第11話 虫との出会い

大抵の子どもはカブトムシやらクワガタムシが大好きだ。

私も実は、が大好きなのである。今日はその事を皆さんと分かち合いたい。


今回受けた依頼は、『かぶ・くわ捕獲大作戦』という、小学生のための学校が主催する自由研究の一環だった。残念なことに草庵は竹林で覆われているため、歩いて十数分かかる雑木林まで出向かなければならない。この暑さだ、唯念君にはこたえるものがあるだろう。


ペットボトルの水を呑みながら、現場のクヌギ林に向かう二人。


「唯念君、今回はあくまで成体捕獲だから、羽化させる必要はないよね?」


「ええ、西楽様。ちょこっとばかり楽できますね」


「ふふ、横着しちゃだめよ」


「ふふふ」


「うッフフフ」


まずはトラップを仕掛けなくてはならない。

理想的なのは木の幹に傷を入れ、そこから甘い樹液を出させることだが、生憎尖った金属の類が草庵にも倉庫にもなかったので、熟れに熟れたバナナをあらかじめ用意し、それをストッキングに詰めたものを、数メートルの間隔で、上下に適当な間隔をあけてつけてゆく。ついでに、これをすればまず小物なら引っかかるという、白いシートにランプをあてたものを用意した。決行は今夜、収穫(?)は明日の朝早くである。すでに、現地には小学生たちが、めいめい用意したトラップを仕掛けはじめていた。


「わぁ、木之葉ちゃんせんせーだ」

「センセーや! やったー!!」

「わー、せんせー、こんにちわー」


低学年と思しき子どもたちが元気よく声をかけてくれる。

──彼ら彼女らもまた、私が、そちらを知らないということを知っていない。


やるせない気持ちを押し殺しながら、つとめて溌剌として返事をする。


「はいみなさん、こんにちは」


「はーい」

「はーい」


「準備はできたかな?」


「はーい」

「せんせー、届かへんよー」


なかなか脚立やはしごを使えない子もいる。そんな時は私が支えてあげたり、自ら登ってトラップを仕掛けてあげる。


「ありがとー、せんせー」

「せんせー、ありがとーございましたー」


よく出来た小学生さんたちだ。

すると、子どもの一人が叫んだ。


「いた!」


見ると、その子は木の皮を剝ぎ、それを高らかに見せつけている。


「コクワガタ、ゲットしたで!」

「ええなー、ノコとかミヤマとかおるかなぁ?」

「ミヤマ、いっぺんここで捕まえたで」


やはり、むしは世界を平和にする。その夜は久々に心からよく寝れたと思う。


次の日の早朝。

唯念君が私の肩を揺すっている。


「…さま、西楽さま! アラームも鳴ってるのに!」


「ん…なぁに?」


「なぁに、じゃありませんよ! お仕事、お仕事! カブクワゲットの日ですよ!」


時計に目をやる。なんとまだ朝の5時だ。


「予定じゃ8時じゃなかったっけ?」


ため息をつく唯念君。


「西楽様、今月の8と予定の8を勘違いされたんですね、まったくもう」


膨れっ面をする唯念君。なんともいじらしい。

ただ、感傷に浸っている場合ではない。むしをゲットせねばならないのだ。


現地に着くと、そこはカオスと化していた。

そう、トラップというトラップに、ことごとくカブトムシが集結していたのだ。ある小学生は足がすべってむしを轢き殺しかけ、ある小学生は両腕にこれでもかとカブトムシをつかまらせ、またある小学生は「ヒラタ、ゲット! ヒラタ、ゲット! ヒラタ、ゲットォォ!」

ただその言葉だけを延々と叫んでいた。


しかしながら、私は一人だけトラップの真下で立ちすくんでいた男の子に気づく。どうやら、自分のトラップに一匹もかからなかった──そう、羽虫の類でさえも──ようである。

事態を察した私は、虫かごに入れていた数匹のカブトムシの中から一匹を取り出し、


(なんでこんなに虫の扱いが上手いんだろう、やっぱり、以前──!?)


その子に渡してあげる。そもそもこの自由研究は数の優劣を競う研究ではない。


男の子はカブトムシを手にすると、大粒の涙を流してほろほろと泣き崩れてしまった。


「あらぁ、そんなに嬉しかったのね、よしよし」


そっと肩を撫でてあげる。


聞く所によると、オオクワガタやミヤマクワガタも時として姿を現すことがあるらしい。ホームセンターなる便利なお店もあり、そこでは外国産のカブトムシ・たとえばアトラスオオカブトや、ヘラクレス・ヘラクレスといった大人気の海外産カブトもいるのだが、さすがにそれらは日本には帰化していないようである。もっとも、温暖化が進めば、下手をすれば日本は熱帯地方となり、良くも悪くも希少なカブクワがゲットできるようになるのだろう。


眼の前にいる自然の生き物を観察する。すべての命は繋がっている。みんな阿弥陀様に救われるのだということを、少しでも多くの子どもたちに知ってほしいと願った私だった。


☆ ☆ ☆


これで一旦お話は終わりです。

1クールのみならず、まだまだ書きたいエピソードがあります。まだまだ木之葉ちゃんと唯念くんのラブラブを書きたい気持ちはあります。が、体力・メンタル面を考慮して、今回はこの1クール分をとりあえずドロップすることに専念しようと思い、ひたすら捻りだして書いてきました。苦しくもあり、楽しくもある、不思議な時間でした。


お読みくださった方、本当にありがとうございます。


それでは、またお会いできることを願って。

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