人形使い《パペティア》の僕と操り人形《マリオネット》の少女〜呪縛の糸を切り、自由の糸を繋ぐ〜

ネリムZ

屋上から始まる不思議の出逢い

 僕は人形を使って小さな劇をするのが好きだ。

 僕が劇をする度に両親が笑顔になって、いっぱい褒めてくれた。

 毎日楽しくて、将来は人形劇で色んな人に笑顔になって貰う。


 そんな子供のような可愛らしい夢を持っていた。


 小学生の時、両親が喧嘩した。

 いつもの夫婦喧嘩では無かったが、当時の僕には分からなかった。


 喧嘩の理由は父の不倫。

 そうとも知らず、笑顔になって貰おうといつもの人形劇をしてみた。

 家族仲良く暮らす、在り来りな物語。


 「今は構ってる暇無いの! あっち行ってて!」


 「⋯⋯ぇ」


 取り付く島もない喧嘩の中、僕は母の言葉に絶望していた。

 いつもなら笑顔になってくれたのに、邪魔だと言われたのだ。

 その時から僕は、人前で人形劇をする事は無くなった。


 結局両親は離婚し、僕は母に引き取られ、今は普通の高校生をエンジョイしている。


 「神風かみかぜ〜俺の嫁を直してくれ〜」


 「これはだいぶ酷く損壊してらっしゃる」


 クラスメイトの友達が大好きなアニメのキャラのフィギュアを持って来た。

 腕がへし折れており、無惨な姿となっていた。


 「踏まれた?」


 「ああ。地面に落ちてるの気付かずな。頼む!」


 両手を合わされて懇願された。

 この程度ならすぐに直せると思い、僕は引き受ける事にした。


 「ありがとう感謝するぜ! さすがは俺の親友! 神威かむいさんだ!」


 「調子の良い事言いやがって。修理費は貰うからな」


 「もちろんだぜ! ありがとよ」


 僕は手先が器用だからこう言うのを良く任される。


 「かむくーん」


 今度はクラスメイトの女子が話しかけて来る。


 「ちょっと待ってね」


 僕は託された猫のぬいぐるみを取り出す。

 鋭利な物に引っ掛けて破れてしまったのを修理した。


 「わぁああ! ありがとう。本当に。これ、おじいちゃんが最後にくれたプレゼントで、家族に壊れた事言うのも嫌でね。ほんと、ありがとう!」


 「良いよ」


 「おい! 女相手はタダかよ!」


 「思い出支払いだよ」


 「俺の嫁はダメってのか!」


 皆と笑いながら、今を楽しんだ。

 僕の日常。

 充実した日々だと言える。


 「おい神威。見ろよ、神宮寺さんだ」


 「ほんとだ」


 神宮寺じんぐうじ星羅せいらさん、俗に言う学校のマドンナだ。

 冷徹な表情を崩さず、誰もが笑った顔を見た事が無い。

 銀髪碧眼、整った顔立ちとモデル顔負けのスタイル。

 さらにテストの点数も高く運動神経抜群、成績優秀で文武両道の優等生。

 凛々しさも相まってザ、クール女子だ。


 誰もが羨望と畏怖の眼差しを向ける高嶺の花は家族にも恵まれている。

 神宮寺財閥と呼ばれる資産家の一人娘。


 「良いよな」


 「神威もやっぱり面食いか」


 両親が2人揃って、何不自由無い生活を謳歌できる。

 大好きだった物を否定される事も、家族の輪が崩壊する事も無い。

 羨ましい。


 「神威ならワンチャンあるんじゃないか? 告って見ろよ」


 「嫌だよお前が行け」


 「ふつ。舐めるな。4回惨敗しているのに未だに名前どころか顔すら覚えられてない」


 「そ、そうか」


 鼻で笑いながら自虐的に言う友に僕は修理費をタダにする事を約束した。

 嬉しくなさそうだったが。


 放課後になり、僕は1人になるべく屋上へと向かった。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 父は財閥の当主だ。

 財力も権力もある偉大な人だ。

 しかし、子供の出来にくい体で私が唯一の血の繋がりのある子供である。


 両親は継がせるために私に期待し、力を注いでくれた。

 両親の愛情だと思い、私はただ指示に従う。


 「今日は英語、ドイツ語、数学を勉強しなさい。特に前回のテストで数学は満点を逃している。重点的に。お風呂は今から30分で終わらせなさい。睡眠は今回のタスクを完了してからだ」


