第8話 リスのぬいぐるみを補修する
とある週末の昼下がり、チャイムが鳴ってインターホンを見てみると、大泣きに泣いている5,6歳くらいの女の子が佇んでいた。両手に何かを持っている。
ただ事ではないと判断した私は、返答せずにそのまま玄関に直行した。
私は大いに狼狽した。
というのも、女の子は右手にリスの尻尾、左手に本体を、千切れた状態で持って居たからである。ひぃ、ひぃと泣いている。
「お嬢ちゃん、どうしたの、これ?」
「っぐ……おにーちゃんとケンカして…取り合いっこになって…」
今朝がた、お兄ちゃんと取っ組み合いの大喧嘩をしでかしたという真凛ちゃんという女の子。私のことが大好きで、些細なことでも相談したり、ただ単純に一緒に遊んでくれるから、という純粋な気持ちでよく訪れに来ているらしい(唯念君情報)。
と、ここで私が閃く。まさに啓示である。
そう、私は中学時代に家庭科検定の4級をとっていて、裁縫くらいならなんとかできるのだ。
(でも、どうしてそんな事を思い出せたんだろう)
兎も角、そんな疑問は引っ込めつつ、
「真凛ちゃんね、これ、木之葉ちゃんが直してあげるよ」
ぐったりとしていた体を突然シャキーンとさせる真凛ちゃん。
目が文字通り輝いている。
「え、木之葉ちゃん先生、できるの!?」
「もちろん。…でも」
そう、裁縫は出来ても、道具が無ければ話にならない。
部屋の一角が倉庫になっているのだが、そこで見つけることにした。
「道具が必要でしょ。ちょっと探さないと。真凛ちゃん、一緒にどうぞ」
ところがいくら探してもどこにもない。仕方なく、真凛ちゃんにはそのまま付いてきてもらい、本堂に行って、掃除をしていた唯念君に尋ねることにした。
「唯念君」
「あ、西楽様。どうされました? この子は確か……」
と、自ら名乗る真凛ちゃん。
「瀬戸内真凛です」
私は、彼女の肩をぽんぽんと優しく叩いて、
「ね、しっかりしてるでしょ」
「そうですね…もしかして、そのぬいぐるみが壊れたとか?」
元気よく頷く真凛ちゃん。
「閃いた、そういうことですね。裁縫道具なら、わたくしの草庵にあります」
私は思わず、
「よかったぁ」
早速道具を持ってきてもらうこととなる。訊けば、ハイテク裁縫技術が進んだこともあり、私が裁縫を自分ですることが滅多になくなったため、唯念君の部屋に預けることにしていたんだそう。
「お待たせしました」
唯念君は額に滲みでる汗を拭きながら、裁縫箱を手渡してくれる。
「ありがとう、唯念君」
「どういたしまして」
私は、持って居たハンカチでその汗を拭いてあげた。
「あ…ありがとうございます」
その顔が真っ赤だったのは、夏の暑さのせいだけだろうか。
そんな冗談はさておき、ここからが本番である。
まず、合う糸を探さねばならない。幸い千切れ方が綺麗だったため、縫合するのは、尺が少し短くなるものの、辺と辺をぴたりと合わせるだけですみそうだ。真凛ちゃんは魔法でも見るかのように私の手元を凝視している。ぬいぐるみ自体はといえば、両掌に乗るくらいの大きさのリスで、真凛ちゃんによれば「ハイイロリス」という種類の大型のリスだとのことだ。
「ロルちゃん、なおる?」
「この子、ロルちゃんって言うのね。──そうね、治るよ」
「すごい! えもいわれぬ!」
どこでそんな語彙を覚えたのか、いやそもそも私すら日本語が危ういではないかと自分に突っ込みを入れながら、一針一針、丁寧に縫い進めてゆく。
できるだけ頑丈にしたかったこともあり、通常の修理に加えて、補強のためもう一度、被せるように縫い直すこともした。これが意外と手間取ったため、作業は二時間ほどで完成した。短いといえば短いであろう。会社に送付して修理を待つよりは絶対早いであろうけれど。
「うわー、ロルちゃん、治った!」
「よかったね!」
「うん、よかった!」
「もうお兄ちゃんとケンカしちゃ駄目よ」
「はーい!」
天真爛漫そのものといった良い返事をする真凛ちゃんは、その後、ぬいぐるみを抱きしめながら草庵を後にした。十メートルおきぐらいに向き直り、手をふってくれる。その姿が小さく見えなくなるまで、こちらを見るたび、手を振っていた。
その夜の夕食は、いつもそうするように、自室で唯念君と一緒に囲炉裏を挟んで食べていた。今夜はサバの塩焼きに、鶏肉とインゲン豆のコールスロードレッシングがけに、コンソメスープ、そしてコシのある玄米だ。
「相変わらずおいしいものを作るわね、唯念君」
「とんでもない、これくらい、西楽様に同行させていただく身としては当然の義務といえます」
「ふふ、律儀なのね」
「/////」
「うっフフフ」
照れ隠しか、唯念君はこう聞いてくる。
「西楽様、縫物はどうでしたか、難しかったですか」
「ん-、昔?の、勘?っていうやつかな? それを頼りにしたの」
「そうですか…やはり、順序良く思い出せてはいるようですね」
あたかも医者のような口調になる彼。どことなく険しくも頼もしい声色だ。
「どうでしょう西楽様、わたくしの顔も、思い出せそうですか?」
「そうね……残念だけど、時間はかかりそう。ごめんなさい」
「とんでもない。……不躾な質問で、申し訳ございません」
正直、かわいい男の子という印象しかなかった。だがそれを顔に、口に出すわけにはいかない。ただ、彼のことを知ることが、やがて「上人」「聖人」といった方々とのご縁を確認することになるんだろうと、何となく思った。
☆☆☆
次回は、『住職、たこ焼き屋をする』ですよ。お楽しみに。
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