02

「ごめん、琥珀、ごめんっ」

「何でこんなことしてんのか白状しろよ。わざわざ弟の部屋で」


 兄は俺の枕に顔を押し付けていたらしくて少しへこんでいた。そこから広がるのは虫唾の走る想像だ。


「ほら、言えよ。言えって」

「ごめん……琥珀の匂いかぎながら……オナニーしてた……」

「この変態が」


 頬を平手で打つと兄は情けなく泣き始めた。


「ごめん……ごめん……ごめんなさいっ……」

「初めてじゃないだろ。いつからこんなことしてたんだよ。吐けよ」

「こ、琥珀が、中学生くらいの時から……」


 兄にも当然性欲というものがあるということは頭ではわかっていたけれど深く考えたことなどなかったし、それが俺に向けられていただなんて青天の霹靂だった。まあ今日は朝から雨がざあざあ振りだったわけだが。


「気分悪くて帰ってきたんだよ……どけよ、寝るから」

「ごめん、本当にごめん」


 ――ごめんしか言えなくなったのかよ。


 兄はびぃびぃ泣きながら出ていってベッドが空いた。ついさっきまで兄がここでおぞましいことをしていたのだがもう体力は限界だ。ベッドにうつ伏せになって目を閉じてそのまま眠った。


「……琥珀。晩ごはんだけど。食べられそう?」


 兄のいつもの優しい声かけに俺もいつも通り返そうとしたのだが、たちまち眠る前のことを思い出して舌打ちをしてしまった。


「食うよ。今日は何?」

「うどん……大丈夫そう?」

「うん」


 沈黙が支配した食卓だった。兄の作るうどんはあんなことがあっても美味しかったし汁まで全てすすった。食べている間に考えもまとまってきて洗い物を始めた兄にこう声をかけた。


「それ終わったらちゃんと話し合おうか」

「うん……」


 ソファに並んで座って俺は問いかけた。


「兄さんってさぁ……俺のこと、そういう目で見てたってわけだよね、俺が中学生の時から。何なの? どうしてなの?」

「わかんない……わかんないんだ……でも、我慢できなくて……つい……」

「尻に突っ込んでたってことは、俺にそうされたいって思ってたってこと?」

「言いたくない……」


 俺は兄の頬をつねった。


「言え」

「わ、わかった、言うから手ぇ離して……」


 また、兄の目には涙が溜まってきた。


「琥珀に……挿れてもらうこと……妄想してた……」

「はぁ……とんだ変態だな。あんな物まで買ってさ。で? 穴拡がってるってわけ?」

「多分……」

「ふぅん」


 俺は兄の手の甲に爪を立てた。


「じゃあ、今からぶち込ませろよ。そうされたかったんだろ」

「えっ、そんな、えっ」

「お望み通りにしてやるって言ってんだよ」

「でも、その、準備とか」

「してこいよ。俺自分の部屋で待ってるから」


 そう言い捨てて立ち上がった。

 ベッドに寝転んで天井を睨みつけた。俺はあの醜態を見た瞬間、兄に対する信頼がガラガラ崩れ去ったと同時に……どす黒い感情が生まれてしまったのだ。


「琥珀……」


 しばらくして兄が入ってきた。俺は身を起こしてベッドに隙間を作って兄を座らせた。


「ねぇ、琥珀、本当にするの。僕が言えたことじゃないけど、兄弟だよ、本当にしちゃったら後戻りできなくなるよ」

「うるせぇな。俺はもう、兄さんのこと性欲処理の道具にすることにしたから。ほら、さっさと尻出せよ」


 兄は観念したかのように髪を束ねていたヘアゴムを外した。兄を仰向けにさせて足を開かせ、生で中出しした。俺にとっては初めてのセックスだった。兄を犯してしまうと全能感に満ち溢れた。これは父への当てつけでもあった。


「……兄さん。俺がやりたい時は必ずやらせろよ。いつでも準備しとけよな」

「こ、琥珀……」

「何だよ。嬉しくないの? ちゃんと入ったし、それだけ一人でやりまくってたんだろ?」

「う……嬉しいよ……」


 俺は兄を追い出して余韻にひたった。俺の親代わりだった兄。いつでも優しかった兄。その仮面がはがれてさらに引っ掻き回してやったのだ。


「ははっ……はっ……」


 笑いが止まらなかった。兄だって俺が初めてだったはず。最初は苦悶に顔が歪み必死に呼吸して痛みを逃がそうとしているように見えたのだ。

 一度やったことなのだから二度も三度もそれ以上も同じだった。俺はありとあらゆる体位を試して兄を犯した。コンドームなんて使ってやらなかった。

 兄を犯すようになってから勉強がはかどった。誰にも言えない秘密を抱えたことはかえって日常生活を送るのにいいスパイスになったのだ。


「琥珀っ……好きだよ……」


 兄は徐々に素直になってきて自分から腰を振ることさえあった。長い黒髪がバサリと揺れるのがたまらなくそそり、終わって手櫛でといてやるようになった。


「兄さん。兄さんは、俺の世話と性欲処理だけしていればいいんだからね。それが兄さんが生きている理由だ」


 どの世界にも爪弾きにされた兄を俺が唯一受け入れたのだ。感謝されるべきだと思った。


「うん……ごめんね、琥珀……」


 あの日から兄の口癖は「ごめん」になりそれが鬱陶しかったが本人にとっては言えば気が楽になる呪文なのだろうと思い好きにさせた。

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