 「はい」


 父に学校が終わった後の予定を決められ、私は素直に従う。

 予備校などには通わず、優秀な家庭教師が毎日やって来る。

 沢山の家庭教師。両親よりも顔を会わす時間が長い程だ。


 私は優秀な人間では無くてはならない。

 学業も運動も、さらには経済や法律などの勉強も小さい頃から叩き込まれている。

 皆が公園で遊んでいる時、私は本業の弁護士から法律を学んだ。


 両親は優秀である事を『当たり前』とし、そうじゃない場合は失望される。

 褒められた事は無いが、呆れや失望は何回かされた事がある。

 その度に頑張ろうとは⋯⋯思わなかった。


 分からなくなったのだ。


 何が辛いのか、どのように頑張れば良いのか、毎日食べる料理人が作る栄養バランスを考えられたご飯の味。


 分からないし感じない。


 父の指示通りにしか生きる事を許されない私に心は必要無いのかもしれない。


 世の中ではこれを奴隷⋯⋯と呼ぶのだろうか。


 奴隷は良くないので、『人形』とでも言っておこう。


 私は父の跡を継ぐために存在する、『操り人形マリオネット』だ。


 ⋯⋯そんな私でも高校生活をやっている。

 移動教室、廊下を歩いている時無駄に騒がしい声が聞こえる。


 神風神威、私が数少ない名前と顔を一致させ覚えている生徒だ。

 彼はいつも誰かに囲まれている。頼られている。

 いつも楽しそうでニコニコしている彼を見ていると、私もまだ人間だと認識できる。


 なぜなら、羨ましいと感じるからだ。

 自由で皆に頼られる彼が。


 私は周りに避けられ、視線を向けられるだけの見世物だ。

 頼られるのでは無く命令される存在。


 きっと彼は心が壊れるような出来事が無く、何不自由の無い幸せな人生を謳歌しているのだろう。

 羨ましい、なんて思っている心が邪魔だと感じるのは何故だろうか。


 私は放課後、僅かにある時間は休憩するために屋上に行く。

 今日も時間があるので、休憩のために屋上に向かう。

 家に帰れば、勉強が待っているから。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 「これがこの島の秘宝。これで世界に笑顔が戻るんだ!」


 小さな人形劇を屋上でやる。

 魔王のせいで世界から笑顔が消えた。

 唯一笑顔を浮かべられる勇者が世界に笑顔を取り戻すため、魔王の力を消せる秘宝を探す物語。


 マリオネットを使っている。

 誰かに見せる訳でも無い。見せても僕の人形劇では笑顔に出来ないから。

 ただ、自己満足する為に誰も来ない屋上でやっている。


 何故屋上に人が来ないかと言うと、掃除されないからかなり汚くて誰も来ない。

 本当なら鍵が閉められ入れない場所だが、普通に開いたまま放置されているのを発見してから掃除し、僕がひっそり使ってる。


 「以上⋯⋯ありがとうございました」


 ぺこりと人形で頭を倒すと、パチパチと拍手の音が聞こえた。


 「凄い。糸で操ってるとは思えなかった」


 「⋯⋯」


 「どうしたの?」


 目の前で座り、スマホのカメラで録画していたと思われる。

 人形劇に集中して一切気づかなかった。

 ⋯⋯と言うか、どうして屋上に?


 そもそも、まさかこの人が来るとは思わなかった。


 「神宮寺さん、どうしてここに」


 「家に帰ると勉強しなくちゃいけないから。迎えが来るまでの休憩時間にここに来るの。神風さんは?」


 どうして僕の名前を!


 混乱しながらも僕は神宮寺さんの質問に返事をする。


 「見ての通り人形劇をやりに。家でやりたくないから」


 「どこかでやるの?」


 「ううん。やらない」


 僕は顔を横に振って否定する。


 「どうして? とても面白かったよ」


 一切笑みを作らずに言われても説得力は無い。

 茶化されているのだろうか?

 神宮寺さんの情報は基本的に外見メインで中身は告白をバッサリ断ってる事くらいしか知らない。

 良いも悪いも分からない。


 だから僕はなんて言えば良いか困る。

 身の上話をするつもりも無い。


 「⋯⋯私、気に触る事を言ってしまった? ごめんなさい。あまり、人の心が分からなくて」


 「いや、そんなんじゃ⋯⋯まだ時間ありますか?」


 「うん。まだあるよ」


 何を始めるのだろう、そんな風に考えているのだろうか。

 表情が変わらないので分からないが、僕は鞄から3個のマリオネットを取り出す。

 大人の男と女、1人の少年。


 「これは昔、良く喧嘩する夫婦と人形劇が好きな少年がいました」


 「いきなりだね。楽しみ」


 「もう、ちゃんと節約してよ。してるだろ! 俺の金だ!」


 母と父の喧嘩。

 金銭的余裕の無い家庭には良くある話だろう。


 「両親の喧嘩を終わらせる方法を少年は持っていました。それが人形劇です。ほら、二人とも見て。僕こんなに上手くなったんだよ」


 人形劇をすると両親は少年の方に目を向け、喧嘩はピタリと終わる。

 そして人形劇の上手さを褒めて仲直りするのだ。


 「僕の人形劇で笑顔になるパパとママが好き。だから喧嘩しないで」


 神宮寺さんは何も言わず、黙って人形劇を見てくれている。

 真剣なのか、視線は一切動かないし瞬きする様子も見えない。

 精密に作られた顔立ちのせいか、その姿が人形のように見えた。


 「ある時、父は他の女性と体の関係を持ちました」


 「いきなりヘビー。子供には見せられないね」


 そもそも子供に見せる物じゃないし。


 「この日の喧嘩は過去に類を見ないモノとなりましたが、少年は分からずにいつものように喧嘩を止めようと人形劇をします」


 「頑張れ少年」


 「ほら見て。僕もっと上手くなったんだよ。⋯⋯しかし、二人は視線を動かす素振りすらありませんでした。どうして、もっと見てよ、少年は必死に呼びかけます」


 段々と僕の声も震えてくる。

 過去の光景が蘇って来る。


 眉を寄せながら、喉が潰れそうな程に重く感じるが、必死に言葉を出す。


 「今は構っている暇無いの。あっち行ってて。少年の言葉に返ってきたのは残酷な言葉でした。人形劇では両親の喧嘩は終わりません。笑顔にはなりません。少年は人形劇をするのを止めました。終わり」


 「⋯⋯これで、終わり?」


 「終わり。少年の物語はここで終わりだ」


 「その少年は、神風さんなの?」


 「だと、したら」


 神宮寺さんはおもむろに人形に人差し指を向けた。

 そして小さく一言、呟く。


 「これが私」


 「母?」


 え、神宮寺さんって子供いたの?


