第12話 番外編 うちの桜で作った数珠です
大木の桜が倒れてから一年ほど経ち、やっと数珠を作れるようになるまでの乾燥期間を終えることができた。
私と唯念君の眼の前にあるもの。それは、桜の大中小の粒たちと、梵天房という、丸っこい房(これは流石に専門の業者さんにお願いしたものだ)、そしてポリエステルの糸。これらを組み合わせることで数珠が完成するのである。
西憶寺謹製というタグをつける以上、妥協は赦されない。君枝さんにも監修してもらいつつ、私たちは本格的に桜の数珠を作り始める事となった。もちろん、昨今の情勢を考えてジェンダーフリーの色合いにしてある。薄い灰色と桜色を絶妙な配分でミックスした房と、男性用と女性用の数珠の中間あたりの大きさの珠を使うのだ。
「住職手作業による作品、となれば、世の中の男たちがこぞって集まってきますねぇ」
「通販がメインじゃないの?」
「それはそうですが、西楽様には『聖地巡礼』なる言葉を覚えていただきたいですね」
「?」
ぽか~んとしていたのだろう、唯念君がしっかりとした口調で、
「はてな、じゃありませんよ木之葉様! 噂を聞きつけた男どもが、大挙して、数珠を直接求めに…いや、西楽様目当てで来るかもしれないんですよ?」
「男ども? 私は唯念君だけで十分だけど?」
「ちょ、まっ、えっと……お馬鹿なことを言わないでください」
顔を真っ赤にした小僧さんはさておき、私は作業を始めた。
小指の先ほどの珠に糸を通すだけの仕事が、こんなに難しいとは知らなかった。
「すぐに慣れますよ」
「そうかな…聞いて覚える、ってのは確かに得意かもだけど、実際に『してみて』覚えるっていうのはもっと難しいよ」
「大丈夫、西楽様なら問題なく完遂されましょう」
「そう?」
二つ目の珠に通して言う。
「ええ。数週間…いや、西楽様の学習速度であれば、ものの数日どころか数時間でマスターできるはずです」
そうこうしている間に、もう全ての珠に糸を通し終わり、房を付ける段階まで辿り着いた。
「ほら西楽様、言った通りでしょう? できるんですよ」
「そう言われると嬉しいわね」
「うふふ」
「うッフフフ」
ふと思うところがあったので、私は唯念君に尋ねることにした。
「ねぇ、この桜の木、そこまで需要あるかしら?」
間。
「唯念君?」
間。
「ねぇ、怒ってるの? もしかして」
ふぅ、と重い溜息をついて唯念君が言う;
「…西楽様、あなたはお忘れかもしれませんが、わたくし達はゆうに三年という年月を、文字通り毎日毎晩、この桜の木を見ながら道を歩んで参ったのです。そのように、需要があるか無いかとかいう簡単に済ませられる話ではありません」
(この桜にそんなにも思い入れがあったのね……。
それを慮ってあげられないなんて、なんて馬鹿な私だ)
「故に、わたくしは本気でこの数珠を拡めたいと思っています。西楽様も同じお気持ちであれば嬉しいのですが」
浮かない表情の唯念君。
「…ごめんね。あなたの気持ちに寄り添えてなかった。私もしっかり取り組むよ」
「ありがとうございます」
☆☆☆
それから暫くして。
念願の第一ロットの30本が完成した。
「やりましたね、西楽様」
「そうね、やったね」
「でも…」
「でも?」
「ロットを作り続けていると、いつかは材料が底をつきます。そうなれば、どうしたらいのかと思いまして」
私は腕組みをして考えた。考えに考えた。
「すでに乾燥済みの桜を使う、という選択肢はない?」
坊主さんは両手をぱちんと合わせて、
「それです! 数珠専用の材木として、別の桜を仕入れればいいんですよ」
「でも、それじゃあ西憶寺のロゴが着かなくならない?」
「あー……」
そうだ。これは、あの桜が、あの倒木があってからこその信心の道具なのだから。
「製造元は日本ですし、製作所をこのお寺にしておいて、但し書きをつける、というのはどうでしょう?」
