同じ立場ゆえに愛し合うことができる

三鹿ショート

同じ立場ゆえに愛し合うことができる

 私の娘は、本当に私の娘なのだろうか。

 そのような思考を抱いた理由は、私の娘の出来があまりにも悪かったからだ。

 私は幼少の時分より、他の追随を許さぬほどに、学業成績が良く、身体的な能力にも優れていた。

 だが、私の娘は、努力はしているものの常に底辺でもがくばかりであるために、自分の娘であるということを他者に紹介することに対して、私は恥を感じている。

 ゆえに、私が娘との血のつながりに疑問を抱いてしまうことは、当然のことといえるだろう。

 可能性として、私の娘は、何者によって作られたのだろうか。

 真っ先に浮かんだ人間は、私の弟である。

 私の弟は、図体ばかりが大きいだけで、まさに独活の大木だった。

 周囲からの揶揄に言い返すこともせず、ただ涙を流していた弟について、私は情けなく思っていたのだが、私の妻だけは、弟のことを可愛がっていた。

 妻にとって私の弟は、愛玩動物のようなものだったのかもしれないが、仲が良いことについては否定することはできない。

 だからこそ、二人が密かに身体を重ねていたとしても、不思議なことではなく、同時に、弟が娘の父親であるのならば、父と子が揃って出来が悪いことにも納得することができる。

 しかし、二人を問い詰めたところで、真実を口にするとは考えられない。

 専門の機関に私と娘との繋がりを調べてもらうということが手っ取り早いのだが、私は二の足を踏んでいた。

 何故なら、私と娘が本当に父と子の関係だったということが判明すれば、自分から出来の悪い存在が誕生したということになり、その事実は、これ以上は無いほどの不名誉だからである。

 ゆえに、私は動くことができなかった。

 悶々とした日々を過ごしていたことが影響したのだろう、彼女から私の妻と弟の関係について聞かされたとき、私は疑うこともなく、その話に聞き入ってしまうことになったのだ。


***


 彼女は、私の弟の妻らしい。

 私が驚きを隠すことができなかったのは、弟の結婚を知らなかったということに加えて、彼女が佳人だったからだ。

 彼女は笑みを浮かべながら弟との馴れ初めを語っていたのだが、やがてその表情が曇り始めた。

 それは、自分の夫と見知らぬ女性が、手を繋ぎながら宿泊施設に姿を消したということを話していることが理由だろう。

 彼女は現実を信ずることが出来ず、別の人間と見間違えたのだろうと考え、その場を後にしたらしい。

 だが、出張から帰宅した彼女が寝室で自分たち夫婦以外の匂いを嗅ぎ、使用した記憶が無い避妊具が塵箱に捨ててあったことなどから、自分が目にしたものは間違っていないということを認めなければならなくなってしまったのだ。

 彼女が涙を流しながら私にそのようなことを話した理由は、夫と共に宿泊施設に姿を消したという女性を調べたところ、私の妻であることが判明したからだった。

 彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべながら、私に伝えるべきかどうかを悩んだと話しているが、私は安堵していた。

 勿論、裏切られたということに対する怒りは存在しているが、弟が娘の父親である可能性が高まったことに対する喜びが勝っていたのである。

 彼女に問うたところ、私の娘が誕生する以前から夫の疑わしい言動を確認していたということだったために、私の喜びは強まった。

 しかし、其処で、私は疑問を抱いた。

 私の妻と私の弟の不貞行為に加えて、娘の父親が判明したところで、これから私は、どのように行動するべきなのだろうか。

 二人を糾弾することも考えたが、その結果、私の前から妻と弟が逃げ、そのことが衆知の話と化せば、私は弟に妻を寝取られ、別の人間の娘を育てていた間抜けな人間だと評価されてしまうのではないか。