 「私はマリオネット。操り人形なんだ」


 「え?」


 「私、神風さんの事誤解してた。何不自由無く人生に辛い事なんて無いって、思ってた」


 「どうして?」


 「いつも楽しそうに笑って、色んな人に囲まれているから。だから、誤解してた」


 「そうか。それで、マリオネットって?」


 僕は気になった事を問う。

 いきなり誤解云々の話になったが、話を戻す。

 ただ、僕は何となく分かっているんだと思う。


 僕の名前を知っていて、僕の事を知っている。

 しかも見ただけの情報でしか知らない。

 それは僕と一緒だ。


 きっと僕も神宮寺さんの事を誤解している。

 聞きたい。彼女の事を。


 「私は、父の跡を継ぐために作られた子供。両親の理想である優秀な人になるために育てられてる。勉強量、運動量、体調管理、友人関係その他諸々。全て家族に管理されている。私は指示通りに動くだけ。だから、マリオネット」


 淡々と話された内容は虐待に近いモノだった。

 だが、虐待を虐待だと思っていない神宮寺さん。


 無表情なのは性格からではなく、生活環境から来るものだ。

 彼女は人形だ。

 両親に理想の形で作られる人の形をした道具⋯⋯人形なんだ。


 「君は⋯⋯心が壊れてるんだね」


 「どうして、そう思うの?」


 「今の話を聞いて、そう思った。凄く、辛い話だ。⋯⋯僕も誤解していた。両親に恵まれ金銭的余裕もあって、自由に生きてるんだって思ってた。でも違うんだね。誰よりも不自由だ」


 「そうかもね。私はもう、この人生を受け入れてしまったけど。そろそろ行かなくちゃ。また、見せて欲しい。少し、楽しいと感じたと思うから」


 「分かった」


 僕達は分かれ、数日後に屋上で再会した。


 今回は前回よりも多い人形を持って来た。

 出来る限り色んな劇をしようと思ったので、背景も用意してある。


 「凝ってるね」


 「僅かしかない休憩の時間なんでしょ? だったら少しでも良いモノにしたくてね。僕なりのサービスだよ」


 スーパーで売っている紅茶を差し出す。

 優しく口を付けながら飲み込んでくれる。


 「口に合わない?」


 「私、味が分からないの」


 「そうなの? じゃあ今度は匂いを楽しめるものを用意するね」


 精神的なものだと推測される。

 小さい頃から両親の理想を押し付けられ作り出されたのだから。

 人形に味覚は無い。


 色々な話を終えると、事務的に拍手をくれる。

 面白い、と口にはしてくれるが実際どれくらい心を動かしてくれてるか分からない。


 「⋯⋯楽しそうだね」


 「え?」


 「神風さんは人に劇を見せるのが好きなんだね」


 スーっと心が冷えて行くのを感じる。


 「⋯⋯」


 言いかけた言葉を堪え、呑み込んだ。

 今の空気を壊すのは得策では無い。


 「そうだね。それと、堅苦しいから神威で良いよ。呼び捨てで構わない」


 「私も長いからね、星羅で良い」


 「そうさせて貰う。時間は大丈夫?」


 「⋯⋯そろそろいかないとだ。また次ね。楽しみにしてる」


 手を振りながら屋上を去って行く。

 何故だが、少しだけその背中が小さく見えた。


 気配が完全に消えてから、僕は仰向けに倒れる。


 「好き⋯⋯ってちゃんと言えなかった」


 僕は⋯⋯人形劇が好きだった。

 僕の劇で笑顔になる両親。だから好きだった。

 でも、笑顔にならなかった。


 そんな僕が、人形劇を好きだと言えるのだろうか。


 「言えない、よな」


 自嘲気味に笑い、片付けをしてから屋上を後にした。


 数ヶ月後、この関係も続いている。

 数十回と人形劇を見せて、ネタ切れと突入した。

 校内で話す事は無いので僕達の関係は周知されておらず、特に噂が立つ事は無かった。


 「神威〜今日カラオケ行かね?」


 「え?」


 「最近お前と遊べてないじゃん? 遊びてぇんだよ」


 今日は星羅に人形劇を見せる約束をしている。

 どうしようかと悩んでいると、クラスメイトの1人が元気に友達と話す。


 「神宮寺さんが野球部のエースに公開告白されるらしいぞ! 見に行こうぜ!」


 「まじか! あのイケメンならもしかして⋯⋯行くぜ!」


 そんな会話が聞こえて来る。

 今日ある僅かな時間は告白で消えそう⋯⋯か。


 「カラオケ行くよ」


 「うっし。告白見に行く?」


 顔を合わせる度に、劇の準備中に雑談を星羅とする。

 彼女は自分が見世物になっている自覚をしていた⋯⋯きっと星羅はそれが嫌なんだ。

 僕を羨む理由はきっと、友達が欲しいから。周りに人がいて欲しいんだ。

 遠くから見られる見世物は嫌だろう。星羅じゃなくても皆見世物は嫌だろう。


 だから僕がする選択肢は1つ。


 「止めとこう。公開告白って言ってるけど、その認識があるのはキャプテンの方だけだろうし、神宮寺さんも嫌だと思うからさ」


 「神威が言うならそうだろうな。じゃ、直行でカラオケに行くぜ! 皆も行くぜ〜!」


 「僕の言葉を信じ過ぎじゃないか?」


 「でも実際そうだろうが。お前、人が辛い時とかすぐに気づくからさ」


 「⋯⋯そうでも無いよ」


 確かに、そう言うイベントは何回かあったけど。

 僕はそんな観察眼に優れていない。実際、星羅の事を全然分からなかったから。


 カラオケで喉を痛めた翌日、僕のクラスに星羅がやって来た。

 しかも、僕の目の前で僕を無言で真顔で見下ろしている。


 知っているか?

