寝よう。俺より先に寝たら許さないけど」
兄は俺の髪を撫で昔話を再開した。赤子の頃は予防注射で泣かなかったのにわけがわかるようになってから病院に行くのを渋りなだめるのが大変だったこと。俺が電車にハマり踏切まで行って何本も何本も見送ったが帰りたくないと泣いて無理やり手を引いたこと。
そんなありきたりで下らない兄弟の思い出を聞かされながら俺は眠って起きて、朝日に照らされた兄の泣きボクロにそっと指を乗せた。
――兄さんは俺のものだ。絶対逃してなんかやらないし一生縛り付ける。
穴が開くくらい俺は兄の寝顔を見つめ、そういえばキスなんてしたことがなかったと思い唇を近付けたら、反射的なものなのか顔をそむけたのでアゴを掴んで固定して無理やりした。
「……琥珀?」
まだぼんやりしているであろう兄の意識を俺に向けるために舌をねじこんでかき回すと応じてきた。朝起きたばかりの人間の口内の細菌はとかなんとかいう知識が頭をよぎったがそんなもの俺と兄の間ではもう関係ない。
「んっ……んんっ……」
俺は兄をどんどん追い詰めて朝っぱらから一発やった。そうこうしているうちに夏期講習の時間になったがもう行く気は失せていた。
兄がコンビニに行くと言って服をかき集めだしたので俺は言った。
「俺も行く」
「えっ、いや、一人で行きたいんだけど」
「どうして。この期に及んでまだ隠し事する気?」
「それは……その……」
タバコだった。兄は最近吸い始めたらしくコンビニの裏で一服するようになったのだとか。俺も着いていき兄が口をつけたものを奪って吸った。
「けほっ……けほっ、けほっ」
「ああ……琥珀、やめなって。見つかったら僕まで怒られるし」
その日からだった。俺は夏期講習には気まぐれにしか行かなくなり兄を求めた。俺の穴も拡げるようになった。時折コンビニに行き一口だけ吸わせてもらうのだがその時の兄はもう全てを諦めたような顔をしていた。
夏らしいことなんて何一つしないまま夏休みは終わり二学期になった。
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