第10話 高校の課題 ~ 法師様の願い
私は通信制の高校に通っている。
父母が、借りがあるといけないというので、工面して進学費用を準備してくれておいたおかげで、今の私がいる。
今日の宿題は、今流行りの『SDGs』に関する何らかの成果物である。
持続可能な目標。私が、エコに、続けられ、次の世代に継承していってあげられるものは何か。
考えた挙句、突拍子もない事を思いついてしまった。
「兵庫念珠」の伝統継承による救い、である。
この念珠協会は、130年の伝統を誇るという。さまざまな宗派のお数珠を、これまたさまざまな値段で、さまざまな人々におくってきた。ただ、近年は過度な森林伐採により数珠の木材が高騰し、満足に作れなくなるであろうという予測が立ってしまっている。そこで私が考えたのが、バイオマスや人工樹脂素材を加えたフェイクウッドを使用した、"なんちゃって" 木材の念珠製作である。これならば、「木材」の色も形も、模様・さらには匂いすらも意のままに合成することができる。触り心地も木目も、木材そのものといった風合いのものが作れそうだ、と判断したのである。
君枝さんのもとを訪れ、フェイクウッドの塊を見せてみる。
「こりゃ桜より掘るのは簡単そうじゃの。明後日くらいにでも来て御覧、用意しておくよ」
数日後、私は再び君枝さん宅を訪問した。
「これがフェイクウッドの見てくれさ」
なんと、屋久杉を使ったような木目が出ているのだ! 素人目にはまったく判断が付かない。これは、玄人の数珠コレクターでも喉から手が出るほど欲しがりそうな一品であろう。
「今日は紐を通して仕上げてみようかの」
それからの数時間が四苦八苦である。糸の動かし方、房の編み込み──この、複数の紐を同時に動か⒮ことの大変さといったら!──は、要所要所は手伝ってもらったものの、ゆうに丸々一日を費やした。
「初めてでそれだけできた人は他におらんでな。ご縁さんが初めてかもしれんですわ。前来たときはそげに興味はおありじゃなかった様子じゃけんのに」
「前に…?」
不思議な顔をする婦人。
「そうさな。心境の変化、というやつじゃろうて」
数珠袋までプレゼントしてくれた。この数珠袋もまた、売れずに廃棄された被服を使用したものだという。
「これからますます、合成素材が増えるかもしれませんな。ええ事じゃけど、やっぱり木には木の匂い、見た目、手触りとぬくもりがあるで。悲しいことじゃけん」
私は、ここにきて初めて、唯念君が口にしていたあの言葉を思い出した。
『桜。桜のうた。──そして、少しでも多くの人に数珠を…』──。
これだ。これである。
君枝さんが、出来上がった数珠を手にして合唱し、『なんまんだぶ』と何度か念仏した。
「これを数作れりゃあ楽できるんだけども、ご縁さんもお忙しいし、うまくいかんのう」
「とんでもない。前、仰せつかった箱入れの作業、まだやっていますよ」
驚いた顔つきの君江さん。
「あれ、まだやってらしたんですな。こりゃ失礼…ありがたいことですわ、ほんとに。いずれ、あの桜でも作業をしたいもんです」
とはいえ、一日に50箱はあるかという量である。裁ききれないときは唯念君にも手伝ってもらうのだが、やはり限界がある。気晴らしといってはなんだが、ある計画を思いついた。
「念珠づくり体験会、これ,どう? 唯念君」
「素晴らしいと思います。絶対バズりますよ」
ブログやSNSで情報を発信すると、10人、20人とその希望者は増加に増加を加え、総勢100人ほどの参加者を募ることが出来た。作るのは、どの宗派でも使える
「西楽様、すごいですよ。100人を超えました」
「ふふ、そうね。唯念君のおかげね」
「いえ、わたくしはただ助言をしてさしあげたのみです。。実際に行動を起こされたのは、西楽様ご自身ですから」
「褒めても何も出ないよっ」
「ふふふ」
「うッフフフ」
体験会は大盛況だった。老若男女、しかも海外からも参拝者さんがいらっしゃった。
「唯念君、ここも国際的になってるわね」
「そうですね」
会話していると、背の高い西欧の方と思しき人が声をかけてきた。日本語で。
「仕上げが…うまくいかなくてです、お手伝い、お願いします」
「もちろん。…ところで、どちらから来られたんですか?」
「えーと、ドイツです」
「
「Sprachen S
ドイツ人だというその老夫婦は、めいめい唯念君と写真を撮ったり会話したりして時間を過ごしていた。
「唯念君、いったいどこでドイツ語覚えたの?」
「独学ですね。趣味です。英語も使えます」
「そうなんだ」
スマホに、逐次翻訳機能のアプリがあると教わったのはその後のことだ。
「やっぱり語学は独学に限りますね」との唯念君。今日も彼のお陰でおもてなしをすることができた。そして、海外へと数珠を持ち帰っていただくことができた。阿弥陀仏の救いに気づく人がもっと増えれば良いのにな、と願った一日である。
☆ ☆ ☆
次回は、『虫との出会い』ですよ。お楽しみに。
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