エピローグ

「ねえ、ミレーヌ……破壊の星の話は、もう聞いた?」

 トラヴィスに抱きしめられたまま、ミレーヌは少しだけと答えた。


「あなたが持っているという、星でしょ?」


「そう……その星を持って産まれてきた者はね、生まれた瞬間から、この世を破壊する使命を背負っているんだ」

 そう言いながら彼は、大切な宝物に触れるように、ミレーヌの髪を撫でる。


「自分の意思とも違う、何かがふいに耳元で囁いてくる。全てを壊せ、破壊しろって」

 そっと顔を上げると、こちらを見つめる彼の目が救いを求めているようで、逸らせなくなった。


「だからオレは、全てを破壊したくなる。キミはそんな星を持って生まれた魔族を、唯一封じられる星を持って生まれた聖女なんだよ」

「でも……わたしにはないわ、そんな力」


 この国に来てから、他の人にもそう呼ばれていたけれど、自覚はない。

 魔法使いの才能だって、弟のキアしか両親から受け継がなかったのに。


「そんなことないよ。まだ、ちゃんと目覚めてないだけだ」


 優しく、愛おしげに彼はミレーヌの頬に触れた。

 でも、彼の次の言葉は、そんな触れ方とは裏腹だった。


「清らかで優しくて、そんなキミを壊したい」

「っ――」


 抵抗する間もなく引寄せられ、首筋に噛みつかれたミレーヌは表情を強張らせる。

 また、トラヴィスの魔力が流し込まれているのだと分かる。


 しかしトラヴィスは、すぐに口を離し「ごめん」と切なげに呟き、ミレーヌを突き放した。


「キミも壊せと星は囁くけれど……オレの心はそれを無理だと拒むんだ」

「トラヴィス……」


「オレは、たぶん……キミのことが、好きなんだと思う」

「っ……」


 愛してるけど、壊したい。彼は、そんな衝動を、持て余しているようだった。


「キミがいつ覚醒するのかは、分からないから……もし、またオレが星の声に負けて、キミに手を掛けようとしたら、この剣で止めて」

 トラヴィスは、懐から取り出した短剣を、ミレーヌに握らせる。


「これって……」

「オレは、もうなにも破壊したくない……それが、本音」

 そう言ってトラヴィスは笑うけれど、そんなことできないと、ミレーヌは泣きたくなった。


 きっと今なら、彼を殺せる。

 そうすれば、村は元に戻るのだろうか?

 本当に、村を氷漬けにしたのは、彼なのだろうか?


 分からなくなってきた。もう、なにも壊したくないと願う、彼の言葉を信じるならば。


「また、泣きそうな顔してる」

「……トラヴィスのせいよ」

「おかしいな……キミを大切にしたいのに。愛そうと、すればするほど泣かせちゃうんだ」


 きっと、魔族と人間では、価値観も愛し方も、なにもかも違うのだ。

 そんな人を想っても、幸せになんてなれないと、本能が警告を鳴らす……。


「トラヴィスの愛情表現は、わたしには刺激が強すぎて、理解できない」


「そう……じゃあ、教えて。オレに、人間の女の子の愛し方を」

 そう言って、トラヴィスは愛おしそうにミレーヌを見つめる。


 なんて残酷な魔族なのだと思った。

 自分を殺してと言った口で、愛し方を教えてと言うのだ。


 もし、もしも……自分たちが、心から結ばれ愛し合ってしまったその時、星が囁やき終わりがきたらどうする気なんだろう。


「っ……教えてあげない」

「どうして?」

「あなたを……好きになるのが、怖いから」

「……そっか」


 ミレーヌの気持ちを、察したのかは分からないけれど、トラヴィスは優しく笑って、もう一度抱きしめてきた。


「じゃあ、好きにならなくてもいい。けど、側にいてよ」

 そう言いながらトラヴィスは、それも拒まれると思っていたようだったけど、ミレーヌの言葉は違った。


「それは……もし村を、救ってくれたら。考えてあげる」


「本当に? 村を戻したら、キミが帰っちゃうと思ってたけど。それなら……必ず犯人を見つけてあげるから、少し待ってて」


 その口振りから、やはり、犯人はトラヴィスじゃないのかもしれない。


 でも、彼は嘘つきだから分からない。


「約束よ」

「ああ、約束」


 答えを出せぬまま、今だけは許してほしいと、ミレーヌは考えるのをやめ、目を閉じてトラヴィスを抱き返した。


 彼の持つ星が、もう破壊の言葉を囁かないよう守るように。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


中編コンテスト応募作品のため、ここで完結とさせていただきます。

ここまでお読みいただき、ありがとうごさいました!

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空から降ってきた美青年を拾ったら、魔族の国の王子様でした 桜月ことは @s_motiko21

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