第6話:百年后相遇

 明超が帰ってきてから、戻ったことと、変わったことがある。


 戻ったのは、明るい日常。

 たらふく料理を食べ、楽しそうに語る明超の帰還を母は喜び、日々の食事がより楽しく明るくなった。

 桑縁も明超がいないあいだは気分がすぐれずに、ずっと鬱々としていたが、いまは晴れ渡る空のように清々しい気持ちで一杯だ。


 変わったことは、黄豆こうずが我が家に住み着くようになったこと。彼は桑縁の護衛だそうだから、家にいるのは自然な流れだろう。桑縁としても、ついでに母のことを守ってくれるなら、黄豆こうずには頑張ってもらいたいと思っている。

 黄豆こうずは幽鬼であったが、冥府で陽間こっちでの役目を貰ったことにより、生きた犬と何ら変わりない状態になっているそうだ。もちろん本当の生者ではなく、あくまで見かけだけ。それは明超も同様で、冷たかった彼の身体は、いまでは温かさと鼓動を感じることができる。肌も以前より血色が良くなって、彼の健康的な魅力がいっそう増していた。――どうりで先日身体を重ねたときは、彼から温かさを感じたわけだ。

 桑縁にとって、偽りでも嬉しい変化だった。


「長くこの国にいるなら、冥府の人間だとバレたら駄目だからな。幽鬼のままじゃ、道士に見つかったら面倒だしさ」


 それでも、正式な冥官なのだから、道士にどうこうできるわけじゃない、と明超は不敵に微笑む。冥府では生前多大に悪事を働いたものなどを、あらかじめ調査し、ときには罰を生きているあいだに受けさせたりもする――だから、直属の部下である明超が赴くのもやぶさかではないそうだ。東嶽廟とうがくびょうは庚央府にもあるから、冥府を行き来するのも容易らしい。つまり、うってつけの条件が重なっているということ。

 無茶をさせたのではないかとずいぶん心配していた桑縁だったが、明超の話を聞いて、少しだけ安堵した。

 時間があるときは、二人で水連棚に行き義鷹侠士の劇を見る。以前の物語も、三代目の物語も。

 たとえ内容が盛られていたとしても、それもまた、楽しみの一つになった。


 そして、夜には二人で星を観る。

 既に日々の観測記録もつけ終えたあと。二人で寄り添い、星を見あげている。明超が覚えたのは北辰と大火くらいなものだったが、それでも二人には十分すぎるほど。

 桑縁を包む明超の身体は温かい。その温かさは偽物だが、桑縁にとっては本物だ。彼の胸に顔を埋め、思いの丈を言葉に変える。


「この国があったから、僕は生まれ、貴方に出逢うことができました。でも、できるなら……生きた貴方に逢いたかった。でも……」


 しかしおそらくそれは、不可能なことであっただろう。祖父から明超の話を聞いたこと、一日も欠かすことなく明超のために冥銭を燃やし続けたこと。

 そして桑縁が殴られたこと――どこかで何かが異なっていたら、この出会いは訪れなかったはずだ。だから、彼が幽鬼であったことは、悔しくて悲しいが、それが運命だったのだと理解せざるを得ない。


「その先は、言わなくても分かってるよ」


 明超の言葉は、多分本当だ。言葉で伝えなくとも気持ちは伝わっている。――いまはこうして生者と死者とで分かたれてはいるが、百年先には同じ場所に辿り着く。こうして隔てられている現在でさえも、二人でいることが許されるのだから、不満などあるはずもない。ただ彼の側にいられるだけで十分幸せだ。


「明超」


 桑縁が呼べば、明超が見る。吸い込まれそうなほど広く深い、瞳の中で瞬く星空を見つめながら、ゆっくりと彼の唇に己の唇を重ねた。



<了>

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星詠みは幽鬼の侠客と謎を解く ぎん @tapoDK5W0gwakd

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