終章 3 真っ赤な真実

 久乃は推理に戻った。誰もが起きた出来事を理解していたが、言葉にするべきだと思ったからだ。

「最初は五龍の呪を真似て、五人が罰していたと推理した。罪のない村の人間を二十年に一度とは言えど差し出すことは普通ではない。もっともこれは今の感覚に基づく話だけど」


 二十一世紀以前の科学が発展していない時代であれば、きっとこの儀式は有効だと誰もが思っていたはずだ。そして、この儀式が無意味で赦すことができない藤堂という存在が参加してしまっただけだった。


「手記の作者である藤堂はあなたを儀式から救おうとしただけだった。

 何より手記で早希と弥子と呼ばれる人物は同時に存在していない。これが何よりの証拠だ」


 鳥のような視点で物語を見ることが出来ているような感覚がした。

                                       

「手記の冒頭は君が藤堂と館の前に立っている場面から始まる。最初は二人で山道を歩いているかと思っていたが、手記を読み直すと祠から生きていた弥子を着替えさせたようにも見える。

 そして儀式の後にあなたが山菜を取っている描写があった。祠の中で着替えて戻ってきたのだろう。儀式のときには生贄として祠の中にいなければならないが、白装束のまま館の中を歩くとは考えられない。藤堂が時間よりも随分早く祠に向かったこともこの入れ替わりを成立させるためだった。祠の前に立って見張っていたのだろう」


 誰もいない会場に声は良く響く。


「そして、この前の推理の通り、毒の入った茶を飲まないようにさせた。問題はその後だ。どうして死体を目撃させたのか。その後に具合を悪くして薬をもらう様子まで灯紗に見せて、生贄とあなたが別人物であることを見せようとした。そして、あの時に祠にいたのは橙莉だった。死体が井戸の外にあったのは祠から死体を建物の中に移動させれば死体に付着した土や落ち葉が目立ってしまうからだ。そして、死亡の時間をごまかすために朝食の支度を行った。錦花の密室を作るために鍵を入手した。


 ここで目的の半分は達成できた。誰もがあなたを逃げた生贄だと疑わなかった。でも、彼はきちんと五龍の呪を達成した」

 

 久乃は一度言葉を切って早希の方を見ると体を震わせていた。頭で起きたことを理解できても、心ではまだ受け付けていない様子だった。


「それで私は自分では何もすることなく五人を殺害させたのですか?」


「何もしていないことに罪悪感を憶えていると?」


「はい」


「入れ替わりに関してはあなたと藤堂が共謀しないとできないが、殺人に関しては藤堂が勝手に行ったことだと思っている。藤堂が犯人であると知っていれば、もっと合理的な方法をとることが出来た。塔那なんてあなたの目の前で殺害すればいいし、偽証だってすればアリバイだって作ることが出来る。そうしなかったのはあなたを巻き込まないためだった。

 五人は逃げ出した生贄のことを追っていたが、あなたは自分のことを逃げ出した生贄だと言えないまま、事件の犯人がいると思っていた。そのようにしか読めない」


「久乃君、どうして手記を残したかについても君の推理が聞かせてよ」


 七海が横から割って入った。


「藤堂が無実であることを望むのであれば手記を残す必要はない。逆に自らに責任があることを披露するために手記を残した。それはあなたが本当に殺人に関与していないこと。そしてあなたが生贄でないことを客観的に示すために。でも、少しだけ自分があなたを助けたということを文章に含めている。そんないろんな感情がこの手記に入っていて迷いを感じる」


 久乃はその感情を理解できなかったが、理解できることが決していいことだとは思えなかった。早希は静かに泣き出した。


「ただ、もっともこれは推測だ。藤堂が一人で祠の中に入って生贄の死体を投げ捨てて、そのまま五人を殺害することだってできる。ただ、僕がそうあってほしいだけなんだ。最後は君が選ぶと良い。どれも大きな矛盾はない」


 五人が殺し合った結末

 藤堂が生贄となった少女を守ろうとした結末

 犯人がただ殺戮の限りを尽くした結末


 真実は一つ確かに存在するが、望みの結末を選び取るしかなかった。


「ありがとうございます。今日、話を聞けて良かったです」


「本当に君は優しい人間だなあ。なんだかんだ言ってもねえ」


 七海は久乃の顔を見ながら言う。


「それはお互い様だ。あの時に赤いカードを出していれば勝っていたのに黒いカードを出した理由は次の推理でこっちが藤堂が犯人であることを知らされると思ったから強制的にゲームを終わらせたんだろう。勝つことよりも彼女のことを考えていたんじゃないのか?」


 久乃の言葉に七海は鼻を何度か触る。


「そんなことはない。私はもちろんいつもこの舞台でみんなが満足してほしいだけだ。そのためにはどんな方法だってとるだけのことさ。その結果が、少しだけ依頼人の気持ちを推し量るようなものになっただけのことだよ」


 森慧は観客席では見せないような表情で笑っていた。


「さてこれで本当に終わりにしましょうか。私としてもとても良いものが見られた。久乃様、次も是非ここにお越しください。探偵として舞台に立ってもらいます」


 森慧が言う。穏やかな口調で言葉の最後は命令だった。


「いや原稿がありましてね」


「書いていないでしょう。もっと高い頻度で作品を作られているのなら遠慮したかもしれませんが、今のあなたに遠慮は出来ません」


 森慧は想像よりも直接物事を言う。七海が冗談を混ぜながら言ってくるが、無駄のない言葉に久乃は頭を抱えさせられる。


「今度は変則タッグマッチとかでもしようか。私と久乃君が組んでもいい。とりあえず助手として見習いから始めるのもいいんじゃないかな?」


「確かにそれは良いわね。ただ、相手を用意するのが難しくなりますね」


 二人は次のゲームの内容を考えるのに夢中になってしまった。


「久乃様、ありがとうございます。七海様の推理と併せて私はもう少しだけ考えてみようと思います」


 早希は舞台袖へと戻っていく。


 誰もいない舞台を見つめる。

 少しだけ探偵であることが悪くないと思ってしまった。

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緋色の中の真実 五龍殿の殺人 紫藤雪 @Yuki61

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