 人に1番圧力を与えるには無言と真顔でジーッと見つめる事なんだよ。


 何を考えているのか分からない。ただ、ひたすらに見つめられている。

 その時間⋯⋯なんと5分っ!


 教室に入ったら既に机の前に立っていたので、星羅はその前から居る事になる。


 「⋯⋯」


 「⋯⋯」


 この不思議な緊迫感。

 普段騒がしい教室が無言の静寂に包まれている。


 ⋯⋯これは、僕から声を掛けるべきなのか?


 「⋯⋯ど、どうしたんですか。神宮寺さん」


 「⋯⋯やっと話し掛けてくれた」


 「今のって話し掛けられるの待ってたんだ」


 本当に何考えてるか分からないな。


 「と言うか神威、なんで苗字? いつもみたいに星羅って呼んでよ」


 「⋯⋯はい」


 他人のフリ⋯⋯なんてのはしてくれないらしい。

 ザワザワと教室が静かな驚きに包まれる。


 「昨日、どうして来なかったの?」


 「だって、告白されてたんだろ? 時間が無いのかと思って」


 「告白なんて顔みてごめんって1分も掛からない。時間はあった」


 「ごめん。一つだけ質問させて、相手の言葉は?」


 「聞く必要あるの?」


 「ん〜場合による」


 今回は公開告白だと相手方が広めた可能性があるので、聞く必要は無いだろう。

 既に告白したも同然だからだ。


 だけど、勇気を出して告白に踏み込んだ人の気持ちをぶった斬るのは如何なものか。

 疑問は晴れたので、話を戻す事にした。


 「ごめん。昨日は友達とカラオケに行ってたんだ」


 「そう。ちなみに私はあの後迎えが来るまでずっと待ってたよ」


 「うぎっ」


 心にダメージが。


 「今日も迎え遅くなりそうなの。だから、今日は見させて」


 「⋯⋯分かった」


 「うん。それと連絡先。あった方が便利だって昨日気づいた」


 連絡先を交換すると、彼女は早足で自分の教室に行った。

 取り残された僕はゆっくりと天を仰ぎ、目を右手で塞いだ。

 ゆっくりと、言葉を出す。


 「これは、夢だな」


 「現実だゴラァ! どーゆーこっちゃゴラァ! ちゃんと話せゴラァ!」


 「逃げるんだよー!」


 屋上の事を話したら鍵が閉められるかもしれない。それだけは阻止したい。

 なので話したくない。

 故に僕はトイレの個室に逃げた。


 「コンコン、もしもし、俺メリーさん。今、男子トイレ個室の前にいるの」


 「音まで声で再現すんなよ怖いよ。もうすぐホームルーム始まるよ。教室に帰ろうよ!」


 「お前が話すまで、俺はお前を離さない!」


 僕は自分の人脈を使ってトイレから友達を引き剥がした後、色んな人の協力を煽り追求を許さなかった。

 そのせいで複数人の人に借りが出来たが、何かしら作って渡せば問題ないだろう。


 僕は安全に屋上に来れた。


 「待ってた」


 「すまん。ストーカーを撒くのに時間が掛かった。今日の人形劇を始めようか」


 「うん。お願い。人形使いパペティアさん」


 「今日のお話は、空に憧れる飛べない鳥の物語だ」


 初めて飛んだ時に怪我をし、それがトラウマで再び飛ぶ事は出来なくなった。

 しかし、空を自由に駆回る仲間達に憧れて飛びたいと思っている。

 仲間に励まされ色んな所を歩き回る事により、絶景に出会う。


 絶景に向かって飛んで行く仲間達。

 飛べない鳥はようやく、自由の翼を手に入れた。

 仲間達と共に絶景へと飛び立って行く。そんな物語。


 「鳥さんは仲間のおかげで飛ぶ力を手に入れたんだね」


 「そうだ」


 「良い話だね。私、この話1番好きかもしれない」


 「それは⋯⋯よか、った」


 「どうしたの?」


 僕のぎこちない喋り方が気になったらしい。

 でも仕方ないだろう。

 だって、小さくはあるが星羅が微笑んでいたからだ。


 壊れた心が少しだけ治っているんだ。

 僕の人形劇で笑顔を取り戻してくれる人が⋯⋯ここにいる。


 「⋯⋯ッ!」


 「大丈夫? 顔、赤いよ」


 「だ、大丈夫だ」


 しどろもどろになりながらも言葉を出す。


 僕の人形劇で笑顔を見せてくれる星羅。

 当然美しく見えるが、それ以上に僕は笑顔になってくれたのが嬉しかった。

 僕にはまだ、こんな思いが残ってたんだ。


 僕はまだ、人形劇で人を笑顔にする憧れが残ってたんだ。

 人の心が分からない星羅に気付かされた。


 「星羅、ありがとう」


 「ん? 病院に行く?」


 「頭がおかしくなった訳じゃない」


 「そう。じゃ、また明日」


 「また明日」


 それから数週間後、ネタ切れのせいで最初の方にやった劇を繰り返す。


 「また同じの。面白いけど、暗記しちゃうよ」


 「ごめん。頑張って物語を作る」


 「分かった。そろそろ行く。また明日ね」


 「また明日って、最近毎日だぞ?」


 ネタ切れなのに毎日人形劇は辛い。


 「⋯⋯雑談だけでも私は十分なのに神威が人形劇やるから」


 「そう言うのはちゃんと言ってよ!」


 「聞かれなかったから⋯⋯」


 「ぐぬぬ」


 一理あるので何も言い返せない。


 「じゃあ、明日は普通に雑談しよっか。気を安らげる匂いがする紅茶を用意する」


 「凄く楽しみ。それじゃ」


 「それじゃ」


 僕はまばらにしか無かった屋上の時間が毎日ある理由について、考えていなかった。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 私が学校の駐車場に停めてある車に乗る。