「そうね。そうなると、今から最後まで造るロットは、徹底的に『このお寺に生えていたものです』と文句をつけないといけないわね」
「箔をつけるというやつですね、西楽様。出品はわたくしにお任せください」
☆☆☆
はじめはメリカリというフリマサイトで10本ほど出品してみた。
だが、まっっったく反応がない。「いいね!」も付かない。
「唯念君、これはどういうことかな。あんなにすごい桜なのに」
「仕方がありませんよ。新規出品者ですし、それに、なんていったって初心者が造ったものですからね」
「でも、君枝さんにちゃんと監修はしてもらってるでしょ?」
「うーん、それとこれとはちょっとお話が違うかと…」
「あ、私、良いこと思いついた。門徒さん信徒さんのグループライソで、知らせてあげるの」
「良いですね、それ。わたくしもどうしてそれを思いつかなかったのか……あっ!」
言うと、硬直する唯念君。
「そうだ、そうですよ西楽様! ツヴィッターでもつぶやけばいいんですよ!!」
「あらまぁ、それは私も今、思った! そう、それが一番いいね!」
SNSのやりとりから数時間後。
メリカリの商品につく「いいね!」が、最初こそ1つだったものは、2つになり、5つになり、半日も経たないうちに100を越したのである。
そして最初の購入者は、なんとあのタマちゃんを飼っている御婦人・トメさんだった! 売上は好調を極め、一日二日経つか経たない、あっという間に売り切れとなった。
「これね、唯念君、すごいことよ。私だけじゃあこんなの思いつかないもん」
「いえ、ほとんど西楽様にアイディアをもらっておりますから」
へへへ、と照れ隠しの笑いをする唯念君。
「あとは…パソコンとかスマホまわりに詳しくない人のために、通販もやってはどうかな?」
「チラシ制作はわたくしにお任せください。近隣の住人さんには直接、遠方の門徒さんへの配布はアルバイトさんを雇いましょう。あとは、新聞にも広告を出すとよいかもしれません。ひとしきり宣伝作業が終わったら、早速、生産にとりかかりましょう」
「えぇっ、もう?!」
「はい。この売れ方だと、100…正確には90ですね、そんな数なんてあっという間に売れてしまいます」
にこやかな唯念君。その瞳は曇っていない。
「そうね、一生懸命作らないとね」
「はい、木之葉様」
「今、名前で呼んだでしょう」
「えっ…/////」
「っふふ、冗談よ」
「まったく、西楽様はひどいなぁ」
「どこがひどいの?」
唯念君の手を両手で包む私。
「そういうとこですよ、西楽様」
「うッフフフ」
「ふふふ」
こうして、私達のつくった数珠が、尼崎から、そして日本という国に、少しずつ、少しずつ拡がりはじめたのである。
☆☆☆
初期ロットが完売した日。私達はいつものように縁側に座って、倒木の跡地がおこされ、植わった新たな桜の苗を観察していた。
「西楽様、この子が何百年と経つと……想像すると、気が遠くなるようです」
「そうね」
「同時に、期待と夢で胸がいっぱいになりますね」
「うんうん」
わたしは大きく頷いて、言う;
「今回頒布した分、みんな大満足してくれてるといいな」
「もちろんです。あの桜の下でお花見をされた方、お花見をしていたときにはご存命だったご親族やお友達がおられた方、あるいはお花見ができなくなって会う機会がなくなってしまった方々──単なる懐かしさ以上のものを、みなさんは受け取っていると思いますよ」
私はその言葉を聞いた途端、脳内が激しく揺さぶられるような鈍い感覚を覚えた。
ついに思い出した。わが師匠の最後の言葉を。
それはとりもなおさず、「桜の数珠を全ての人に」、という使命で──。
< 了 >
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木之葉ちゃん 博雅 @Hiromasa83
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