第9話 住職、たこ焼き屋台をする

お祭りのシーズンとなった。もちろん、皆様からご縁さんと呼ばれてきた私だ、何もしないわけにはいかない。通常であれば、特別法話があるのだが、唯念君曰く生憎スケジュールがキツ過ぎたため、それらは唯念君が担当することとなり、私は屋台でたこ焼きをやることとなった。


忙しい唯念君を後にして、昼過ぎに現場に着くと、もうすでに数十の屋台が軒を並べて密集していた。『たこ焼き西憶』とのが付いた屋台は既に組みあがり、後はたこ焼きを料理してゆくという段階にまで進んでいた。


困ったのは私である。いったいどうやってこれらの機器を扱うのか。火元は大丈夫なのか。ガスは、あるいは電気は。そして肝心のたこ焼きは。初心者が火を扱うのは極めて危険であることは重々承知している。さらに、素人でなくともガスで爆発事故が起きるということも、数日前にテレビのニュースで見た。一応スイッチらしきものや、取っ手のような何かが付いてはいるものの、触ってはいけない、と本能がしきりに叫んでくる。

そもそも作り方がわからない。


はて、どうしたものか、と途方に暮れていると、袈裟姿の唯念君が飛んできた。


「おまたせしました西楽様、ちょっとバタバタしてまして、ご免なさい」


「謝ることはないよ。…説法に時間がかかったとか?」


「いえ、羊が生まれそうだというので、お手伝いに行ってました」


本当に色々な分野に詳しい子だ。


「無事、産まれた?」


「ええ。母も子も元気そのものです」


「そりゃよかった」


「フフフ」


「うッフフフ」


そして、お祭りが本格的に始まった。

鉄板のような凹凸のついたプレートに油を塗り、液体状の生地を入れてゆく。それだけなら私もできようが、たこ焼きはスピードが命だとどこかで聞いた記憶がある。私はただ、唯念君がちゃちゃっと仕事をこなすその見事っぷりに、感嘆のあまり口をあんぐりと開けたままだった。


生地がそこそこ固まり次第、鉄製の櫛のようなもので、凹凸それぞれにはまった丸い生地をくるっとひっくり返す。しばらく経って、焼き加減を調整する。注文があり次第、新鮮なものを提供できるように、作り置きはできるだけ避ける。あらかじめ注文数を予想する──ここが一番、難しいところなのだろう。作れるということと、それをいかに一番おいしい状態で適切な時間で提供できるということは、また別物だからだ。


数十人というお客さんが列をなして並んできた。これはフル回転間違いなしというやつだ。ほんとに一生懸命にたこ焼きを焼く唯念君に、私がしてあげられることといえば、その額の汗を取り去ってあげることだけ。


お客様を接客していると、年老いた婦人が話しかけてきた。


「おっ、今年は坊主さんが作るのかえ」


唯念君が答える。


「ええ。これも修行の一環ですから」


「あれ、でもご法話で、修行はしないのですとおっしゃってましたよ」


「それとこれとは話が別です」


「どう別なのかね。ふふふ」


「ふふふ」


列がとりあえず落ち着き、客もまばらになり、やがて踊りが始まろうとした頃、


「西楽様、今度はわたくしたちの分を作ってみてください」


こう突然切り出された。


「え、ええっ1? んー…やってみようかな」


「べへ、そうこなくちゃ」


唯念君が満面の笑みを浮かべる。


先ほど見ていた彼のワザマエを参考に、生地をひっくり返そうとするが、なかなかうまくいかない。じれったいと思ったのか、


「西楽様、これはこう…こうします」


と、私の右手を握って助けてくれる。今度は面白いほどにまん丸で健康なたこ焼きが出来上がった。


「すごいね唯念君…法要もできるし、説法もできるし、料理も出来るし…空海さまなみのスーパー坊主ね」


口にして、私は改めて愕然とした。


そう、知っているのである。空海というお坊さんが存在するということを。


「西楽様、褒めすぎですよ。──でも、西楽様もじゅうううぶんスーパー尼さんでございますよ」


屈託のない笑顔の彼を眺めていると、つい、心の底から愛おしいと思ってしまう。癒されるとは、こういうことなのかもしれない。


「西楽様、あとは船に乗せて、ソース、マヨネーズ、青のり、最後に天かすをふりかけるだけです」


「ありがとう、唯念君」


「いえいえ」


ひと舟のたこ焼きが完成した。私と唯念君の、文字通り汗の結晶の渾身の一作である。私たちはそれをシェアすることにした。


「んー、唯念君、おいしいね」


「もぐもぐ…そうですね、西楽様のおかげですね」


「何を言うのよ、ほとんど唯念君が作ってくれたみたいなものじゃない?」


「助け船は出しましたが、実際に作られたのは木之葉さ……いえ、西楽様ですからね」


「ふふふ、謙虚ねぇ」


「うふふ」


「うッフフフ」


余った生地で、ちょうど残り5パック程度作ることができた。悪くなるといけないというので、左右と向かいの屋台をやっていた方々にそれぞれお裾分けし、残りは私たちが持ち帰って頂くことにした。


「夏祭り、大忙しでしたね」


「そうね、来年は一般として参加したいわね」


物思いをするような唯念君。


「そうもいきません西楽様、ここのたこ焼きは『グルメれぽーと』に載ってるくらいですからね」


「ええーっ!? 何ですって?」


「わたくしが西楽様をお手伝いし始めた年からですから、──そうですね、3年前から始まった形になります」


唯念君を困らせるような声色で、


「もっと早く言ってよー」


言うと、


「うふふ」


との返事が返って来た。


たこ焼きを祭りの場で楽しむのはおいしい。だが、そのおいしさを提供する側になり、さらに自分で作ったものも試食できるというのは、望外の喜びだ。

年末年始にはまた違うお祭りがあろう。期待に胸を膨らませる私がいた。


☆☆☆


次回は、『高校の課題 ~ 法師様の願い』ですよ。お楽しみに。


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