 「お嬢様、到着時間は連絡しているはずです」


 「先生に呼び出されていたの。それだけ」


 「そうですか。それでは、帰ります」


 運転手に毎日のようにしている同じ会話。

 退屈で代わり映えの無い受け答え。

 楽しいも何も感じさせてはくれない。


 早く明日になって欲しい。

 早く、神威と話したい。


 家に帰ると、いつものように指示待ちをする。

 ここにいると心臓が針に刺された様に痛い。

 住んでいる家なのに、学校にいるよりも辛い。痛い。苦しい。


 早く明日になれば良いのに。


 「星羅」


 「はい。お父さん」


 「最近、帰る時間が遅いな」


 「それは放課後に⋯⋯」


 「先生に呼び出されているから、か? 裏は取ってある。屋上で得体もしれない男と人形劇とやらを見ているようだな」


 「な、なんで?」


 どうしてそれを知っているの?

 学校の中までは知らないはずなのに。


 焦る中、私は一つの答えに至る。

 制服の至る所を触り、機械を取り除く。


 「盗聴器っ!」


 「毎日遅くなるなんておかしいと思うのは当然だ。あんな小僧に絆されよって」


 「神威は小僧じゃない!」


 「くだらん。お前は神宮寺の名を継ぐ唯一無二の人間だ。そんな奴の相手をしているくらいなら1秒でも多く己を磨く努力をしろ」


 ⋯⋯なんなのよ。それじゃまるで神威の相手が無意味な時間って言ってるみたいじゃんか。


 この感情は⋯⋯怒りか?


 私は人形だ。

 怒りは感じない。


 でも、私は苛立ちを覚えている。

 つまりは人間。


 人間なら⋯⋯時には反抗する。


 「無駄じゃない。神威との時間は⋯⋯」


 パチン⋯⋯頬に痛みが走り鼓膜を強く揺らす。

 数秒経って、何をされたのか理解する。

 無慈悲に躊躇無く頬を叩かれた。


 「反抗するなど時間の無駄だ。お前が居るのはそのためじゃない。誰の手によって育てられたか忘れたのか? ⋯⋯連絡先を交換していたな。スマホを寄越しなさい」


 「何⋯⋯するの」


 「お前には正しい交友関係を用意しているはずだ。低俗な友人など要らん」


 正しい交友関係ってなんだろう。

 会社の権威を保持するために有名の会社の社長の令息や令嬢と上辺だけの付き合いをする事を、正しい交友関係って言うの?


 それに、神威を低俗って。


 「低俗じゃ、無いっ!」


 「低俗だ。お前の学校でお前の上は居ない。居てはならない。並ぶ者も居ない。学校でお前の友となって良いのは居ない。さぁ、スマホを出せ」


 「嫌だ!」


 「珍しく反抗的だな。やはり悪影響を受けている。こちらから言って関係を終わらせても良いんだぞ? もう二度と、会えない状態にだって出来るんだ」


 「⋯⋯ッ!」


 娘を、脅しているの?

 でも、きっとこの人ならやりかねない。

 私は⋯⋯私でいちゃダメなんだ。


 最近、神威との時間が幸せだった。

 1番安らげた。

 苦しいも痛いも、感じなかった。


 「くっ」


 苦しい。痛い。

 もう二度と、神威と会えない。

 ⋯⋯会ってはいけないんだ。


 「スマホを出しなさい」


 「⋯⋯はい」


 私は人形。

 父の理想を叶えるべく、優秀な人間にならなくてはならない。

 父の言いなりになり、自分の心や考えを持ってはいけない。


 私は⋯⋯『操り人形マリオネット』だから。


 神威の連絡先が消され、厳戒態勢で私の生活は監視され、迎えも24時間張り付いて来るので時間が無い。

 安らぐ時間が無い。


 廊下で神威とすれ違っても、私は挨拶を返さなかった。

 私と神威は関わっちゃ⋯⋯いけないから。


 苦しい。


 そんな日々が続き、私は元の生活に完全に戻った。

 完全な人形に戻った。


 だけど、ずっと心に苦しいが残る。息苦しい。


 もう⋯⋯嫌だ。こんな生活⋯⋯嫌だ。


 父の言いつけを守り、優秀な人間に⋯⋯ならないと。


 「神宮寺、ちょっと良いか?」


 「先生? なんですか?」


 担任に呼び止められた。


 「お前の落し物だって芹沢が渡しに来てな。ほれ」


 「鳥の⋯⋯人形? 私のじゃ、無いです」


 「そうか? でもここに神宮寺って刺繍があるんだが⋯⋯」


 確かにそこには私の名前が刺繍されている。

 同名の人は中々居ないだろうし、この学校にも居ないだろう。


 ⋯⋯もしかして。


 ダメだ。


 そんな希望を持っては。


 「⋯⋯一体これ誰のなんだろうか? うーむ」


 「それでは私はこれで」


 いつもと眼鏡が違う事が少し気になったが、私は迎えの車に向かうべく足を動かす。


 すると、今度は死角から遊んでいて生徒に突撃されてコケてしまった。


 「あわわ。ごめんなさい神宮寺さん。大丈夫?」


 「うん。大丈夫」


 手を伸ばされたので、それを受け取って立ち上がる。


 「あれ〜それなに?」


 「え?」


 襟の裏になる絶対に見えない箇所の盗聴器を取り出して、掲げる。


 「ちょっと待って」


 「これ盗聴器? やばー! 先生〜!」


 「待って」


 追いかけようと足を前に出すと、腕を何者かに捕まれて阻止される。


 「星羅、話がある」


 「なん、で」


 掴んで来たのは、神威だった。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 教師と1部の生徒の協力を得て星羅から盗聴器を外す事に成功した。