 そのような未来は、避けなければならない。

 だが、このまま黙って見過ごすということは、気にくわなかった。

 どのようにするべきかと身の振り方を考えながら、私は眼前の彼女を眺めた。

 不出来な弟には不釣り合いなほどに美しい彼女もまた、私の妻と弟による不貞行為の被害者である。

 つまり、私や彼女の気持ちを理解することができるのは、我々のみということになる。

 傷ついた心を癒やすことができるのは、私と彼女だけなのだ。

 私は他者を安心させるような笑みを浮かべながら、彼女の手を握った。

 目に涙を浮かべながら私を見つめる彼女に対して、私は口を動かした。

「先に裏切ったのは、彼らの方なのです。それならば、我々もまた同様の行為に及んだとしても、彼らは我々のことを責められるような立場ではないでしょう」

 その言葉の真意を悟ったのか、彼女は顔を赤らめながら、首肯を返した。


***


 他者の趣味に口を出す気はさらさら無いが、彼女の趣味は、意外なものだった。

 彼女は、暴力的にと同時に、変態的に愛されるということに、至上の快楽を覚えるらしい。

 出会ったことが無かった種類の人間だったために、私は興味をそそられた。

 ゆえに、私は彼女の望みに応えることにしたのだ。

 抜けてしまうのではないかと思うほどに髪の毛を引っ張り、呼吸が停止するほどに首を絞め、一糸まとわぬ格好で夜の公園を歩かせては、電信柱に向かって用を足すように求めた。

 他にも数多くの暴力的、変態的な行為に及び、それらの様子を、私は撮影した。

 それは私の趣味ではなく、彼女が独りで愉しむために撮影してほしいと求めてきたからだった。

 最初は興味本位での行為だったが、今では彼女との時間を愉しむ自分が存在している。

 この関係が何時まで続くのかなど、私は考えていなかった。

 ただ、眼前の快楽を貪っていたのだ。

 そのためか、私は物陰から飛び出してきた人間に気が付くことができなかった。

 その人間は私を地面に押し倒すと、私の顔面を殴り始めた。

 突然の出来事だったために判断が遅れたが、やがて私は反撃を開始しようとした。

 しかし、彼我の体格にあまりにも差異が存在していたためか、私が非力な子どもと化したかのように、まるで歯が立たなかった。

 このまま生命を奪われてしまうのではないかということを考え始めたとき、突如として相手が私に覆い被さったかと思うと、そのまま動くことがなくなった。

 相手を退かしたところで、その人間が私の弟であることに、ようやく気が付いた。

 おそらく、自分の妻が虐げられていると錯覚したために、私に襲いかかってきたのだろう。

 だが、動きが停止した理由は不明だった。

 痛む頬を摩りながら弟に目を向けると、その後頭部からは血液が流れていた。

 近くに血液が付着した石が転がっていたことを考えると、どうやらこれで殴られたらしい。

 私を救出するために、何者かが行動してくれたのだろうか。

 状況を考えると、その人間は、彼女だろう。

 私は彼女に感謝の言葉を伝えようとしたが、近くにその姿は無かった。

 何処かに隠れているのだろうかと周囲に目を向けようとしたところで、私の意識は、其処で途絶えた。

 意識を失う直前、石を手にした彼女の姿を目にしたような気がするが、それは本物だったのだろうか。


***


「これから一人で娘を育てるなど、不安で仕方がありません。どうすれば良いのでしょうか」

「そのようなときにこそ、友人である私を頼ってください。私に子育ての経験はありませんが、私に出来ることがあれば、何でも実行しましょう」

「ですが、あなたもまた、私と同じように夫を殺められてしまったでしょう。私の夫はともかく、心優しいあなたの夫がこの世を去ってしまったことは、同じ立場だったのならば、耐えることはできません」

「夫ならば、今は悲しむことよりも、あなたの不安を取り除くことに注力することでしょう」

「確かに、あの人ならば、そのように考えるでしょう。ですが、あなたも辛いときには辛いと主張してください。あなたが私を支えてくれるように、私もまた、微力ながらあなたのことを支えたいのです」

「では、その言葉に甘えるとしましょう。不謹慎ですが、学生時代に戻ったかのような感覚で、懐かしいです」

「あの頃に比べると、考えるべきことが多くなり、息苦しさも感じますが、再びあなたと共に同じ時間を過ごすことができるとは、確かに嬉しく思います」

「その時間を取り戻すことができたという点については、我々の夫を殺めた人間に感謝しても良いでしょう」

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