 教師の眼鏡を一時的に隠しカメラのに変えて盗聴器の場所を探った。

 古典的な場所だったからカメラ越しでも1発で分かった。


 生徒にぶつかって貰い上から見えると言う状況を作り出した。

 たまたま襟の所にある機械に気づいた建前を用意するために。

 盗聴器が見つかれば問題となる。後は学校側で処理している間に星羅と話す。


 「最近どうした? 明らかに辛そうだ」


 「私は変わらない。いつも通り」


 「僕は人形使いだ。動きの違いには少々敏感でね。僕の知る星羅と最近の星羅は明らかに動きが違う」


 「変わらない」


 頑なに答えを変えてはくれないのか。


 僕はマリオネットを取り出して人形劇を始める。


 「そんな時間は無い」


 星羅が屋上から出ようとドアを開ける。

 しかし、ドアは開かない。


 「なんで?」


 「鍵が閉まってるからだ。良いから見てくれ。それしか出る方法は無いよ?」


 僕が家の鍵を見せると、屋上の鍵と勘違いして静かに座る。

 実際は内側で男共にドアを開けれないようにして貰っているだけなんだけど。脳筋戦法って奴。


 僕が今回星羅にする物語はこの前の空に憧れる飛べない鳥の物語。

 それを少し改良した。


 仲間の励ましなどがあって絶景に飛べた結末を、仲間の支えがあってようやく飛べた結末に変えた。

 その飛び方もぎこちなく、すぐにでも落ちてしまいそうだ。


 「星羅がこの飛べない鳥。そして僕が支える鳥となる。だから、何があったのか話してくれ。そして、本音を聞かせてくれ」


 鳥の人形は教師に渡していた物だ。星羅の名前を入れている。

 星羅が人形を眺めながら、ポツリポツリと話してくれる。


 スマホから俺の連絡先を消された事、脅された事、厳重に束縛している事を。


 「だから私はこのままで良いの。神威に迷惑は掛けたくないから」


 それも本音だろう。

 だけど違う。


 「星羅、君の本心はそこじゃない。そんな他人想いの本音は偽善だ」


 「そんな事⋯⋯」


 「あるさ。僕が聞きたいのは我儘で自己中な君の本心だ」


 「私は⋯⋯」


 僕の目を見て、本心を打ち明ける。


 「神威の⋯⋯人形劇が見たい。また雑談したい。⋯⋯自由が、欲しい」


 僕は優しく、星羅を抱擁する。

 驚きが隠せない星羅は、カチコチに硬直して動かない。

 だけど、心臓の音が聞こえて来る。


 星羅は人形じゃない。人間だ。

 自分をマリオネットと称するなら、僕が操ってやる。

 だって僕は。


 『人形使いパペティア


 だから。


 「両親が君を縛る糸を僕が切ろう。君を動かす糸を僕が断つ」


 「え?」


 「そして僕が動かせる自由の糸を繋ごう。僕は君が望むように自由に糸を動かし君をう動かす。僕は手先が器用なんだ」


 だけどそれをするには意思が必要だ。


 「僕は僕の全てを持って君に自由の糸を繋ぐ。だから、望んでくれ。僕に、頼ってくれ」


 「神威⋯⋯私は⋯⋯私はっ!」


 「盗聴器は無い。自分の想いを教えてくれ」


 「私は⋯⋯自由に⋯⋯なりたい」


 僕はニヤリ、と笑った。


 「任せろ!」


 僕は星羅を自由にする事を誓った。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 屋上の一件が終わった後、私は普通に家に返された。

 自由にしてくれると言ったのに、結局私は操り人形のままだ。

 だが、今日は違った。


 「お父さんが帰ってない?」


 帰ってきていないし、指示も無い。

 何をして良いのか分からない。

 いつもは、指示通りに動いていただけだから。


 ただ呆然と椅子に座っていると、スマホが鳴ったので手に取る。

 誰の番号か分からない電話だった。

 無視しても構わないが、気になったので出る。


 『星羅か?』


 「神威? どうして?」


 『退屈かと思ってな。眠くなるまで話そう』


 「⋯⋯うん」


 私が眠くなるまでスマホ越しに会話をし、初めて寝たい時に寝る事が出来た。

 翌日は家まで神威が遊びに来て、一緒にゲームをした。

 初めてのゲームでプレイに慣れるのに時間を費やしたが、文句を言わずに神威が手伝ってくれた。


 父と言う司令塔が居ないだけで私はここまで遊べるのかと、不思議に感じている。

 だが、やはりこんな日々は続かない。

 翌日には父が家に帰っていたのだ。


 ⋯⋯しかも神威が私の隣に居る。

 完全に終わった。

 夢のような時間を僅かの間、過ごせただけでも感謝するべきか。


 父は神威の前まで歩みを進めた。


 「お前の仕業か。神風」


 「さぁ、なんの事ですか?」


 「とぼけるな!」


 父の怒声が家の中を埋め尽くした。

 私の想定していた内容とは大きく違い、父の顔を見た。


 その顔には焦りと怒りが滲み出ていた。

 初めてそんな顔を⋯⋯違う。

 私はいつからか父の顔を見ていなかった。


 いつもと変わらない日々の中で父の顔を見るのが嫌になっていたから。

 無表情の父の顔しか、私は知らない。

 それ以外の顔は全部、初めてになる。


 父はワナワナと怒りで震えながら、怒号を響かせる。


 「わたしの会社の問題事が一度に浮き彫りになり、仕事上のミスや繋がっている企業からの案件からクレーム、顧客のクレームまで。それだけでは無い。社員の離職や不満⋯⋯一度だ。一度に多くの事柄が起こった」


 「それは不思議ですね。人が多くなると管理のために権利を持った人間が増える。そうすると質の管理が疎かになり問題事が揉み消さたり⋯⋯それが一度に浮き彫りになるなんて⋯⋯世の中は分かりませんね」


 「お前が全部裏で糸を引いているのは分かってる! 辞めた社員のヒアリングも行った! 全員お前の所の会社にヘッドハンティングされたらしいな!」


 「さぁ。僕は高校生です。会社なんて持ってないので、適当に言っているだけのようですね」


 「そのような戯言が通じると思っているのか?」


 今にでも殴り掛かりそうな様子の父。

 だが、理性が必死に抑えている様子。

 父を抑える理性と言う鎖を解き放つように、神威は煽る。


 「色々な問題があったそうですね。大変ですね。でも、案件もあったらしいので悪い事ばかりでは無いようですね。おめでとうございます」


 「上質な物からくだらん物まで数だけは多かったな。それも全てお前の差し金だろ」


 「言い掛かりは止めてください。僕はただの高校生ですよ。星羅と同じね」


 父が激昂し、拳を掲げる。

 だが、僅かに視線を横に動かしてその拳を止めた。


 「⋯⋯お前は、誰だ?」


 1人の使用人に声を掛ける。

 その人は⋯⋯最近入って来た人だ。本当に数週間前くらいに。


 「新入りでございます」


 使用人の管理は母がやっているため、父が把握してないのも不思議では無い。

 しかし、全く知らないって事は無いだろう。

 だがこの反応⋯⋯訳が分からない。


 一体、何が起こってるの?


 「⋯⋯そう言う事か。この展開になる事は既に予想出来ていた⋯⋯手を打っていたのか」


 父は落ち着いた様子で拳を下ろした。


 「殴らなくて良いんですか?」


 「神威⋯⋯」


 「殴ったらわたしの社会的信用は完全に失墜する。そこの女に持たせてる隠しカメラでな」


 「おや。流石は娘に盗聴器を仕掛けるくらいには機械にお強いお方だ」


 神威は包み隠さず煽り文句を言い放った。

 父は深呼吸をして、神威に向き直る。


 「何が目的か? 星羅か?」


 「そうですね」


 「星羅は神宮寺家を継ぐ。婿を用意するつもりだ。嫁入りはさせられん。神風財閥の跡継ぎに渡す事は出来ん」


 「星羅は物じゃないぞ。僕の目的は星羅に自由の糸を与える事だ。星羅の自由を保証しろ。星羅は親や神宮寺の物じゃないんだよ。一人の女の子なんだよ。自由の空を夢見る女の子なんだよ!」


 神威は恐れる事無く、父の眼力に向き合う。

 不良ですら更生しそうな強い眼力に向き合う神威⋯⋯まるで虎と龍だ。


 「それだけのために⋯⋯神宮寺に喧嘩を打ったのか?」


 「それだけ、じゃないんだよ。星羅がどれだけ辛い思いをしたと思ってる! 辛いと感じなくなるまで辛い思いをしたんだぞ! 守ってくれる親のせいで!」


 私の理解出来ない二人の会話は熱を帯びて続く。


 「子供の癇癪で大損害だ。この責任、どうしてくれる?」


 「僕は知りませんね。取る必要のある責任が分かりませんよ。そちらの会社のミスは貴方の責任だ。責任転嫁して現実逃避でもしたいんですか?」


 「減らず口を⋯⋯」


 「僕は星羅に自由を約束して貰うまで手を緩めません。星羅は一生分苦しんだ。悲しんだ。だからもう、後は幸せを感じるだけなんだ」


 神威は私のために⋯⋯何をしたのだろう。

 父が疲弊するまで、一体何をしたんだろう。


 ただ、分かる事は。


 「⋯⋯分かった。約束する」


 父が素直に条件を呑む程に、弱っていると言う事だった。


 「今後は星羅の言葉を尊重してください。今日のところは帰ります。⋯⋯星羅、また人形劇を見に来てね」


 「神威⋯⋯」


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 これで少しは星羅も心を取り戻してくれるだろうか。

 僕はそう願いながら、翌日の放課後を待った。


 屋上で待っていると、星羅がやって来た。

 無表情でありながら、どことなく不安そうな星羅。


 「今日は時間あるかい?」


 「うん。沢山」


 「それは良かった。今日は長めの人形劇でね」


 僕は人形劇を始めた。

 それは、少年が人形劇で両親の笑顔を取り戻せなかったあの日の続き。


 両親は結局離婚し、少年は母親に引き取られた。

 パートだった母親だけの収入では生活が難しく、沢山の仕事を抱えて日に日に弱って行く母親。

 少年はそんな母親を助けたくて図書館でいっぱいお勉強しました。


 主にお金を稼ぐ方法について。

 少年は手先が器用でちょっとばかり人を使うのが上手かったのです。

 後にこれは才能だと気づきます。


 少年は母親に企業する事を勧めましたが当然、拒否されました。

 しかし諦められなかった少年はクラウドファンディングでお金を集めて可能性を母親に示しました。

 母親は集まったお金に歓喜の声を上げ、少年に協力しました。


 少年が立ち上げた会社は世間のニーズに合致したちまち成功を収めました。

 だが、やはり人脈も経験何もかもが足りない会社。

 乗っ取りを考える人が現れます。


 ですが少年はそれをすぐに見抜き対処しました。

 その噂が業界で広がり意見を求める人が増え、コンサルタント業も始めました。

 少年は人の感情や考えを見抜く才能があったのです。そして人を上手く使う才能も。


 彼の助言を求める人が増え、彼を指示する人が増えました。

 お金は増え母親は笑顔になりました。

 ですが、人形劇を求める事はありませんでした。


 少年は理解したのです。

 人を笑顔にするには金が必要なのだと。


 そんな少年に一人のお爺さんが顔を出します。

 その人は母親のお父さんだと言いました。

 最初は信じなかった少年でしたが、戸籍表や昔の家族写真、DNA検査、母親の反応から本当など確信しました。


 なんと少年の両親は駆け落ちしていたそうです。

 母親はその時に縁を切ったらしく、お爺さんもそのつもりでした。

 ですが、やはり大切な娘は忘れられずに常に探偵に調査をさせていたらしいです。


 離婚した事も知っていました。

 頼って来たら助けるつもりでしたが、母親は頼りませんでした。そんな事は出来ないと思っていたのです。

 お爺さんは少年の事を知りました。経営者に向いている少年を。


 お爺さんは大きな会社の偉い人だったのです。

 跡を継がせるべき後継者を考えていた時、少年の存在を知りました。

 少年が跡を継いでくれるなら母を完全に許し家族に戻ろうと提案しました。


 その時、母は嬉しそうな顔を浮かべました。少年は迷いませんでした。

 お爺さんの孫となった少年は毎日母の嬉しそうな顔が見れる事となりました。

 お爺さんから全てのノウハウを学んでいます。


 人形劇は今でも忘れる事が出来ず、こっそりやっています。誰かに見せる事無く。

 そんなある日、少年の人形劇を見てくれる鳥さんが現れました。

 鳥さんは飛べずに悩み苦しんでいる様子でした。


 少年は鳥さんに空が近い場所で人形劇を見せる事にしました。

 鳥さんは徐々に翼を動かせるようになりました。

 そのお陰か、全然笑わなかった鳥さんに小さな笑みが浮かんだのです。


 少年は胸が打たれました。

 笑顔に出来なかった人形劇で笑顔になってくれたからです。

 少年はとても喜びました。自分の人形劇は誰かを笑顔に出るのだと。


 ですが、鳥さんは狩人に捕まりました。

 拘束された鳥さんを助けるべく、少年は動きます。

 少年はお爺さんから頂いた人脈、ノウハウを全て生かし狩人を追い詰めます。


 追い詰めた狩人に取引を持ちかけます。

 狩人は渋々ながらも状況を打破するために少年の条件を呑みました。

 鳥さんは狭い狭い籠の中から解放されました。


 まだ飛ぶ事の出来ない鳥さんですが、いつか飛べるようになるまで。

 少年は鳥さんに寄り添い、人形劇で笑顔を大きくする事に決めました。


 「お終い」


 人形劇の途中、星羅は何も口を開かなかった。

 全てこれで納得しただろう。

 飛べない鳥とは星羅、少年は僕だ。


 「僕のお爺さんは神風財閥と呼ばれる程に有名な資産家らしくてね。きっとその才を僕は継いだんだと思う。僕の力を買われて、孫として生活している。⋯⋯ま、元々許すつもりだったと思うけど。建前だね」


 「そう、なんだ」


 「うん。僕は自分の持てる全てを使って星羅のお父さんを追い詰めた。酷い事をした。⋯⋯星羅は、どう思った?」


 「怖い、と思った」


 間も無く即決で言葉を紡いだ。


 それはそうだろう。

 ただの高校生だと思った人が実は同じ財閥の後継者だなんて。

 想定外にも程がある。


 「同時に頼もしく思えたし、神威が私の事をそこまで考えてくれてるって知れて、凄く嬉しかった」


 「⋯⋯ッ! て、照れるな」


 僕が目を逸らすと、星羅は僕の手を取って目を合わせる。


 「私はまだ飛び方が分からない鳥さん。だから、飛べるまで人形劇を見せて欲しい」


 「⋯⋯もちろん。君が飛べるまで。自由な空を駆け回れるまで僕は人形劇を見せるよ」


 星羅はその言葉を聞いてから、手を離した。


 「それじゃ、次は鳥じゃなくて星羅の話。私は自由の糸を繋がれた。だけど人形使いが居ない。⋯⋯ねぇ神威、私を操ってくれない? 私を自由に操って」


 僕の前に手を差し出して、真っ直ぐ瞳を向けて来る。


 「少し言葉が違うな。僕は自由で君を操るよ」


 「うん。よろしく」


 「君が最上の笑顔を浮かべるまで、僕は君に寄り添う。絶対にだ」


 「うん」


 僅かに、本当に小さくだが、星羅が微笑んだ。

 そして、ゆっくりと口を開いた。


 「まだ正確には分からないけど。少しだけ私にも心がある。今なら、一言でその心が表せる」


 「何かな?」


 ゆっくりと、間を開けてから次の言葉を出す。

 僕にとって、衝撃的であり感動的な言葉。

 星羅にとって、まだ確証しているか分からないが、そう感じる感情。



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人形使い《パペティア》の僕と操り人形《マリオネット》の少女〜呪縛の糸を切り、自由の糸を繋ぐ〜 ネリムZ @NerimuZ

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